赦してあげて、ほしいんだ
眠っちゃうとまた夢をみるきがして、なんとなく眠れない。静かな廊下を散歩していると、お腹の大きな彼女が前方から深刻そうな顔をして小走りしてきた。
「ニコラ?どうしたの?」
「様・・・ヒューブが・・・」
「・・・ゲーゲンヒューバーが?」
落ち着け、と心の中でぴしゃりと言う。名前だけでいちいち反応してちゃだめだ。
「ヒューブが、いなくなっちゃったんです・・・!」
「え!?」
ゲーゲンヒューバーはヴォルフラムが魔術で応急処置をしてギーゼラさんがおなじく魔術で治療したとはいえ、意識不明の重体だったはず。今日の今日で目を覚ましてしかも歩きまわるなんて。
「探さなきゃ・・・」
「あ、ちょ、ちょっとまってニコラ!慌てるし心配なんだろうけど、走るとお腹の子がっ」
「で、でも・・・っ」
「でもじゃなくて!無茶して流産なんてしたくないでしょ!?」
はっきり言ってあげると、さすがに事の重大さを思い知ったのか、ニコラがしゅんとなる。このお腹の中には、ゲーゲンヒューバーとのこどもがいる。またぶれそうになる動悸をおさえながら、わたしもニコラと一緒にゲーゲンヒューバーを探すことにした。
不意に、剣の音がきこえてきた。まさかまたユーリが襲われているのか?そう思ったら気がはやって走りたくなる、けど走ってニコラに無茶をさせたくない。ニコラも同じ思いのようで、そわそわしていた。とにかく無茶しない程度に小走りで進んでいると、まさに修羅場だった。廊下に倒れているゲーゲンヒューバー、剣を振りかざしているグウェンダル。出てきた方向からそれしか見えないけど、このままではゲーゲンヒューバーがきられてしまう。
「まっ・・・!」
声を届けるよりもはやく、動くものがあった。ニコラがとびだして、ゲーゲンヒューバーをかばうように覆いかぶさった。これにはグウェンダルも剣を止めるしかなくて。そのままニコラはゲーゲンヒューバーに肩を貸して、逃げていく。グウェンダルが逃すまいと駆け出すが、そこにグレタが立ちふさがった。わたしはニコラたちをそのままに、ユーリたちのほうに歩み寄った。思ったとおりユーリはまた襲われたようだけど、コンラートがいてくれたから怪我はないみたいで安心した。
「ヒューブをいじめないで!」
「・・・やつは許されない罪を犯したのだ」
「グレタもそうだもん!」
グレタの言葉に、みんなが声をもらす。
「グレタだって、ユーリを殺そうとしたんだよ?」
「グレタ・・・」
「嘘ついて、勝手な理由で刺そうとしたんだよ?いまでも・・・いまでも思い出すと涙が出てくるよ・・・。つらくてはずかしくて、きえちゃいたくなる。だけど、ユーリは怒らないんだよ。グレタがわるいなんて、一度も言わないんだよ。嫌いだなんて、ぜったいぜったい言わないんだよ!好きだって、言ってくれるの。かわいいって、おれの娘になればいいって」
グレタの涙声を、みんな黙って聞いていた。
「そのたんびに、なんてわるいことしたんだろうって、泣きそうになる・・・!」
「グレタ・・・」
ユーリがグレタに歩み寄って、そのちいさな身体を抱きしめた。
「でも、嬉しくって、ユーリのそばにずっといたいって思うんだよ」
グレタの目がまっすぐグウェンダルを見る。みんな、どうするんだろう。ゲーゲンヒューバーは確かにこの国に大きな被害を、悲しみを生み出した。でも今、こうして慕われ、愛されている。それでね、きいてる?“もうひとりのわたし”、ロイエさん。多分、グレタにとってのユーリが、ゲーゲンヒューバーにとってのニコラなんだよ。わたしだってユーリを失ったらあなたのようになるかもしれない。でも、憎み続けることは、ユーリは望まないと思うんだ。すぐにゆるしてあげてなんて言わないから、ゆっくりでいいから・・・。
「ゆるしてあげたいと、思いたいな」
思わず口に出してしまった言葉がコンラートにきこえてしまったのか、コンラートが軽く目を瞠ってわたしを見た。それに小さく笑ってこたえる。
わたし自身は、ゆるしてあげたいと思うんだよ。ユーリやグレタやニコラと同じ。あとは、コンラートたちや、ロイエさん次第かなって、思うんだよ。
ともかく二人を探し出さないと始まらない。城から出ることはできないだろうからと、城内をくまなく探すことになった。
あちこち探し回ってみたけど二人は見つからない。後探していないのは、塔の上だけとなった。急いで塔をのぼると、やっぱり二人はそこにいた。
「きみたちは完全に包囲されている!じゃない、早まった真似をするな!」
ユーリ、ドラマの見すぎ。
ユーリがどうこうする前に、グウェンダルが前へと歩き出す。大丈夫かな、と見守っていると、口を先に開いたのはグウェンダルではなくゲーゲンヒューバーのほうだった。
「・・・誠に申し訳ございません、閣下。このような姿を、再びお目にかけるつもりはなかったのです。・・・自分で身を処することもできず、卑怯にも他者に切り捨てられれば楽になれるとおもい、流れ者となって幾多の剣豪にいどんでみました」
ゲーゲンヒューバーは語るのは、ニコラと離れ離れになってからの出来事。ニコラという支えがいなくなったから、ゲーゲンヒューバーは死のうとしたのかな。
「結局それも叶わず、ヒルドヤードでウェラー卿の姿をみた瞬間、これが運命だったと・・・これで償えると。・・・しかし、今また魔王陛下に剣を向けしこと、到底許されることと思ってはおりません」
「え?俺?いいよ、怪我してないんだし」
ユーリが言うけど、それに頷く人はいない。さらに、グウェンダルが剣をとった。
「剣をとれ、私は左手で戦おう」
「グウェンダル!?」
「私がその未練、断ち切ってやる」
「・・・」
ゲーゲンヒューバーも剣をとり、ニコラに目配せをした。ニコラは首を振るけど、二人は止まらない。
「ニコラをお願いします」
「ニコラ、こっち」
「ヒューブ・・・」
ニコラに怪我させちゃいけない。そっと二人から離して、わたしたちは彼らを見守った。グウェンダルは利き手とは違う手で剣を持っているけど、ゲーゲンヒューバーは手負いの身。あっという間にへりに追い込まれてしまった。さすがにそれ以上は・・・とわたしも不安になった。そして、ゲーゲンヒューバーがバランスをくずす。
「やめろー!グウェンダル!やめろー!!」
ユーリの声が響く。でもグウェンダルは止まらずゲーゲンヒューバーの剣を弾きとばして、ゲーゲンヒューバー自身も、塔の外に放り出された。
「いやあああああああヒューブううううう!!!」
ニコラの悲痛の叫びが響く。ユーリやグレタが塔のへりに駆け寄って下をみた。ゲーゲンヒューバーは、どうなったんだろう。そこへ、大きな羽音が。骨飛族が、ゲーゲンヒューバーを抱えていた。
「よかった・・・ニコラ、よかったね」
「はいっ・・・」
ニコラのはやる気持ちを抑えながら塔を降りていく。塔の壁を背に座らされたゲーゲンヒューバーにニコラとグレタが駆け寄った。
「なぜ・・・私は・・・」
「ヒューブは悪いことをして、それが苦しくて、自分が許せなくて逃げたいと思っているんだよね?だけど、ヒューブがいなくなったら、ニコラはどうなるの?赤ちゃんは?赤ちゃんはどうなるの!?」
グレタの必死な訴えに、ゲーゲンヒューバーの目が見開かれる。
「ヒューブだって、ほんとは一緒にいたいんだよね?だったら、みんなに一生懸命あやまって、それで生きてよ!みんなゆるしてくれるから!ユーリはきっとゆるしてくれるよ!」
ユーリが足を動かした。グレタのそばにしゃがみこんで、その身体を抱きしめながら、ゲーゲンヒューバーに言う。
「うん、俺はゆるすよ」
そして、今度はグウェンダルたちの方へ向く。
「グリーセラ卿ゲーゲンヒューバーに与えられた罰は、魔笛探索の旅にでることだったよな」
「・・・そうだ」
魔笛・・・魔王にしか使えない魔法の笛、だったかな。実物は見た記憶、無いみたい。
「20年かけて、ヒューブは魔笛を見つけた。そして、今ちゃんとこの城にある。あんたは、ちゃんと役目を果たしたんだ。もういいんだよ」
「・・・・・」
驚きと戸惑いに目を見開いたままのゲーゲンヒューバーに、今度は、グウェンダルが一歩動いた。
「お前は一度ここで死んだ。そのあとをどう生きようとお前の勝手だ。恩義を感じるなら、そこの魔王陛下に忠義を尽くせ」
つまりそれは、ゆるしていい、ということなのかな。ニコラが嬉しそうにゲーゲンヒューバーに抱きついたのを見て、わたしもほっと息をついた。
もう、ゆるしてあげていいんじゃないかな。ゲーゲンヒューバーはたくさん苦しんだみたいだよ。きこえているかはわからないけど、でもこの光景はきっと見えているだろうから、みんなのおもいがロイエさんに届くといいな。
騒ぎがひと段落して、でもまだ夜中だから寝直すか、とユーリが立ち上がったとき、ニコラに異変が起きた。急にお腹をおさえて苦しみ出して・・・まさか、これって。
「う・・・」
「う?」
「う、ま、れる・・・」
「生まれるー!?」
「何ぃー!?」
や、やっぱり!ユーリとヴォルフラムが慌てた声を上げて、辺りが騒然とする。
「あぁ、どうしよう!どうしたらいいの!?ギュンター!!」
「え、あ!?なにぶん、私には、経験がないもので」
そりゃそうだ、ギーゼラさんは養女だもんね!
「あ、グウェンダル、あなたにはありますよね?」
「あるわけないだろう!?」
ギュンターさんが真顔できいちゃうけど、ないらしいです。ヴォルフラムも「僕だってない!」と訴えの声をあげるけど、うん、ヴォルフラムはわかる。そこに、やれやれというような顔で彼らの次男が発言する。
「大丈夫、そうすぐには生まれませんから。以前、一度そのような状況に遭遇したことが」
「それっていったいいつの話だよ!?コンラッド!」
「わたしたちじゃない?」
「あ」
ママが産気づいたときに相乗りしてくれたイケメンさんだし。とそこへ、ギーゼラさんたちが駆けつけてきた。てきぱきとニコラを支え、指示を出していく。
「ほんとにもう、こういうとき男の方はだめですね!」
男じゃないけど役に立たなくてごめんなさい。
「ギ、ギーゼラ、ああまり言いたくはないが、アニシナに似てきたのではないか?」
声を震わせながらグウェンダルが言う。こう動揺したような声は珍しくて、昔何があったんだろうここの幼馴染関係はと思ってしまう。ギーゼラさんはその言葉に、グウェンダルを振り返って「それは光栄ですわ、閣下」と笑顔を見せた。
「男の人は、彼女を部屋へ運ぶのを手伝って!」
ギーゼラの指示がとび、各々が動き始めた。
「ぎ、ギーゼラさん!わたしにも手伝えることある!?」
「様はこういったことは」
「なにぶん末っ子なもので・・・」
「では陛下と一緒にいてらしてください」
デスヨネー。
というわけで部屋から締め出されてしまったわたしたちは、ニコラと赤ちゃんの無事を祈りながら待つだけ。ユーリなんてそわそわして動き回って壁にぶつかったりしてる・・・。
「ゆーちゃん落ち着いてよ」
「そ、そうだよな!こういうときは深呼吸だよな!ひっひっふー」
ゆーちゃんそれラマーズ法だから・・・ニコラが今まさにしてるやつだから・・・。
「それはボートを漕ぐ時の掛け声だ」
ヴォルフラム、それも違う。どこでそんなこと覚えてきたの。
とその時、お腹の底からの泣き声が響いてきた。うまれたての、赤ちゃんの声。夜中の血盟城に、赤ちゃんの声が響いた。
生まれたての赤ちゃんは小さくて、柔らかくて、自分たちもこんなだったのかなぁって、ユーリと笑いあった。赤ちゃんを見ながら微笑むニコラとゲーゲンヒューバーはとても幸せそうだった。
「・・・どーお?」
こめかみに触れて、問いかけてみる。会話できるわけではないから、返事がなくても仕方がない。
「見守ってあげてほしいと、わたしはおもうよ、ロイエさん」
呟いて、お庭の噴水のへりに腰掛ける。なんとなーく体重を後ろにかけたら、かけすぎて、よろけて。
「へ?」
どぼん、まではよかった。問題は、その直後。この引っ張られる感じは、こっちの世界にきたときと同じような。
「・・・・・」
ぽかーんと、池に半分身体を沈めたまま空を見上げる。そばには軟式の野球ボールがぷかぷか浮いていた。あぁ、戻ってきたんだ、地球に。夢みたいな、ファンタジーな世界。でも、夢じゃない。
「・・・また行けるかなぁ」
きっと、大丈夫。だってわたしは、魔王の妹だもん。なんの根拠にもならないけど、自然に笑みが浮かんで、なんだか嬉しくて。考えなきゃいけないこと、大変なこと、難しいこともたくさんあるけど、これが大きな新しい一歩なんだなって、ここから始まるんだなって、すごく、わくわくしてきたんだよ。
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