貴方の思いが、わたしに染みる





















眞魔国の港に到着して下船すると、ゲーゲンヒューバーもストレッチャーごと運び出された。そこに迎えに来たのはグウェンダルで、でも彼はわたしたちの横を通り過ぎると、意識のないゲーゲンヒューバーに剣を向けた。これにはさすがにびっくりで、ユーリが声を荒げる。


「なにしてんだよ!相手は怪我人だぞ!?」


でもグウェンダルは、ユーリの声は聞き流してしまう。


「ゲーゲンヒューバー、よもや生きてこの国の土を踏めるとは思ってはいまい。貴様はそれだけの罪を犯したのだ」


罪、という単語に反応して、頭がズキと痛む。なんだろう。昔のわたしは、何を知っていたんだろう。


「だめだって!こどものまえでなんてことすんの!それに、こいつは俺が助けてつれてきたんだ!それを勝手にどうこうしようなんて、認めないからな!」


ユーリが力強く言うと、グウェンダルは厳しい目をユーリに向けた。


「な、なんだよ、なんか文句あるわけ?」

「グウェンダル、それが陛下のご意思だ」


コンラートにそう言われてしまうとグウェンダルは「城に運べ!」と兵士の人たちに言って剣をおさめてくれた。その背中を見送って、わたしたちも馬に乗って血盟城に戻ることになった。



















帰ったらギュンターさんがお出迎えしてくれたんだけど、なんでか怒られなかった。何かを悟ったらしいです。後光が見える気がする・・・と思ったら後ろでダカスコスさんが細工してた。とそこへ、ニコラが駆けてきた。


「ヒューブ・・・ってことは、もしかして、ニコラ、は」

「あぁそっか、そこは教えてなかったな。ニコラのお腹の子は、ヒューブの子だよ」

「そう、なんだ・・・」


ユーリがニコラの方に歩いていくけど、なんだかわたしの足は動かなかった。どうしてこんなにはがゆいんだろう。なんで、っておもいがぐるぐるして、もどかしくて。ふとコンラートやほかのみんなを見たら、みんな表情が明るくなくて、わたしのおもいが伝わっちゃったのかなって思っちゃった。



















わたしはなんとなく一人になりたくて、静かな廊下を一人で歩いていた。グレタはユーリと一緒にいるから心配ないと思う。かつかつと靴の音だけが響いているところに、「ですが、兄上!」とハスキーボイスがきこえてきた。この声は、ヴォルフラムだ。どうしたのかなと寄ってみようとしたら、どうやら三兄弟そろっているみたいで、なんだか深刻な話のようで、思わず隠れてしまう。けど相手は軍人だし、ばれてそうだなぁ。


「いくら魔王陛下の望みとはいえ、あの男を再びこの国に入れるとは・・・あの男が何をしたのか、忘れたわけではあるまい」


グウェンダルが見てるのは、コンラート。ツキ、とこめかみが疼いて指でおさえた。


「いや、お前が忘れるはずもないな。あの男のために多くの者が死んだ。・・・スザナ・ジュリアも」


どくん。大きく心臓が跳ねた。“スザナ・ジュリア”。名前だけなのに、ぱっと頭の中に姿が浮かんだ。知らない名前のはずなのに、一瞬にして、夢に出てきた白い女性だってわかった。


「・・・その罪はゆるされることはない」


自分の息が乱れて、震えているのがわかる。ぎゅっと自分を抱きしめて、我慢。


「・・・彼は20年間放浪の旅を続けてきた。名誉もなく、絶望を抱えての旅がどんなものだったのか・・・あの姿を見ればわかる」

「やつをゆるすと?」


ユルサナイ


「俺が許せないのは、陛下に剣を向けたことだ!二度と彼を、陛下に近づけされるつもりはない」


コンラートが鞘を握って、その手が震えて、鞘が音を立ててる。コンラートは昔に喪ったジュリアさんより、ユーリに危害を加えようとしたことのほうが許せないみたいで。でも、わたしは?いまわたしのなかで、“誰か”が、“ユルサナイ”って、言った。わたしの前世の人なんだろうか。


「いったい・・・誰なの・・・?」


わたしの前の魂の持ち主は、誰だったんだろう。コンラートと仲が良くて、ジュリアさんとも親しくて。こんなもやもやするなら、もういっそのことわかってしまいたい。でもそうしたら、“わたし”はどうなるんだろう。“わたし”でいられるのかな。そう思うと、知りたいのに、知るのがこわくて仕方が無かった。


















「グリーセラ卿ゲーゲンヒューバー・・・グリーセラ卿ゲーゲンヒューバー・・・フォンウインコット卿スザナ・ジュリア・・・フォンウインコット卿・・・フォンウインコット・・・・・」


呟いていたら思い出せるかなと、つぶやきながら歩いたら、自分の意思に反して足が止まった気がした。何かが頭の中に澄み渡って、ちょうどそこにある姿見に、ゆっくりと顔を向ける。いつもとかわりないわたしの姿。黒い長い髪で、黒い目、ユーリとほぼ同じ顔。でも、何か、何か違う気がした。わたしの姿にかぶって、背の高い、青白色の髪の男性の姿がかぶった気がして。


「・・・・・アルト・ロイエ」


無意識に出てきたのは、男性の名前。同時に、ほっぺが濡れた気がして触ってみる。目から涙がこぼれ出ていた。


「・・・泣いているの?」


誰に問いかけているのか自分でもわからない。ううん、きっと、わたしのなかの“もうひとりのわたし”、わたしの前の魂の持ち主、フォンウインコット卿アルト・ロイエだ。あの夢は、彼の視点だったんだ。


《俺は、あいつをゆるさない。》


頭の中に響いてくる気がして、目を細める。涙が溢れて、止まらない。


《ジュリアを奪ったあいつを、俺は決してゆるさない》


ゲーゲンヒューバーが何をしたのか詳しくは知らないけど、彼はとても悲しんでる。ジュリアさんを喪って、悲しみに溢れてる。わたしは彼を抱きしめるように自分の身体を抱きしめてしゃがみこんだ。


《俺の愛しいジュリア・・・》


泣かないで、悲しまないで。そう言いたいけど、そう言ってどうなるものでもなくて、わたしはただ彼の言葉をきいていた。このまま意識を手放したら楽なのかなと思った時、呼ばれた気がして顔を上げた。


「・・・・・コン、ラー、ト?」


わたしの顔を心配そうな表情でコンラートが覗き込んでいる。目をぱちぱちさせると、目にたまっていた涙がこぼれ落ちる。コンラートの手が涙をぬぐってくれると頭が覚醒してきて、同時に声がきこえなくなったと気づいた。


「どうしたんだ?何かあったのか?」

「え、と・・・なんていうか・・・」


どう言えばいいのだろう。言葉を選んでいるのをコンラートは待ってくれている。はやくはやくと急くと余計に言葉が出てこなくて眉を寄せた。


「言いたくなければ・・・」

「そう、じゃなくて、なんて言ったらいいかわからなくて・・・」

「ひとつずつでいい、ゆっくり話して」

「うーん・・・」


最初のきっかけは、やっぱりゲーゲンヒューバーかな。


「なんか、ゲーゲンヒューバーのことが変に気になるって、言ったじゃない?名前知ってたりとか」

「そう・・・だな」

「それが、わかったっていうか」

「え・・・?」


今度はコンラートが目を瞬かせた。その目を見返したあと、また目をそらして考える。


「わたしの前の魂の持ち主が、わかったの」

「っ」

「フォンウインコット卿アルト・ロイエって人で・・・20年前のことは詳しくはわからないけど、その人の大事な、ジュリアさんが・・・ゲーゲンヒューバーのせいで、死んだんでしょ?」

「・・・・・」


コンラートは肯定も否定もしなかったけど、顔は頷いているように見えた。


「その人ね、すごく悲しんでる。だから、ゲーゲンヒューバーをゆるさないって。その強いおもいが、わたしに伝染しちゃったみたいで」

「・・・アルト・ロイエは、ジュリアの双子の兄だったんだ」

「え?」


コンラートが突然語り始めた。昔のことはあまり話してくれてなかったのに。


「ロイエはジュリアをとても大切にしていた。俺は別働隊にいたからきいた話だけど、ジュリアが魔力の使いすぎて倒れてそのまま亡くなったあと、駆けつけたロイエはジュリアの亡骸を見て泣き叫び・・・あとをおったらしい」


言葉が出なかった。そんなことがあったんだ、って、きゅっと胸のあたりを掴んだ。


、きみの魂は確かにロイエの魂だったものだ。けど、今はきみの魂だ。ロイエに飲み込まれちゃいけない」

「飲み込まれる・・・?」

「深いところまでシンクロしてるようだから、一応。ひとつの身体にふたつの意識があるのは身体にも魂にもよくないし、やらないと信じたいが・・・乗っ取らないとも、言い切れない」

「乗っ・・・!?で、でも、コンラートの親友だった人なんでしょ?そんな人が・・・」

「ジュリアを太陽だとすれば、ロイエは影」


え、と声にならない声がもれた。


「きみが以前ユーリときみを例えて言っていた言葉だ。あいつもよくそれを口にしていた。ロイエにとってはジュリアこそが世界で最も大切なもので、それ以上のものはなかった。だからきみが自覚したこの時点で彼女の仇ともとれるゲーゲンヒューバーを前にしたら・・・やる可能性はないとは言い切れない」

「・・・・・」


声が出なかった。身体を乗っ取られるなんて、考えたこともなかった。魂に記憶が、精神(こころ)がふたつってありなのかな。未知なことを考え様にも考えられなくて、不安がこみ上げてくる。


「・・・すまない、不安にさせるつもりはなかったんだ。ただ、“自分”を忘れず守ってほしい。それだけだよ」

「・・・うん、わかった。ありがとう、コンラート」

「いや・・・何もしてやれなくてごめん」


コンラートだっていろいろ考えちゃってるはずなのに、わたしが煩わせてしまって申し訳ない。部屋まで送ってもらって、わたしはとりあえず落ち着いて休むことにした。



















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