波音が、聞こえる気がする。
意識が浮上してくると、身体も自然に起き上がった。波があって、砂浜がある。戻ってきたの?ユーリは、ちゃんといる。よかった、息もあるみたい。・・・・・あれ?
「健、ちゃん・・・?」
確かに健ちゃんもあの時飛び込んだように見えたけど、でも、こうして一緒に気絶しているなんて、そんなわけ・・・。そこでふと、“違う”ことに気づいた。空気の流れが、違う。ここは、地球じゃ、ない。ユーリと健ちゃんが気がついた。健ちゃんはなんか漂流したなんて思ってるみたいだけど、日本から漂流ってどこまでいけるの。けど、ユーリはすぐに気づいた。それもそのはず。わたしたちを発見した金髪のお姉さんが、「黒」と怯えて逃げたからだ。
「あの反応・・・」
「・・・あんな反応されるんだ・・・」
「あぁそっかお前初めてか、ああいうの・・・」
わたしとユーリの黒髪黒目は、魔族でも最高位の象徴。そしてそれを見て逃げるということは、ここは魔族の土地ではなく、人間の土地ということだ。
「どうする?」
健ちゃんがお姉さんに気を取られている隙にこそこそ話し合う。わたしはとりあえず、さっき着てたマントがあるからそれ着てフードかぶっておけばいいけど・・・あとカラコンもある。
「なんでカラコンあるんだよ」
「なんかもらった服のポーチに入ってた」
なんでかはわからない。コンラートの機転だとは思うけど。・・・無事かな、コンラート・・・。だめだ、しめっぽくなっちゃ。 健ちゃんはやっぱり外国に漂流したと思っているみたいで。ほんとに頭いいのかと思ってしまう発想なんだけど。けど、なにかな。さっき地球では思わなかったのに、なんか、健ちゃんに違和感を感じる。頭の奥で、ロイエさんがなにか言ってるような、そんな感じが。まぁ、それはひとまず置いておこうか。 海パンのままで上半身裸だった健ちゃんにユーリが上着を貸してあげて、そのかわりにサングラスを健ちゃんから借りて目を隠す。頭は元々持ってた野球帽でなんとかなった。それからお金を稼ぐために荷運びの労働・・・。
「ここで働いてる人たち、おじいちゃんばかりだね」
「そうだねぇ、みんな身体はすごいけど」
なぜか若い人を見ない。荷運びになれているのか、筋肉の素晴らしいおじいちゃんばかり。 休憩時間になって、なんか頭が真っ白アフロな人とご一緒する。あれ・・・なんか、見たこと、あるような・・・? その人にここが、小シマロン領カロリア自治区の南端、ギルビットの商業港だと教えてもらった。
「シマロン・・・きいたことあるような」
「シマロンって・・・状況最悪じゃない・・・!」
「え?」
「ギルビットっていうと、英語ではギルバートかな」
「え?」
頭のいい発言をしたのはわたしでもユーリでもなくて、その隣の健ちゃんだった。
「て、えぇ!?村田、なんで言葉!」
そうか、言葉違うんだっけ。わたし最初から喋れたから全然なにも思わなかったや。ところでユーリ、シマロンについてすっかり忘れてるっぽいけど、忘れちゃダメなことだよ・・・!けどそれを言う前に健ちゃんがおじいさんに、ここにいるのがお年寄りばかりなわけをきいた。どうやら若い人はみんな、兵役にいってるらしい。戦争をする準備で・・・・・眞魔国との。ほかのおじいちゃんたちも集まってきてお話してくれる。カロリアの人たちは戦争はしたくないんだけど、自治区とはいえ小シマロン領の一部だから逆らえないんだとか。そこで再びでた小シマロンという単語をユーリが副読する。サングラスでよく見えないけど、ちょっとだけ、顔色が変わった気がした。思い出してくれたかな・・・。 健ちゃんが次に気になったのは、坂の上のほうに建っている大きなお屋敷だった。あそこは領主様のお屋敷らしくて、健ちゃんはとりあえず保護してもらおうよと言ったけど、無駄だよとおじいちゃんに言われてしまった。なんでも三年前に馬車で事故にあってから、誰にも会わないようになってしまったらしい。だから領主には会えない・・・けど、それで諦めるわけがなかった。健ちゃんはなんか結構楽天的なのか前向きなのかアグレッシブなのか・・・。不安だらけだよ、ゆーちゃん・・・。
案の定門前払い・・・と思ったけど、なぜかかしこまれた。ユーリの胸元を見て、門番さんたちは言う。
「失礼しました。まさか、ウインコット家の紋章をもつお方をは存じ上げず・・・お許しください」
「え」
そういえば、まじまじとユーリの魔石を見たことはなかった。これ確か、コンラートにもらったって言ってたっけ。じっと見てみると、確かに紋章が刻まれている。刻まれているというか、魔石に埋め込まれている。でも、どうして魔族の貴族であるウインコットの名前がここで出てくるんだろう。なにか知ってるかなと頭の中で問いかけてみるけど、やっぱり意思疎通なんてできるわけがなかった。とにかくそれのおかげでわたしたちは領主さんのお屋敷に入れてもらえることになった。
広い部屋で待っていると、やがて、仮面にローブのひとがあらわれた。執事さんによれば、このひとが領主のノーマン・ギルビットさんらしい。ノーマンさんは小さいときからこんな格好で、三年前の事故で声も失ってしまった。だから執事さんがかわりにお話するとのことなんだけど・・・なんか不運続きなひとなのかな。
「いやぁ奇遇だなぁ!実はウチのクルーソー大佐も風呂場掃除で喉と目をやられまして!」
そこで出たのが健ちゃんの謎機転!いや、確かに本名あかせないとは話したけど、理由がお風呂掃除でって情けなさすぎるよ!
「ぶしつけではございますが、クルーソー様とウインコット家とはどのような」
「あぁ、大佐の亡くなられた母上が、ウインコットの血を引く女性だったのです」
「ちょ!」
ママ勝手に殺しちゃだめだよ健ちゃん!
「その女性のお名前は」
「ジュリア」
とくん。前ほど強くじゃないけど、ジュリアさんの名前に、ロイエさんが反応したみたい。けど、なんで健ちゃんそんな、あっさりジュリアなんて名前が出てきたの?やっぱり健ちゃんにはなにかあるの? そして執事さんの口から衝撃の事実があげられる。数千年前にこの地をおさめていたのはウインコット家なんだとか。ウインコット家は創主を屠った偉大なる一族なんだけど、やがて圧政で民を苦しめるようになって、立ち上がった民によって追い出されてカロリアが建国されて、ウインコットは眞魔国で魔族と呼ばれるようになった、らしい。違う、気がする。頭の中にある気がする知識と、違う気がする。隣で「そんな歴史を信じるやつが」って健ちゃんが呟いたのがきこえた。うん、健ちゃんやっぱり、なにかしらこの世界に関係してるんだ。だからこの世界に飛ばされたんだ。魂がこっちのものじゃないと、この世界にはこれないはずだから。 そこに、慌ただしい足音がきこえてきて、部屋の扉が開かれた。入ってきたのは二人の男性。その、後ろにいる男性が、なにか引っかかった。
「あいつは・・・アーダルベルト!」
アーダルベルト。ぽんっとフルネームと簡単な説明文が頭に浮かんだ。フォングランツ・アーダルベルト。ジュリアさんの婚約者。つまり、ロイエさんの義理の弟にあたる人。 押し入ってきたひとはマキシーンと呼ばれた。マキシーンさんは小シマロンのひとで、カロリアに不穏な動きがあるとかなんとかで来たらしい。そしてノーマンさんに近寄って、そのマスクを、剥ぎ取った。
「えっ!?」
ノーマンさんは、男性の、はず。でもマスクを外されたその人は、水色の髪をもった、女性だった。なるほど、それでは確かに顔も出せないし声も出せない・・・じゃなくて、もしかして影武者とかそんなやつ?と思ったら、フリンさんという、ノーマンさんの奥さんらしい。こどもがいなくて、自分があとを継ぐことはできない、だから仮面をつけてノーマンさんとして生きようとしていたのだとか。 なんか、ウインコットの毒というやつが問題になっているらしい・・・。とそのとき、マキシーンがなんか糸でフリンさんを締め上げ始めた。正義感溢れるユーリが止めに入ろうと声を上げる。あぁもうこの子は!いや気持ちはわかるけど!
「そこまでにしておけ、双黒の坊主」
「ぎくっ、ばれてたの」
そこに割って入ったのは、扉を守っていたアーダルベルトさんだった。彼は突然、ユーリの胸ぐらを掴んだ。
「ちょっと!ユーリになにすんの!?」
「あぁ?・・・坊主と同じ顔だと・・・?」
「そ、そりゃ双子ですからね!同じ顔してるよ!」
「双子・・・」
何を思ったのか思い出したのか、一瞬アーダルベルトさんの表情がかわった。もしかして、ジュリアさんたちのこと、思い出した?けどすぐに彼の目は、ユーリの、魔石に。
「コンラートがこれをお前に!?」
「そうだよ、お守りがわりだって」
「なるほど・・・もう、お前の色になっている」
「え?」
「そっか、たしかジュリアさんのは白・・・」
「な、おまえ、なぜそれを!?」
しまった、これはロイエさんの記憶だ。動揺したアーダルベルトさんをなんとかごまかせないかなと思ったけど、ユーリもユーリでぽかんとしてるし、もう!どうしたものかと思っていたら、廊下の方からいくつもの足音がきこえてきた。それをアーダルベルトさんは軍靴の音だけで大シマロンの兵だと把握する。軍靴だけで把握ってすごいな。仕方なくマキシーンとアーダルベルトさんはベランダから逃げていった。大シマロン兵は、あのときの、変な武器をもっていた。予想はしていたけど。眞魔国に敵対する国だから。でもユーリの感情はおさえられていなくて。
「ユーリ、待って、落ち着いて、ゆ・・・っ」
けど感情が高ぶったユーリは止められなかった。魔王モードになってしまったユーリは帽子もサングラスも吹き飛ばして、その双黒を顕にする。私のフードも外れてしまった。
「ユーリ!」
ここは小シマロン領で、魔族に味方してくれる要素なんて。そう思っていたら、紅茶が動きだした。ユーリの魔術はいつも液体らしいけど、だから紅茶でもOKだったのかな。なんて、のんきなこと考えてる場合じゃなかった。ユーリはわたしたちをバリアで守って、大シマロン兵を外へ流しだして、気を失った。無事なのは、わたしと健ちゃんと、フリンさんと執事さん。
「私たちが濡れていないのはなぜ?」
「彼が守ったからさ」
ユーリの身体を支えながら健ちゃんが答える。
「力を使い果たしたみたいね」
「今なら殺せるかもな」
「ちょっと健ちゃん!」
「・・・殺しはしないわ。私には、彼が必要なのよ」
魔族である、双黒であるユーリが必要?
「悪事に利用させたりはしないよ」
健ちゃんが、言う。健ちゃん、あなたはいったい、だれなの?
「そんなことには使わないわ」
「多くの人間は、力を得れば傲慢になる。あんたたちは、どれだけのものをほしがっている?土地か?人か?金か?それとも、世界か?」
健ちゃんの言葉は、きっと世界に向けた言葉。世界のすべてのひとに向けた言葉。 そのあとわたしたちは、牢屋へと入れられた。
外から月の光が差し込んでくる。牢の部屋は別々、ユーリはまだ目覚めていない。わたしは、こっそり、健ちゃんにきいた。
「ねぇ健ちゃん」
「んー、なんだい?さん」
「健ちゃんは、何者なの?」
一瞬の、気づかないほどの間。
「何者って?僕はきみたち双子の中学時代の同級生で・・・」
「誤魔化さないで。健ちゃんが、ここが異世界だってこと把握してるの、わかってるんだから」
「・・・いやぁ、すごいなぁ、渋谷とは大違いだ」
観念したみたいで、健ちゃんが大きく息を吐いた。
「僕の魂は、元々はこちらのものだ」
「うん、じゃないと来れないもんね」
「そう。そこに加えて僕は、きみのように・・・いや、きみ以上に、“以前の人”の記憶を持ってる」
「え・・・?」
それは、どういうことだろう。わたしみたいに断片的にじゃなくて、くっきりってことなのかな。
「僕はその昔、双黒の大賢者と呼ばれていた。それからずっと、転生する度に前の記憶を持ち続けることになった。ひとつ前の人のも、そのひとつ前の人のも」
「何人もの人の記憶が、健ちゃんの中に・・・?」
「そう。“僕じゃない人”の記憶が沢山ね。それを話して頭がいかれてるとか、魔女呼ばわりされたこともあったよ」
「そんな・・・」
見えないところで、健ちゃんが苦笑した気がした。
「大賢者、なんてねぇ。そんなの僕の知ったことないはずだったんだけど」
「大賢者って、眞王陛下のおそばにいたって人、だよね?眞魔国で、黒が高貴な色とされることになった」
「うん。まぁそれも僕じゃなくてむかーしの人だけど」
「・・・健ちゃん、わたしは・・・わたしたちは・・・」
「あぁ、いいよ、言わなくて」
「えっ?」
まさかのことを言われて壁を見つめる。健ちゃんは、どんな顔をしているんだろう。
「僕は君たちが“何者”なのか知ってる。この世界がなんなのか知ってる。・・・けど、気付かないフリをしている。渋谷が直接話してくれるまでは、そうするつもりだよ」
「健ちゃん・・・」
「渋谷が僕を守ろうとしてくれているのはわかる。この世界の事を話して安易に信じられないだろうって事もわかる。でも、渋谷やさんは、やっとこの世界の事を共有できる“友達”だからさ・・・」
「うん・・・うん、そうだね」
「さんは僕に直接きいてくれた。次は渋谷の言葉を待つよ」
健ちゃんがそう言って、少し間が空いた。うにゃ、と声がきこえてユーリが起きたのがわかって、その話は終わりになった。 ユーリ、健ちゃんは待ってるから、健ちゃんを信じて話してあげてね・・・。