ヨザックさんが密かに靴に隠してた鍵で手枷を外す。正確にはこの手枷の鍵じゃなくて、いわゆるヘアピンでドアの鍵を開けるような、ピッキング。これにはわたしも健ちゃんも「へぇ」とこぼした。ドアからそのまま出たらすぐ捕まるのがオチだから、天井をやぶって屋根の上に。ヨザックさんに引き上げてもらって、健ちゃんと三人でTぞうを引っ張り上げる。・・・羊ってこんなに重いんだね・・・。引き上げ終ってすぐにそのまま屋根に寝っ転がっちゃった。
「はぁ、はぁ、こっちの世界に来てから、運動不足解消しまくりだよ」
「だから健ちゃんも、野球したらいいのにって、言ってるのに」
「僕、観戦専門で、サッカー派だからっ」
「そうだったね・・・」
よいしょと立ち上がって健ちゃんの手を引っ張り上げて立たせる。ヨザックさんを見れば、明るいオレンジの髪が太陽で輝いていた。
「さあって、いっちょかましてみるか!」
なんか楽しそうに見えたのは、わたしだけ?
兵士達の目をかいくぐって屋敷から離れる。ユーリ達を助けに行くからとヨザックは戻って行った。その間にわたしたちは追手を罠にかける準備。といっても、岩場にロープ潜ませて待機するだけだけど。Tぞうと、わたしと健ちゃんに別れる。じっと待っていたら、馬の蹄の音がきこえてきた。見つからないようにそっと見てみると、目立つオレンジが見えた。その顔の横におしり・・・ユーリ俵担ぎされてる・・・。
「・・・やっぱりフリンさんいないや」
「・・・そうか」
予想はしていたし、それも話をした。でも、絶対にフリンさんも助ける。そう意気込みながら、ぎゅっとロープを握った。そして、ヨザックさん達が通り過ぎて、追手の馬が来た所で・・・。
「えいっ!」
思いきりロープを引っ張って、馬をこかせることに成功した!
「やった!」
「さん次!」
「うん!」
すぐさま健ちゃんと一緒にTぞうに乗って、ユーリ達の後を追いかける。
「二人も乗ってごめんねTぞう!重いけどがんばって!」
「ンモシカシテエエエエ」
「はっ、はやっ、うわああああ」
Tぞうの走りが速すぎて、ちょっと、酔いそう。
しばらく走っていると、ユーリ達が見えてきた。
「!村田!」
まだヨザックさんに担がれたまま、ユーリがわたしたちを呼ぶ。Tぞうはすぐさまヨザックさんい追いついた。
「姫、猊下、ご無事で」
「そっちもうまくいったみたいだね!」
「ゆーちゃん無事?怪我ない?」
「怪我は無いけど・・・村田!これっていったい!?あ!」
ユーリが突然驚きの声を上げたから振り向いて見ると、そこにはアーダルベルトさんがいた。このまま走っていても、相手は馬、すぐに追いつかれる。Tぞうなら速いけど、さすがに三人は乗れない。それなら。
「ヨザックさん!」
「なんです?」
「最高優先は?」
「おい、!?」
「・・・陛下です」
「ヨザック!」
ユーリ、ごめんね。
「Tぞう、わたし降りるからユーリお願いね」
「ンモウ・・・」
「大丈夫だよ、ありがとう」
「おい!何勝手に決めてんだよ!」
「言っておくけどねぇ、健ちゃんよりもユーリよりも戦闘力あるからね?」
「相手は剣だぞ!?アーダルベルトだぞ!?」
「大丈夫」
そう、大丈夫。
「わたしは大丈夫だよ、ユーリ。・・・じゃ、よろしく!」
バッと後ろに飛び降りて、なんとか着地。そのあとすぐにヨザックさんがユーリをTぞうの背に乗せた。そのまますぐさまTぞうは加速して、あっという間に遠くなっていった。
「姫、姫は必ず守りますからね」
「大丈夫ですよ、ヨザックさん。・・・自分の身も、大事にしてくださいね?」
「それ、そっくりそのまま姫にお返ししますよ」
それ言われるとイタイなぁ。乾き笑いしか出てこないや。そうこうしているうちに、アーダルベルトさんが追いついてきた。ヨザックさんの剣とアーダルベルトさんの剣が打ち重なる。わたしは少し離れていたけど、すぐに異変に気付いた。
「ユーリ!健ちゃん!」
「陛下!」
ヨザックさんもすぐに気付いて、ユーリ達が行った方向に走る。健ちゃんに、剣が向けられていた。そしてその人とアーダルベルトさんに、挟まれてしまう。
「でかしたぞキーナン。さぁヨザック、剣をおろしてもらおうか」
「やめろ!村田は、関係ない。あいつは魔族でもなんでもないんだ!」
「だがお前の連れだ。だったら魔族も同然、俺の敵さ」
「あんただって魔族だろ!なんで?どうしてそんなに魔族を嫌う!?」
「ユーリ、それは・・・」
それは、“あの”ことが、きっと。
「俺は魔族のやり方が嫌いなのさ。なんでもかんでも眞王の言いなりで、自分達の意思なんざ、これっぽっちももっちゃいねぇ。お前だって、眞王のせいで魔王にされちまったんだろ」
「違う!俺は自分で選んだ!自分で決めたんだ!魔王になるって!」
「すっかり魔族に毒されちまって。・・・お前も所詮、眞王の操り人形ってわけか」
確かに、その道に引きずり込んだのは眞王陛下で、でも、でもユーリは選んだんだって、勢いもあったけど、選んだんだって、きいたよ。
「・・・ジュリアさんのこと」
ピクリ、と震えた。わたしと、アーダルベルトさんが。ううん、ロイエさんと、アーダルベルトさんが。だめ、ユーリ、それは、“この人達”にとって、とても深い悲しみで、繊細なことで。
「ジュリアさんが、死んだこと・・・」
「・・・二度と」
「え?」
ユーリが顔を上げた瞬間、アーダルベルトさんの剣が奔った。背後の木を倒し、アーダルベルトさんがすごい剣幕で叫ぶ。
「その言葉、二度と口にするな!!」
あまりの覇気に、ユーリが圧倒されてる。
「・・・ユーリ、ちょっと、黙っていようか。・・・触れちゃいけないとこに、触れてる」
ぎゅっと胸のあたりを掴む。苦しい、痛い。ロイエさんが思い出して、怒りに震えているみたい。目の前の、アーダルベルトさんと同じように。
「・・・渋谷」
不意に健ちゃんが口を開いた。
「僕のことなら気にせず逃げてくれ」
「村田!」
「ヨザック、さん、君たちもだ。剣を置く必要はない」
「なぜだ・・・なぜお前までそんなことを言う!?」
けど健ちゃんはその質問には答えない。答えなんて、決まっているから。なにがなんでもユーリだけは。そんなことを口にすれば、ユーリが怒るだけだけど。
「さぁ、はやく行くんだ、渋谷」
「行けないよ!」
誰もが、ユーリを見た。
「もう、嫌なんだ。友達を置いて、逃げるなんて」
フラッシュバックしてくるのは、炎とカーキ色の背中。ユーリは元々、そんな性格じゃないし、ね。金属音を立てて剣が地面に転がる。ヨザックさんを見れば、わたしと同じだった。顔に浮かべるのは、困ったような苦笑。
「それが、陛下の御意思なら」
ユーリも少し、申し訳なさそうな顔。ほんとはわかってる、自分の立場とか、逃げろって言われたわけも。でも、ユーリだから。正義感の塊な、ユーリだから。ちら、とアーダルベルトさんを見れば、なんとも言えないような、複雑そうな、そんな顔をしているように、見えた。