ゲーゲンヒューバー





















ヒスクライフさんがそのドアを開けると、そこには、なぜか伊勢海老を抱き抱えた男の人がいた。猫とかならまだ可愛いけど、なんで伊勢海老?


「おや、またあなたですか?例の件でしたらいくらお話しても無駄ですよ。さっぱりぽん!ですなぁ」


ぽ、ぽん?それどんな語尾・・・と困惑していたら、ふと彼の少し後ろに人影があるのが見えた。彼の用心棒だ。最初に街で見たときもそうだけど、なんだか懐かしいというか、変な感じがするのは、なんでだろう。ヴォルフラムが用心棒に、食ってかかった。さっき港の方で交戦したときの屈辱を、という感じなんだろうけど・・・嫌な感じがする。


「やめるんだ!ヴォルフラム!」


コンラートの制止の声もきかずに再交戦が始まる・・・と思いきや、用心棒はヴォルフラムの横をすり抜けて、わたしの隣の。


「ユーリ!」


素手なのにも関わらず咄嗟に身体が動いてユーリの前に立つ。刃が迫って来るけど、それはカーキ色によって阻まれた。


「コンラート・・・!」


用心棒がコンラートに何か言ってるのはわかるんだけど、何かまではきこえてこない。ただ、煽られているというのだけは、コンラートの様子から感じ取れた。そして用心棒は隙を見て再びこっちに駆けてくる。それを、後ろからコンラートが剣を振りかぶって。


「やめろー!コンラッドー!!」


コンラートはユーリを守るためなら、斬る。それがわかっているから、ユーリは声を張り上げた。けど、なんだか違和感。用心棒はいま、こっちを見ていなかった。しんとあたりが静まって、用心棒の仮面が真っ二つに割ると同時に、彼の身体が床に倒れ込んだ。動く様子は、無い。


「・・・死んじゃったの?」


ユーリがおそるおそるきく。コンラートの口から出たのは「いや、まだ・・・」だった。すると、ユーリの背後でやはりおそるおそる、グレタが動いた。


「・・・ヒューブ」

「えっ?」


ドキッ、と胸が鳴った気がした。グレタが倒れて動かない用心棒に向かって駆けていく。


「・・・ゲーゲンヒューバー」

「え?、おまえなんで」


ヒューブの名前知ってんの?
ユーリの問いには答えられなかった。なんでかなんで自分でもわからない。なぜだか勝手に出てきたんだよ。
コンラートが言うにも、彼が“グリーセラ卿ゲーゲンヒューバー”なことに間違いはないそうで。少しの間の静寂が、とても長い時間に思えた。



















ゲーゲンヒューバーの身柄を引き取ってお医者さんに看てもらうと、今夜が峠だと言われた。ユーリを狙った目的はよくわからない。そんなことを話していると、グレタが「ヒューブは死にたかったんだよ」と言った。


「死にたかった・・・?」


グレタとゲーゲンヒューバーとの関係。彼はグレタがいた城の地下に囚われていたらしい。ゲーゲンヒューバーはグレタの話し相手だったって。ゲーゲンヒューバーは、大きな重い罪を犯してしまったと語って、グレタはゲーゲンヒューバーを逃がして、共に眞魔国へ来た。そしてゲーゲンヒューバーは、自分の死に場所を探すためにグレタと別れた・・・。


「・・・・・」


重い罪ってなんだろう。それ自体はわからなかったけど、目を閉じたままのゲーゲンヒューバーを見ると、なんだか胸が苦しくなる。わたしの中の何かが、ざわついているような、そんな感じがして。


「大変!ヒューブがだんだん冷たくなってく!」


グレタが悲愴の声を上げる。体温が低くなっている、それはつまり、死にかけているということ。ユーリは無意識にグレタの風邪を楽にしたり、ニナという子の熱を下げたりしていたらしい。だからヒューブも、と実行してみようとしたら、コンラートがそれを止めた。一度はユーリを狙った相手。またなにか仕掛けてくるかもしれない、どういう状態でも油断はできないから、それ以上近づいてはいけない、って。


「ヒューブは元は同じチームの仲間だろ!?死にかけてるのを黙って見てんのか!?」

「えぇ、黙って見てますよ」


そう言ったコンラートの声はやけに冷静で。


「そんな・・・」

「そういう冷酷な男です、俺は」


ユーリへの忠誠心の現れなんだって、わたしもなぜだか冷静にその光景を見ていられた。いつもなら多分、ユーリと一緒に叫んでるのに。なんでだろう、どうしてゲーゲンヒューバーには、そういうのが浮かんでこないんだろう。


「どうした?

「・・・ううん」


ヴォルフラムが声をかけてくれるのに、何も言えない。ヴォルフラムは「そうか」とだけ言って、つかつかベッドの方に歩いて行った。ヴォルフラムが、ゲーゲンヒューバーの治癒力向上をするらしい。ヴォルフラムはゲーゲンヒューバーの手をとると、集中するように一度目を閉じて・・・声を上げた。


「おい、聴いてるか!?お前など助けたくはないが、婚約者の望みを無下にすることはできん!生き延びたらユーリに感謝して、一生忠誠を誓え!おい!返事はどうした!?」


ぽかーん。
ギーゼラのように語りかけるわけでもなく、ヴォルフラムは怒鳴りあげている。え、これってありなの?コンラートを見れば、苦笑して肩をすくめられた。ありなんだ・・・。
ゲーゲンヒューバーはひとまず昏睡状態からは脱したみたいで、グレタもユーリも喜んでいる。けど、やっぱりわたしの中にはもやもやが渦巻いていて、なんだかとても、気持ち悪かった。




















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