わたしと夢のわたし
家に帰ると有利がいた。目が合うと、へら〜って笑われて・・・ほんとに魔王なんだろうかこの子って思いたくなった。久しぶりのママの笑顔とお味噌汁を満喫して、お父さんのちょっと頼りなさげな笑顔を見て、反対に厳しい顔のしょーちゃんを見て、帰ってきたなぁって改めて思う。
「ねぇゆーちゃん」
「ゆーちゃんはやめろっていうかお前なんでそこにいるわけ!?」
そこ、って言われたのは、お風呂の脱衣所。有利は湯船の中。つまりこのドアの向こう側には裸のゆーちゃん。お年頃なのにごめんねぇ、でもここくらいしかゆっくり話せないかなって。
「夢じゃないんだよね?」
「夢じゃないよ。俺、ちゃんと魔石持って行き来してるし」
「ヒモパンだし?」
「・・・お前、オトシゴロの女子が言うもんじゃないぞ、そういうの」
いやぁついね。
「わたしねぇ、実はちょっとだけ不安」
「何がだよ?」
「夢、みないかなって」
ちょっとだけ間があって、「夢?」と返ってきた。
「うん。実際に向こうに行ったら、もっと詳しい夢見そうで」
「あくまで前世の記憶だろ?気にしなきゃいいんじゃないか?」
「まぁ・・・そうなんだけど」
あっけらかんと言われて、うーんってなる。それはそうなんだけどー。
「変に気にしたら、自分がつらいだけじゃん。自分のことじゃないのにさ」
「・・・うん」
「でさぁ」
「うん?」
「・・・のぼせそう。出ていい?」
江戸っ子なのにもうのぼせたの?と思ったけど結構喋っちゃったみたい。ごめんごめんって言って脱衣所から出たら、すぐに有利が湯船から出た音がした。
「気にしなきゃいい、か」
できるかわかんないけど、眠らなきゃ何もできないし、とりあえず寝ますか。
赤い炎が、舞っていた。
それは一瞬で、すぐに灰色に切り替わる。色がないのは、夢だから?わたしが立っている場所の先にはいくつもテントがあって、軍の人たちが出たり入ったりしている。傷だらけの人もたくさんいて、ここは救護テントのようだった。それらのテントの中で、ひとつ、静かなテントがあった。なんだろう、と歩み寄ってみたら、後ろから馬が駆けてくる音がきこえてきた。振り返ると青白色の髪がなびいて見えて、すぐにそれが誰なのかわかった。彼は慌ただしく馬を降りると、その静かなテントの中へ入っていく。すぐにあとを追って、彼の叫び声をきいた。彼と同じ青白色の髪を持つ女性が、目を閉じてそこに横たわっている。まるで眠っているようなのに、息をしている動作がない。彼はしばらくそのベッドに伏せていたけど、やがてふらふらと立ち上がって、彼女に付き添っていたひとが止めるのもきかないで、外に出て行った。そして、再び外で、彼女の名前を叫ぶ。雫が地面にいくつものシミを作っては消えていく。それを隠すように、ぽつぽつと雨が降り出した。濡れてしまいます、と声をかけられた彼は、少しだけ顔をそのひとに向けて、何か呟いた。そして、彼は自分の腰に下がっていた剣を引き抜いて―――
目を開けると、自分の部屋の天井が見えた。目尻からこめかみに、耳のほうまで、濡れているのがすぐにわかった。腕で目元を覆って、そのまま溢れる涙を止めない。こんなおもいだったんだね。本当に、すごく悲しくて、すごく悔しかったんだね。とてもとても、彼女を愛していたんだね。大切だったんだね。彼のおもいが胸いっぱいに溢れて、しばらく涙が止まらなかった。
みんなが起きてくる前にタオルを濡らして目を冷やして、赤くなったのをおさえておく。けどママにはばれちゃってたかもしれない。「悪い夢でも見たの?」って言われちゃったから。有利に夢のことをきかれたけど、そのまま話すこともできなくて、はぐらかしちゃった。せっかくゲーゲンヒューバーを許そうってなって、前向きになっているのに、わたしと彼だけのことで考えさせたくないから。
いつもの日常のように「いってきます」って有利と一緒に自転車漕いで学校にいって、授業を受けて帰る。そんな、単純な平和な日常。こんなことしていていいのかなって思ってしまうくらい感情移入しちゃってるのは、よくないことなんだろうなって、自分でもわかってる。でも、実際に見たような光景だから、感情移入だってしちゃうよ。
次に眞魔国に行く時までにはもっとうまく考えられるようになってたらいいなって思いながら、わたしはまた今日も目を閉じる。
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