テンカブ参戦




















すぐさま眞魔国の軍艦を入江向こうに隠して、大シマロンの使者を迎え撃った。いや、撃ってはないけど。使者が告げたのは、シマロン支配下国が集まって競い合う、天下一武闘会開催のお知らせ。4年の1度に開催らしいけど、まさかそれが今年のこのタイミングだなんて。優勝したところには大シマロン王より願いをかなえてもらえるらしいけど、そんなにあっさりいくものとは思えない。思った通り、今までの戦歴は、全部大シマロンの優勝で終わっていた。つまりこれは八百長大会。属国の戦士を大シマロンで戦わせて負かせる・・・そうして力を見せつけて従わせるのが目的みたい。

「さいっあくだね」

「ほんとだよ。スポーツの祭典をこんなことに使うなんてさ」

「それに、カロリアには今、出場する人手もいないんじゃ・・・」

カロリアの男性たちは兵役に行っている。女性やお年寄り、子どもでは選手団は組めない。それをわかってて大シマロンは言ってきてるんだ。

「足元を見てるのよ。断れば、また見返りを要求するつもりだわ」

「それ、俺が出てもいいのかな?俺達で選手団を組むんだよ!」

「は?」

突然のユーリの提案に、変な声が出ちゃった。

「スポーツマンシップを踏みにじる八百長試合は断固粉砕だ!」

「とんでもない!いけませんよ、陛下」

当然のようにギュンターさんが止めに入る。でもユーリは「まぁきいてよ」と続けた。ユーリはユーリなりになにか考えがあるみたい。

「優勝すれば、なんでも望みのものが与えられるんだろう?だったら、」

「だったら?」

口を挟んだのはグウェンダルだった。あ、ユーリ、もしかして。

「あの箱、風の終わりだよ」

やっぱり、だった。優勝して、大シマロンにある風の終わりをもらおうっていうことなんだ。理屈は通るけど、それでもギュンターさんはうんと頷かない。それはそうだ。なんせ大シマロンは人間の地でも魔族に敵する一番大きな国。そこにのこのこ入っていくなんて、危険すぎるもん。

「おめでたいやつだ。勝ったとしても、大シマロンが箱なんかくれるわけないだろ」

ヴォルフラムの言うことももっとも。ニセモノつかまされておしまいの可能性もある。だって鍵で開けなきゃただの箱だし。

「面白いじゃない」

でも、反対に健ちゃんは乗り気だった。

「出ようよ。渋谷ならきっと箱を手に入れるさ」

「さっすが友達ぃ!わかってるなぁ村田ぁ」

「だめです!いかに猊下のお言葉といえど、そんな無謀な」

それでもギュンターさんは頷かない。でも健ちゃんは臆せず最後の仕上げにかかった。

「大丈夫!いいでしょ?フリンさん」

皆の様子を唖然と見ていたフリンさんに問い掛ける。フリンさんも目を瞬かせるばかり。

「みんな安心してよ。彼の実力は、僕が一番よく知ってるから」

ユーリの実力ってなんのだろ。野球の実力?
にこーと笑いあうユーリと健ちゃんの様子にヴォルフラムがため息をつく。

さんだって、いいと思うでしょ?」

「まぁ・・・理屈的には良いと思うけど・・・」

「ほらねぇ」

ギュンターさんたちのぽかんとした顔が見える。なんでそんなに自信満々なんだとか、つっこみたいところは山ほどあると思う。

「大丈夫、わたしは武道に心得あるし」

「なんたって黒帯だもんな!」

ユーリ、黒帯って言っても健ちゃん以外には通じないよ?
でもギュンターさんたちはもう何も言えず、わたしたちの言い分に折れてくれたのだった。














大シマロンに行く面子は、ユーリ、健ちゃん、ヴォルフラム、ヨザックさん、わたし、ダカスコスさん、そしてTぞう。泣いてユーリに抱きつくギュンターさんの姿はもう見慣れたもので、やれやれといった感じ。

「王が自分で決めた事だ。謹んで見送るのが臣下の務めだぞ」

グウェンダルさんにこう言われてしまう始末で、ギュンターさんはしぶしぶユーリから離れた。ギュンターさんたちには地の果てを眞魔国に持って帰ってもらうから一緒に行けないんだよね。ギュンターさんが離れると、今度はフリンさんはユーリに歩み寄った。そして、紫色の布を手渡す。

「お願いします」

「これは?」

「テンカブは国際試合だからね。戦う時は国旗を上げるんだ」

カロリアの、国旗。カロリアの代表。フリンさんの「頼みますよ」という言葉にしっかりと頷く。

「君には、大切なものを教えてもらった。王として、国をおさめるものとして、約束する。君の国に恥ずかしくない戦いをしてみせる。そして、俺の国の使命も果たす。箱を回収するのは、作った魔族の使命だから。もう二度と、災厄は起こさせない」

いつのまに、こんなに大きくなったんだろう。背じゃなくて、王として。ヴォルフラムの「箱はもらえんと思うがな」っていう呟きが気にならないくらいにじーんときちゃった。
そして船は出港した。天下一武闘会の決戦場、大シマロンへ向けて。


















船の上ではユーリとヴォルフラムで剣の稽古が行われた。絶対剣技っていうか、そういう戦いもあるもんね、このご時世?だし。まぁヴォルフラムは船酔いのせいでたびたび船から身を乗り出してるんだけど。え、モルギフも船酔いなの。ダカスコスさんがお茶を用意してくれたからいただいて、今から戦いに行くっていうっていうのに平和というかのん気というかな雰囲気が流れてる。

「うーん・・・」

せっかくだから、一人稽古でもしようかな。








「せいっ!はぁっ!でりゃぁっ!!」

ヒュンっと空を斬る音がする。ひと呼吸して、今度は相手がいることを想像して、繰り出す。

「っは!」

じりじりと間合いの詰め方をはかる。勝負は目の前にいる仮想人物と一対一。でも実戦ではそういうこととも限らないわけで。

「っ!」

「わっ!?」

後ろから近寄って来る気配に、思わず後ろ回し蹴りを繰り出してしまった。ここには味方しかいないのに。相手はうまく避けてくれたけど、わたしも、相手も、目をぱちくり瞬かせてしまった。

「よ、ヨザックさん・・・すみませんっ」

「いえいえ。集中してるからってひっそり近づいた俺が悪いですし。それがさっき陛下が言ってたクロオビってやつですか?」

オレンジ頭のがたいのいい長身でヨザックさんが胸元で腕を組みながら首を傾げる。

「ううん、これは空手って言うんです。黒帯は、えーと、段って言ってわかるかな。階級・・・?」

「軍みたいにですかい?」

「軍のとはちょっと違うけど、このくらいまで強くなったってことを認められたら、帯の色が変わるんです。で、黒が一番強い色。まぁ、黒の中でも各位がたくさんあって、わたしは下の方なんですけど」

「へぇ・・・」

わかっているのかわかっていないのか、ヨザックさんは首を傾げながらもなんだか少し楽しそうだった。

「けどさっき俺の気配に気づいたのはすごいと思いますよ。消してたわけじゃないけど、俺は軍人ですからね」

「なんかそういう感覚は強いみたいなんですよね、昔から」

今ならわかる気がする。人の気配が読み取りやすいのは、ロイエさんの影響なんだって。

「陛下より強いのも間違いじゃなさそうだ」

「剣は扱えないけど、武術なら負けませんよ!」

あと足のはやさも。
そのあとは他愛の無い話を少しして、ユーリのところに行くというヨザックさんについていった。

















しばらくすると、空が暗くなって雪が降って来た。

「もう大シマロンの領海です。まさかテンカブで里帰りとは思いませんでしたよ」

「え?里帰り?」

「ヨザックさん、大シマロン出身なんですか?」

ヨザックさんの爆弾発言にユーリとわたしが目を瞬かせる。

「ヨザックは大シマロンの生まれだ」

答えてくれたのは、海を眺めるわたしたちの近くに座りこんでいるヴォルフラムだった。

「と言っても、あまりいい思い出はありませんですがね。俺の母親は、大シマロンの人間だったんです」

「お母さんが?」

お母さんが大シマロンの人間で、お父さんが眞魔国の魔族。

「魔族の流れ者だった父親と結ばれて。でも父親はすぐ病で死にました。そのあと俺と母親は、あの村に送られたんです」

「村?」

「魔族と契った人間の女やその子ども達を隔離するためのな。人間の国ではよくあることだ」

ヴォルフラムの言葉に、実感があまりわかない。人種差別でそんなことが起きるなんて、いつの時代だろう。いや、この世界はどちらかというとそういう時代っぽい文化とかよくあるけど。

「草一本生えてない寒くて荒れた土地に、開墾という名目で女と子ども達を閉じ込めたんですよ。必死に土地を耕しても、食うや食わずの毎日。もちろん、他から食糧なんて届きません。魔族とかかわった人間は死ねってことです」

そんな。

「事実、母はまもなく亡くなりました。そこに、ある親子がやってきたんです。彼らは俺達を眞魔国へと導きました。その父親の名は、ダンヒーリー・ウェラー」

「ウェラーって」

「コンラートの父親だ。大シマロンからの逃亡者だったという」

「じゃあその少年が、コンラッド」

「そういうことです。ダンヒーリーは俺達をツェリ様からいただいた土地に住まわせた。コンラッドとは、それ以来の腐れ縁ですよ」

「でも、逃亡者って、何があったんだろう」

確かに、大シマロンから逃亡するような人間ってどういうことなんだろう。ツェリ様と結ばれたから、とか?

「俺も知りません。元は剣で名高い大シマロンの名家だったようですけど」

「大シマロンの名家?」

「そんなすごい人なら、魔族であるツェリ様と結ばれたから追われる身になったっていうのも考えられるよね・・・」

真実は、わからないけど。コンラートのお父さんはもう亡くなっているだろうから。・・・なんだかしんみりしちゃったな。とそこへ、この空気を崩すかのように、Tぞうは走り込んできた。Tぞうはユーリに突撃すると、ぶるぶる震えて動かない。

「怯えてますねぇこりゃ」

「おーい!待ってくれTぞう〜!」

そこに、甲板を走って来る健ちゃんの姿。

「どうしたんだTぞう。急に逃げ出したりして」

「猊下、お手を拝借」

ヨザックさんが、健ちゃんが握っているものを見ようとその手を持って開かせた。健ちゃんの掌の上には、海賊商品の魔王まんじゅう。

「はっはぁ〜」

ヨザックさんはそれで把握したみたい。懐くかなと思ってTぞうにまんじゅうをあげようとしたって健ちゃんが言うと、「逆効果ですよ」とヨザックさんが苦笑いを浮かべた。

「え、なに、もしかしてまんじゅうこわいってやつですか?」

「そのもしかして、です。この地方の羊は、まんじゅうをこわがるんです」

「え、ほんと?」

「まんじゅうがこわい?」

ユーリと健ちゃんが信じられないような声色で言う。けどこの怯えようは演技とは思えない。

「このあたりの伝説では羊がまんじゅうを食べると奇跡を起こすとも言われてますけどね」

「それどんな奇跡?膨らむ・・・のはもう見たし、まさか縮む?」

なんて一人で言ってたら、ユーリが健ちゃんからまんじゅうをもらってぱくり。まんじゅうがいなくなったことでTぞうはますますユーリに懐いて、健ちゃんはさらに嫌われることになっちゃったのでした。でも健ちゃん、「僕だって魔王と同じくらい偉いんだぞ!」は使いどころ違うと思う・・・。ほら、ヴォルフラムが呆れて「この魔王にしてこの大賢者か」なんて言っちゃった。ま、このくらいがちょうどいいし、自然だし、安心できるんだけどね。

















大シマロンの東ニルズンに到着した。荷物なんてほとんど無いと思ってたけど、ヨザックさんたちがなにやら箱を船から降ろしてきた。なんだかとても見覚えのあるシルエットの箱だけど。

「それなに?」

「猊下の命令で出発前にこしらえらものなんですがね。こいつは本物そっくりの、」

「スーツケースだよ。旅にはかかせないだろ?」

ヨザックさんの言葉を遮るように健ちゃんが言う。あ、これ風の終わりのダミーだ。絶対そうだ。最悪入れ替えようとしてるんだ。ちらとヨザックさんを見れば、ちらと視線を外された。

「さ、みんなの荷物を入れた入れた」

「きゃっ!」

きゃ?
健ちゃんがスーツケースに荷物を落としいれると、中から女の人の小さな悲鳴が。なんだ?と箱をのぞきこめば、そこにはカロリアでわかれたはずのフリンさんがいた。














フリンさんはユーリを利用してしまった事を、心から悔いていて、その償いがしたくて密航みたいなことをして着いて来たそうで。きれいな女の人に頼られて、ユーリのモチベーションがぐぐぐとアップ。

「変装、忘れてるぞ」

相手が相手だからかヴォルフラムがなんだか大人しい気がするけど、やっぱり思う所はあるようで話をそらした。そうだ、黒髪黒目のわたしたちはそれを隠さないと。

「ありが、わっ!?」

がぼっとヴォルフラムがユーリの頭に帽子をかぶせる。帽子、というか、帽子なんだけど、くま耳のついた、えーとなんていうんだっけ、あごのとこで紐で結ぶやつ。しかもこれ、手編みでは?

「兄上からの餞別だ。大シマロンは寒いだろうと言ってな」

そう言ってヴォルフラムは同じ形の少しだけ色の違うものをかぶる。これ、グウェンダルの手編みなの。

「僕とおそろいだぞ。嬉しいだろう!」

「あ、ははは・・・」

うん、いつも通りのヴォルフラムだった。

の分もあるぞ」

「え、ほんと?でもわたし隠しきれないんだよね・・・」

なんせ背中まである長さだ。ニット帽にはおさまりきらない。

「そうだろうと思って、後ろは少し長めにされたらしい。残りの髪は、むずがゆいだろうが服の下におさめてくれとのことだ」

「ほんとだ、これなら大丈夫そう」

ヴォルフラムにかぶせてもらう。襟より少し長めになっているから隙間から見えることも無いし、大丈夫そう。
そこへ、テンカブ参加者は広間に集まるようお達しがあった。なんでも予選があるそうで。予選?と疑問を抱きながら、わたしたちは広場へと向かった。














広場には結構たくさんの人達がいた。これみんな、大シマロン属国の代表者たちなのかな。予選の内容は雪ソリレース。これに勝ったら大シマロンと戦う権利がある、ってことなんだけど。

「なに、大シマロンは決勝までのスーパーシードなの?ずるくない?」

「確かに」

雪ソリもそうだけど、そっちもなんだか解せない。ソリと動物はヨザックさんたちがなんとかしてくれるそう。動物はTぞうがいるもんね。ソリは小型で、定員は2人。ユーリが1人目として、もうひとりはだれになるんだろう。

「僕が一緒だ。大船に乗ったつもりでいるんだな」

「ソリの助手はヨザックに任せよう。ここは彼の古巣だからね」

ふんぞりかえるように言ったヴォルフラムに健ちゃんが告げる。

「了解です、猊下」

「ふんっ」

「まぁまぁヴォルフラム」

ふてくされてしまったヴォルフラムをなだめる。どう見ても可愛く拗ねてるようにしか見えないんだけど。
そして、スタートの銅鑼が鳴り響いた。

テレビ中継なんてものはないからリアルタイムでレースの様子が見れない・・・と残念に思ってたんだけど、そんな暇はないみたい。首都ランベールに先回りして、さっきの箱を風の終わりと入れ替える作戦を決行するんだって。勝ったとしても素直に箱をもらえるとは限らない。だから、ユーリには申し訳ないけど、裏工作をさせてもらう。とそういうこと。

「異論はないが、どうやって運ぶつもりだ?」

「あ」

カートはさっきソリのパーツとして使っちゃったみたいだもんね。それで結局、箱を棒に吊るすようにくくりつけて・・・っていう、江戸時代みたいな運び方で運ぶことになった。

「健ちゃん交代で運ぶよ」

「ほんと?助かるー」

「男だろ、しっかり運んだらどうなんだ」

「大丈夫だよ、ヴォルフラム。わたし健ちゃんより筋力ある自信あるから」

「そうそう」

「・・・・・」

それもどうなんだ、って言いたそうにヴォルフラムが呆れの溜息をついた。
途中で健ちゃんと交代しつつ、なんとかランベールに到着。そこへ、予選の1位通過チームがきたときこえてきた。予選を1位で通過したのは。

「カロリアだ!」

紫色の旗がなびく。そのままユーリ達はテンカブの会場に走り込んで行った。

「コロシアムだ・・・」

「観客すごいねぇ」

カロリア側のベンチから外を見る。明らかに歓迎されてないだろうなって雰囲気だ。ドームやスタジアムでこんなことになったら縮こまってしまいそう。大シマロン側の選手が登場すると、歓声が変わった、でも、その人達を見て、その人を見て、こっち側は目を丸くする。

「アーダルベルトさん!?あれ?あの人小シマロンの人じゃなかったっけ?」

「捨てたのだろうな」

危うくなる前に鞍替えしたってことか。義理硬くないならかしこい考え方だなって、素直に感心してしまった。




















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