事件の始まり
ふらふらと城内を歩いていると、すれ違う人たちが軽く頭を下げてすれ違っていく。なんだかむずがゆいなぁと思いながら歩いて行くと、中庭からなにか聞き覚えのある音が聞こえてきた。
「えーと・・・どうしてグローブとミットとボールが?」
「あ、」
中庭にいたのはユーリとコンラートで、なぜかキャッチボールをしていた。野球道具がある理由をきいたら、「地球に行ったときに持って帰ったんだ」とのこと。そんなに気に入っちゃったの?野球。ユーリはどうやら勉強に音を上げて休憩がてらキャッチボールをしている様子。ヴォルフラムはユーリがギュンターと二人で勉強してるから相手にされなくて拗ねちゃってるみたい。話を聞く限りじゃ間違い求婚みたいだったけど、ヴォルフラムは満更でもなさそうなんだよね。ユーリに惚れちゃったのかな?
「は野球はしないんですか?」
「ユーリに付き合ってキャッチボール程度なら。コンラート、敬語」
「あぁ、ごめん、つい」
はにかむ彼を見ると許してしまいそうだけど、約束は約束だから守ってもらわないとね!と、ユーリがしゃがみこんで構えた。なんだか嫌な予感、と少しユーリから離れると、案の定危なかった。コンラートのピッチングはノーコンで、ユーリが上手くキャッチしなかったら、ヴォルフラムに直撃するところだった。あれ当たったら痛いだろうなぁ・・・しばらく縫い目消えないよ、きっと。
「コンラートがピッチャーでユーリがキャッチャーならいいバッテリーになりそうだよね」
「バッテリーってなんだ!?僕も入れろ!」
「いや、バッテリーってのは基本的に二人で・・・」
仲間外れが嫌なお年頃の82歳男性ヴォルフラムがくってかかる。とそのとき、なにやら近くで騒がしい声が。
「見つかったかって・・・なにか失くしたのかな」
「魔石が盗まれたんですよ」
「ヨザック」
「・・・誰?」
眞魔国滞在三日目のわたしは彼を知らない。オレンジ色に綺麗な水色の瞳をした体格の良い彼はユーリと少し話した後、わたしのほうに顔を向けた。
「お初にお目にかかります、姫」
「は、はぁ、どうも・・・」
「いやぁこりゃ見事に陛下と瓜二つだねぇ」
「双子なので・・・」
なかなかにずいっと顔を覗き込まれて若干身を引く。なんだろう。人懐こいというか、なんというか。嫌いではないけど、さすがに初めは戸惑ってしまう。
「ヨザック、姫を困らせるな」
「困らせるようなこと言ってるつもりはないんだけどねぇ。失礼しました、姫。俺はグリエ・ヨザック。しがない一兵士です」
「はぁ・・・ユーリの双子の妹で、です」
「どうぞよろしく、姫」
一兵士って感じしないけどなぁと思っていると、ユーリに「グウェンダルの部下で、信用されてるやつだよ」と耳打ちされた。グウェンダルさんの部下の人なのか。それも何かそんな感じしないけど、お庭番、らしい。
「で?魔石が盗まれたって?」
ユーリが話を戻すと、コンラートが困り顔で事情を話す。夕べ、血盟城(このお城の名前。すごい名前だよね)に運ばれる途中で賊に襲われて奪われてしまったのだとか。今はグウェンダルさんの指揮で捜索にあたっているとのこと。その魔石はちょっと珍しいタイプのもので、裏ルートで売ればそれなりの金額になるかもしれないそう。
「で、ヨザック、お前は?」
「フォンヴォルテール卿の命令でね。今から城下町へ探索に」
「えっ、町に行くの!?いいなぁ、俺も行きたい!」
遊びに行くわけじゃないと思うんだけど。
「だめですよ、陛下。ギュンターに叱られてしまう」
「そうだよユーリ、お勉強中でしょ?」
「うううお前自分は予備知識持ってて楽してるからって・・・」
「自分の意思じゃないもーん」
勝手に夢で流れたんだもーん。
そうこう言ってる間も、ユーリはコンラートに訴えかけている。「野球少年を閉じ込めちゃ駄目だって!」「遊びに行くわけじゃない、探索!魔石の探索!」「これだって立派な魔王の仕事だろ!?」でも最後の「だから頼むよ〜、俺もうほんとに死にそうなんだよー、お願い!」で台無しだよ、ユーリ。なんて返事をするんだろう、コンラート。コンラートは大きく息を吸った後、また大きくため息をついた。ヴォルフラムくんも呆れた顔で、ヨザックさんはなんだか楽しそうな顔をしている。
「わかりました」
「やった!!も行くだろ?」
「え、わたし?」
自分で自分を指差して聞き返すと、四人の視線がこっちに集中した。ええと、わたし予備知識があるとはいえまだこの世界に来て三日目なんだけど、大丈夫かな。心配をぼそっと口にしてみたら、「は強いから大丈夫!」ってユーリに力説された。確かにユーリより護身力はあるけど、あんまり嬉しくないよ、ユーリ。
かくしてわたしたち五人は、ギュンターさんに内緒で、城下町へとくりだすことになったのだった。
人生初の染髪とカラコンに、ちょっとだけテンションが上がる。さすがに黒髪黒目の“高貴”な人物が二人も町に出ちゃうと騒ぎになって探索どころじゃなくなるから、とのこと。ユーリが髪を赤く染めてもらっている横でわたしは青に染めてもらった。カラコンはヨザックさんみたいな水色。似合う?ってユーリにきいたら「変な感じー」って複雑な顔で返って来た。まぁ、おんなじ顔だしね。服装も城下町になじみやすい格好になっていざ出発。わたしは最初は町娘風のを出されたけど、丁重にお断りしてユーリの予備を貸してもらった。だってロングスカートだと動きにくいんだもん。
「あっ、コッヒーだ!おーい、コッヒー!」
不意にユーリが、空飛ぶ骨格標本に手を振る。えーとあれは、骨飛族、だったよね。と呟けば、よく御存じですねとヨザックさんに驚かれた。
「さっきもユーリがちょっと言ってましたけど、わたし、この世界のことを夢で見てて、こういう一般常識というか、予備知識はあるみたいなんですよ。おかげで滞在三日目でも少し慣れてきました」
「へぇ・・・面白いんですねぇ」
何がどう面白いのかききたいところだけど、はぐらかされそうな気がしたから深くは聞かなかった。ヨザックさんはとらえどころの難しそうな人みたいだから。
「・・・ん?」
不意に少し離れた所から、嫌な男の声がきこえてきた。見れば、二人の男が女の人一人に何かいちゃもんをつけている様子。ユーリが一歩踏み出そうとしたとき、コンラートがぽんと肩に手を置いて制した。自分任せてくれ、と一礼もして。
「・・・」
なんでこう、こういうのがこんなに様になるんだろう。爽やか青年ってずるい。コンラートを見送って様子を見る。コンラートは剣を一振りして男たちのズボンを・・・紐を切ってずらしてしまった。あらやだ、パンツ丸見え。ユーリやお父さんで慣れっこなわたしは動揺することもなく、逃げていく男たちの背中を見送った。
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