長兄と末っ子
わたしがこの世界に来て数日が経った。こんなにこっちにいて大丈夫なの?行方不明になったりしない?ってユーリにきくと、「こっちとあっちじゃ時間の流れが違うから大丈夫。おれ行方不明になってないだろ?」と返されて安心した。今日はツェリ様の兄上様である、フォン、しゅぴっつ、ヴェーグ卿、しゅとっふぇるさんのところへ訪問しに来たというわけなんだけど、なんだか盛大な飾り付けがあって、お金持ちってすごいななんて平凡なことを思ったり。中庭にはユーリの銅像が立っていて、これがまた面白くて笑える。ユーリの元に届いた手紙はふたつあって、ひとつはシュトッフェルさんからのお城改築記念パーティの招待状、もうひとつはツェリ様からの再婚式への招待状。魔族似てない三兄弟の末っ子が、「これ以上兄弟はいるもんか」とぼやいている。ヴォルフラムは下の子がほしいとおもったことはないのかな。どうやらこのシュトッフェルさんは三兄弟やギュンターさんからの評判はよろしくないようで、何か企みがあるのではと警戒されていた。少ししたらツェリ様と、やっぱりというか男前なおじさまが出てきた。おじさまがシュトッフェルさんだろう。わたしは初対面だし、でもやっぱり陛下との挨拶が先だろうしで、少し下がって様子を見ることにした。いがみあう兄妹・・・これ、本人たちも知らないダブルブッキングだったようです。
シュトッフェルさんはちょっと苦手だなって思った。それがわたし自身の本能なのか、“前の人”のおもいなのかは、正直なところよくわからない。会食が行われても、わたしはユーリの隣りで少し緊張しながら手を動かすしかなかった。ツェリ様とレイブンさん?は本当に再婚するのかな。と思っていたら、その再婚を阻止するというシュトッフェルさんの頼みを、グウェンダルさんとコンラートが、了承した。
あてがわれた客間でこれからのことを話していたんだけど・・・だめだユーリ、この大きなユーリ画から妹は目が離せないよ・・・。
「す、すごいねユーリ・・・く」
「笑うなー!!」
だって雑誌の表紙みたいだし!アイドルみたいだし!歯光ってるし!レモンもって小指立ててるし!これを笑わずになにを笑えと!大笑いしてないだけましだと思え、って言ったらギュンターさんが「シュトッフェル、趣味だけはいいようですね」なんて言い出しちゃって、ちょっと同意できませんでした・・・。
式典の予行練習ってのはどこの舞台でも退屈のようで、わたしはユーリと同時に溜息をついた。と、そこにやってきたのは、三兄弟やギュンターさんほどではないにしてもイケメンの部類に入るだろうお兄さんで、名前はライアンと言うらしい。ユーリを陛下と呼んで挨拶をしていた。
「そちらが噂の妹君ですか?」
「へ?」
突然話を振られて変な声が出た。ライサンさんはにこりと人懐こそうな笑顔を私に向けて、よろしくお願いしますと言った。元々はコンラートの部下だったらしい。なんだか分かる気がする。ライアンさんは式典の余興として呼ばれたらしいんだけど、見た所普通の人・・・魔族だし、手品師かなにか?なんて言っていると、ライアンさんはどこかしらを向いて“なにか”を呼んだ。
「ケイジー!おいでー!」
「ケイジ?」
すると突然地響きが起こって、ちょうどシュトッフェルさんがいる後ろの、ユーリの銅像の下から何かが出てきた。見た目は可愛い人気者なんだけど、この世界では違った気がする。
「えーと・・・砂、熊?」
「どうして砂熊がここに!?砂漠ないじゃん!」
記憶の中からあの白黒の動物が何かを掘り起こしたらユーリが疑問を叫んだ。そうだよ、砂熊って確か砂漠に生息するアリジゴクみたいなやつだった気がする。
「いやぁ、ケイジは必死に特訓して、土も掘れるようになったんですよ」
なにそれすごい。生息地を飛び出さないとできるようにならないよね。というかなぜコンラートの部下だったライアンさんが砂熊のケイジと出会って・・・ってなったのかがちょっと気になる。なんてしげしげ見ていたら、隣で悲鳴がきこえた。え?と横を見ると、穴におちていく黒い物体が。
「ユーリ!?」
「陛下!」
ずるずるとユーリが落ちていって、コンラートが後を追う。それに続いて今度は高い悲鳴がきこえてきた。ユーリと同じく、ツェリ様が穴に吸い込まれて行っていた。それはレイブンさんが追って、さらにはグウェンダルさんも吸い込まれてしまった。
「兄上!」
「えー?えー?あーどうす、る!?」
穴を覗き込んだのが悪かった。足が砂に捕われて、ぐんぐん滑りおちていく。穴に落ちる時に見たケイジくんの顔は、なんとも愛嬌のある顔だった。
周りは砂だらけ。とりあえず落ちた場所がよかったのかタイミングがよかったのか、すぐ近くにグウェンダルさんがいた。ここは地下道のようになっていて、上の地面が崩れない限りは大丈夫なんだけど、問題はどうやって地上に戻るかだ。
「どこかにケイジくんが地上に向けて掘った穴があればいいんですけどねぇ」
「そうだな」
「そういえばグウェンダルさんとこうしてちゃんとお話しするの初めてですよね」
「・・・・・」
え、どうしてそこでだんまり?緊張しちゃうから何か話して欲しいけど、グウェンダルさんはもともとそんなに口数の多い人じゃないみたいだし、期待しない方がいいのかな。
「ユーリ無事かなぁ」
「・・・コンラートがすぐに後を追ったのだ、問題ないだろう」
何気なく呟いた言葉に返事が、それもちょっと意外な言葉が返ってきて思わずきょとんとする。なんだ、ときかれて、いえ、と小さく返す。
「弟さんの事、信頼してるんだなぁって」
「・・・あいつの武人としての腕は買っているだけだ」
「ふーん・・・」
素直じゃないのか、本当にそういうことなのか、そこまではわからない。
「グウェンダルさんが一番上なんですよね。やっぱ長男って見守ってくれてる感じがあっていいな」
「・・・?」
眉間に皺が寄っているけど、これくらいなら問題ないと判断して話を続ける。
「わたしもユーリの上にも兄がいて、つまりヴォルフラムと同じ末っ子なんです。お兄ちゃんはいつもはそんなにこっちに関心を持ってないというか、それほど関わり合いはもたないんですけど、実はちゃんと見てくれてたりとか、見守ってくれてるとこがあって・・・グウェンダルさんもそうなんだなぁって思ったんです」
「・・・・・」
うまく伝えられたかな、とちらとグウェンダルさんを見て、ほっとした。いつもより少しだけ、表情が柔らかい気がする。グウェンダルさんはわたしの視線に気づいたのか、またいつものようにきりっと顔を戻してしまった。そして少しわたしから視線を逸らす。
「・・・グウェンダルでいい」
「え?」
最初何を言われたのかわからなかった。けどすぐに把握して、うーん、と小さく唸る。コンラートよりうえのお兄さんってことは、もっと年上なわけで・・・まぁもう気にしても仕方がないか。
「じゃあ、グウェンダルって呼ばせてもらいますね」
「・・・あぁ」
あ、満更でもない感じなのかな。短時間だけど、少し、グウェンダルのことがわかった気がする。嬉しくて笑っていると、不意に頭上から音が聞こえてきた。
「なに・・・!?」
二人して顔を上げると、そこからモノクロの可愛い顔が飛び出してきた。
「ケイジくん・・・!?わっ!」
突然腰を抱えられてぎゅんっと視界が動く。グウェンダルが抱えて飛び避けてくれなかったら、ケイジくんに押しつぶされていた所だった。
「あ、ありが・・・」
「このうせものが!!」
お礼を言う間もなくグウェンダルが剣に手を掛ける。
「待って!相手は動物!可愛い動物だから!!」
「・・・!」
わたしの声に反応してかどうかはわからないけど、グウェンダルの動きが止まる。ケイジくんとしばらく見つめあったグウェンダルさんの頬がちょっと赤かったのは・・・うん、見なかったことにしよう。
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