小さなグレタ
なんとユーリは慰安旅行に行くらしい!慰安というか、治療旅行か。もちろん駄々こねて連れて行ってもらうことにしたよ。だってユーリだけずるい!自分の身はとりあえず自分で守れるしね。
船の旅・・・なんだけど、向かう場所は人間の土地ってことで、ユーリはニット帽にサングラスっていう変装・・・黒髪出てるけど。わたしはロングヘアだし隠すの面倒だから染めてもらった。前にユーリがしていた赤茶色。目はとりあえずサングラスで隠す。そういえば人間の土地って初めて行くなぁ。シルドクラウトっていうとこの温泉街なんだって。そこは中立で、魔族でも気軽に過ごせるのだとか。さすがに双黒は騒ぎになっちゃいけないからっていう変装なんだけどね。面子としては、ユーリとわたし、コンラートにヴォルフラム・・・なんだけど、ヴォルフラムって船に弱いんだね・・・真っ青だよ。ユーリに悪い虫がつかないようにってついてきたらしいけど、うーん、この状態になる覚悟で来てるってことは、ヴォルフラム、相当ユーリのことが好きなんだなぁ。
「そういえば陛下、その荷物は?」
「へ?」
コンラートは示したのは大きなトランク。そういえば、こんなに何を持ってきたんだろう。
「あぁ、これ?これはぁ・・・じゃーん!」
「!?この娘は・・・!」
ユーリがトランクを開けると、中にはあの暗殺少女がいた。ティーセットとかあるけど、よく落とさずに持ってきたね・・・ん?
「見張りになんて言って連れ出したんです?」
意外にもコンラートは咎めも怒りもせず、ただ苦笑して聞いただけだった。
「親子水入らずで話したいって」
「それじゃ認めたも同然だ」
あー・・・こうして見るとコンラートのこう困った顔って、好きだなぁ。て、そんなこと思ってる場合じゃないんだって。ユーリがこの子のことをちゃんと知りたいって気持ちもわからないではないんだけど!
「ユーリ、ユーリ」
「なんだよ。お前までヴォルフラムみたいに間抜けだって・・・」
「違うよ全く!この子、熱ある」
「え!?」
「まずいですね・・・ここは潮風があたります。船室へ急ぎましょう」
コンラートが少女を抱え上げる。走るコンラートに続いてわたしたちも急ぎ足を動かした。
ベッドに寝かせると少しは落ち着いたらしくて、やがて少女は目を覚ました。ユーリが「どこからきたの?どこのおうちにかえせばいいの?」ってきくけど、少女は頑なに口を開かない。と、思ったら、小さく呟く声があった。
「帰れない・・・」
「帰れない・・・?」
お金の問題か、遠すぎるのか、それとも。いろいろな可能性があるけど、少女は詳しくは語らない。不意にユーリが名前を聞いていないことに気づいてこれもきく、けど、やっぱり素直には言わなくて。そうしたらユーリが、少女の左肩にある刺青に気づいた。これ、文字?
「イ、ズ、ラ。これが、きみの名前?」
読み書きのできるようになってきたユーリが少女に言うと、少女は勢いよく身体を起こした。
「違う!イズラはお母さんの名前!!」
うわぁっ、と勢いに負けたユーリが椅子ごと転ぶ。それじゃあこの子は、お母さんの名前を肩に彫ってるってこと?そんな習慣があるとこから来たってことだよね。
「あーびっくりした。じゃあ、きみの名前は?」
「・・・・・グレタ」
少女が小さく呟いた。
「そう、グレタっていうんだ。俺はユーリ。こっちは妹の・・・っとぉ!?」
「ユーリ!」
紹介しながらユーリが立とうとしてぐらつく。支えようとした手は届かずに、ユーリの身体がグレタのベッドへと倒れこむ。と、グレタが悲鳴を上げた。
「あっ、ごめん!そういうつもりじゃ」
「触るな触るな触るな!だれも信じちゃだめ、だれも信じちゃだめ・・・!!」
ユーリは自分をこわがられていると思ってる。けど、この子は「だれも信じちゃだめ」って言った。だれも、は本当にだれも、なんだとおもう。この子にそうさせる、そう思わせるものはなんだろう。なんでこんなに辛い思いをしているんだろう。
でもきっと大丈夫。ユーリはそんなグレタの凍った心も溶かしてくれる。手を差し伸べてくれる。ユーリの手をグレタがつかんだとき、あたたかな光が宿った気がした。
しばらくすると温泉街に到着した。グレタの調子はほどよくなったらしくて、今はもう普通に歩いている。どちらかというと船酔いが残っているヴォルフラムのほうが心配。グレタはまだユーリの態度に戸惑っているみたい。うんうん、いいんじゃないかな。とそこへ、二人の女の子が・・・なんだか色っぽい女の子が客引きしに来た。・・・コンラート目当てで。
「・・・・・」
「・・・目が据わっているぞ」
「気のせいじゃない〜?」
ヴォルフラムに指摘されてもなおりません。だってこれ別に自分の意思じゃないし?勝手になってるだけだし?なんて思ってたらコンラートが具合の悪そうな子に説教し始めて・・・とそこへ、怒鳴り声が響いた。どうやら賭け事で負けた男が経営者かそういう人に怒鳴りつけてたらしいけど、護衛の人にあっけなく倒されちゃった。・・・なんか、違和、感・・・?知ってるような気が、する・・・?
「?」
「・・・なんでもない」
ツキリ、そんな感覚が頭をはしったけど、気にしないことにした。
温泉は混浴らしい・・・まぁ水着着用だから温水プールって感覚で大丈夫みたいだけど。とりあえず着替えるところは別だから、グレタを連れて女性用脱衣所へ。
「グレタ、これ着るんだってー。スク水かぁ・・・」
「・・・なんで」
「うん?」
グレタにスク水を渡しながら、つぶやかれた言葉に首を傾げる。
「なんで、優しくするの?グレタ、殺そうとしたのに」
「あー・・・」
それがユーリだからねぇって言っても、あったばかりのグレタにはわからないだろうなぁ。なんて答えようか・・・。
「それがユーリの不思議なところというか、甘いところというか、良いところでね。疑うってことを知らないっていうか、みんな仲良くできるぞ!大丈夫!って思いがちなところがあってね。だから、グレタとも仲良くなりたいんだろうと思う。なんであんなことをしたのかも、きっとちゃんと話をきいて、わかってやりたいんだと思う」
「・・・・・」
「グレタは、ユーリをどう思う?」
「・・・おひさま」
その答えに思わず笑みが浮かぶ。よかった、と呟くと、グレタが顔を上げた。
「わたしもね、ユーリのこと太陽だって思ってるから。ユーリはみんなを明るく照らしてくれる、あたたかくしてくれる太陽なんだよ」
「太陽・・・」
「グレタもユーリと話してたら、あたたかくなるでしょ?」
「・・・」
ちょっとの間があって、それでこくんと頷いてくれた安心した。そして「へくしゅんっ」と声が上がって、いけないと我に返る。
「このままじゃ風邪ぶりかえしちゃうね。はやく温泉はいろっか!」
ささっとグレタを着替えさせてわたしもスク水に着替えて、温泉場へと向かった。
「・・・スク水」
「どこ見てんのよ変態」
「誤解だ!!」
開口一発「スク水」じゃ変態扱いもしたくなるよ!ていうか!
「見過ぎじゃない・・・!?」
「おっと、俺としたことが、失礼」
ちょっとちょっと!好青年まで変態に寄っちゃだめだよ!?
「があまりにも魅力的だから」
・・・・・だから、そういうことを、その、笑顔で言うの、やめてください・・・!!!
「コンラッド、がのぼせちゃうからほどほどにしといてやってくれよ」
このときばかりはユーリにちょっと感謝した。
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