炎と心の鎮火





















翌日、ユーリたちは珍獣レースに出かけて行った。わたしとグレタとゲーゲンヒューバーはお留守番。まぁ、ゲーゲンヒューバーは動きたくても動けないんだけど。どうして珍獣レースなんてすることになったかっていうのは、昨日の夜に遡る。西区の権利書を渡すのはいい、だが、それは博打に勝ってから。向こうは西区の権利書を賭け、こちらはなんと、ユーリを賭けることになった。襲われた時の衝撃で変装がはげて、双黒だとばれてしまったから。珍しいものが好きらしいあの人には、とんでもなく高価なお宝なんだと思う。わたしはグレタの面倒と、わたしも双黒だとばれるのを防ぐために居残り。髪は染めてるから大丈夫だと思うけど、目はそのままだしね。


「ユーリ、大丈夫かなぁ・・・」


グレタがゲーゲンヒューバーの手を握ったまま呟く。グレタは今、小さな身体で心配事をふたつも抱えている。そっとグレタの隣にしゃがみこんで、その頭を撫でてあげた。


「大丈夫だよ、きっと。ユーリ、悪運は強いから」

「悪運で大丈夫なの?」

「うーん、多分」


我ながらなんとも説得力が無い。でも今は信じるしかないから、信じて待つしかないから。そう自分とグレタにいいきかせていたら、外が急に騒がしくなった。


「なんだろう?」

「・・・これは・・・!」


窓を開けて外を見てみる。ここからだと少し見にくいけど、もくもくと上がる黒い煙と、わずかに紅が見えた。


「あっちは確か賭博場の方だ!」

「ユーリが危ない!?」


咄嗟にゲーゲンヒューバーを見る。しっかり眠っているし、とりあえず置いておいて大丈夫かな。


「行こう、グレタ!」

「うん!」


グレタの手をしっかり握り、わたしたちは火の手の上がる方へと走り出した。



















燃えているのは昨日行った賭博場だった。レース会場とは離れているから、ユーリたちはひとまず大丈夫そう。すでになかにいたと思われる人たちは避難して外に出てきている。よかった、と息をついたけど、グレタはまだなにかを探しているようだった。


「・・・いない」

「え?」

「イズラとニナがいない・・・!」

「え!?」


まだ逃げ遅れている人がいるの!?どうやらグレタが知ってるその二人の女の子が、建物の中に取り残されているらしい。助けにいかなきゃ、でもこの火の中に飛び込む勇気まではなくて。ただただ二人が無事であることを願いながら、ごうごうと燃える火を見つめていた。




















しばらくすると、ユーリたちがこちらに駆けつけてきた。イズラとニナが出てこないことをグレタからきくと、ユーリは捻挫した足を引きずりながら火に向かって歩いていく。


「ユーリ!」


慌てて駆け寄るけど、火の勢いが強くて近くにまでいけない。


「ユーリ!!」


燃えて崩れた建物の一部が、ユーリの上に、降り注ぐ。


「ユーリぃぃぃ!!!」


一瞬にして視界が滲んだその時、火のうずまきが変わった。ユーリを中心にして水色の球体ができている。火を寄せ付けないそれは、まるで水の塊のよう。


「ユーリ・・・?」


その球体はユーリを包み込んだまま宙に浮いて、そしてそれに呼応するように空から雨が降り注いだ。燃え盛る火は雨の水に負けて勢いを消していく。雨に濡れて冷たいはずなのに、なぜかわたしの身体はあつかった。水の竜は雨を完全に消して、ユーリがいつもの時代口調でまくしたてる。


「命を奪うことは本意ではないが・・・やむを得ん。お主を斬る!」


え、ユーリ!?
命を奪う、斬る、ってフレーズに思わず焦ったけど、実際には違った。水竜たちがルイ・ビロンに巻きついてこらしめ、彼らはお縄にかかった。魔王モードが終了したユーリは力を失って落下。コンラートとヴォルフラムに受け止められて、一件落着・・・なのかな。


「今までに無い展開だったな。こいつにしては美しいというか」

「愛娘にいいとこ見せたかったのかな」


ヴォルフラムの言い方に今までのがどんなのだったか気になるけど、まぁいっかって、片付けた。うん、かっこよかったよ、ユーリ。
建物の中に閉じ込められていた子も無事に出てこられた。ただニナという子のほうは煙を吸いすぎて、意識がまだ戻らないらしい。グレタが、はやくも目を覚ましたユーリに、治してほしいと叫ぶ。力を使ったばかりのユーリに酷な気もするけど、ユーリはそれでもやろうとする。・・・わたしにも、できるかな。わたしにもできるなら、わたしがやる。でも、わたしには力の使い方がわからない。こんなときに、自分の無力さを思い知っちゃうんだ。コンラートとヴォルフラムの静止もきかずにユーリはふらふらと歩いていく。その途中で一度ふらついて立ち止まっちゃって、そこに、赤い影がつかつかと歩み寄った。


「え」


そしてそのままかわいたいい音を立ててユーリの右頬が鳴る。一気に場が唖然として、その人に注目が集まった。


「アニシナさん・・・!?」


どうしてここに。は今どうでもいいことだった。ふらふらなユーリにとどめの一撃?


「取り巻きが過保護すぎては、陛下を軟弱にしてしまいますよ!いっそ気が済むまでやらせておあげなさい」


アニシナさんなんて男らしい・・・いや、とても可愛い女の人なんだけど。ユーリはアニシナさんに目が覚めたとお礼を言って、ニナの方に歩いていく。わたしの足は自然とアニシナさんのところに向かっていた。


「アニシナさん」

「これは様、どうなさいました?」

「・・・魔術って、どうやって使うものなんですかね?」


きくと、アニシナさんはきょとんとした。うん、なんでそんなことを、ってこときいてる自覚はある。


「・・・今の陛下のお姿を見てお思いですか?」

「はい・・・ユーリがあんなになってるのに、わたしはなんにもできないなって。無力なのが、はがゆくて」

「今はそのお気持ちをお忘れなきよう。機会があれば、わたくしが教えて差し上げましょう」


小さく笑みを浮かべる姿がかっこよくて、ありがとうございますって言うのが精一杯だった。そしてユーリのおかげで、ニナは目を覚ました。



















眞魔国からの迎えが来て、ゲーゲンヒューバーが船に運び込まれていく。つきそうグレタを見ながら、わたしは名前のつけようのない複雑さを感じていた。


?」

「・・・なんかね、ゲーゲンヒューバー見てると、胸の内がもやもやするの」

「・・・」


心配してくれたらしいコンラートに呟く。コンラートは黙って聞いてくれた。


「なんでかは自分でもわかんなくて、ユーリやグレタを思えばよくなってほしいのに、でも、自分の中の何かが、否定していて」


自分でもわからない感情が込み上げてきて。そんな不安を晒していたら、コンラートがぽんぽんと頭を撫でてくれた。コンラートは何も言わなかったけど、それだけで少しだけでも、落ち着けるような気がした。




















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