東京都選抜選考合宿開始
その日、は椎名家に呼び出された。いつもなら椎名からの呼び出しなのだが、今回は西園寺からの呼び出しだった。珍しいなと思いながら、お邪魔をする。
「来たわね、」
「うん、どうしたの?玲ちゃん」
とりあえず座って、とソファをすすめられて西園寺の正面に座る。その隣に当然のように椎名が座った。きかれても大丈夫な内容らしく、西園寺は椎名がいることに何も言わない
。
「さて、翼にはもう話してあるけど、今度、東京都選抜の選考合宿が行われるの」
「へぇ・・・あ、もしかしてつっちゃん選ばれたの?おめでとう!」
「ありがと。まだメンバーじゃないけどね」
「それで、、あなたに頼みたい事があるのよ」
椎名がもしかして、と呟いたのが聞こえた。も、あたしに?と首を傾げる。
「その選考合宿で、マネージメントをしてほしいの」
「・・・えっ!?」
「できるでしょ?」
いや、そりゃ多少はできるけど。突然の事には驚きを隠せず目を瞬かせている。
「もちろん、そんなに無茶はさせないわ。部屋も私と同室にするし」
「うーん・・・嫌なわけじゃないけど・・・玲ちゃんと同じ部屋なら、ひとつだけ条件つけていい?」
「何かしら?」
「キーボード持ち込んでいい?」
きょとん、と西園寺が目をぱちくりさせる。椎名も目を丸くしてを見た。そして西園寺が、小さく笑い声をたてる。
「ふふ、そうね、音に気を付けてくれれば構わないわよ」
「よかったー」
三日も鍵盤に触れられないのは寂しい。一日一度は鍵盤に触れたいのだ。ピアノでも、キーボードでも。それが満たされるのであれば、とは気持ちよくOKを出した。
「詳しい話はまた知らせるわね。桜上水からも三人、参加者がいるのよ」
「えっ、だれだれ?」
「水野くん、風祭くん、それに不破くんよ」
「不破も!?」
サッカーを始めたばかりの不破が選ばれるとは。は自分の事のように喜びを感じていた。その様子を見て、椎名が「ふーん」とにジト目を向ける。
「・・・なにー?」
「いいや?お前が俺たち以外のサッカーを気にするようになったわけがわかったと思ってさ」
「え」
まぁ、確かに不破で間違ってはいないのだが。なんだか椎名の言い方は含みがあるような気がしてならない。本気でわからず首を傾げると、椎名はわざとらしい溜息をつく。
「お前・・・ニブすぎ」
「つっちゃんまで言うし・・・」
そんな事言われても、とが頬を膨らませる。はいはい悪かったと椎名に頭を撫でられ、癪なのだが嫌いじゃないから振り払えない。そんな様子を西園寺は微笑ましく見ていた
。
合宿召集当日。は父に会場まで車で送ってもらっていた。よいしょとキーボードを背負い、歩き出す。こう見えては腕力がある。キーボードを運んだり、椎名達に付き合
ってボトルバッグを運んだりしているうちについたものだ。歩く廊下に人はほとんどいない。早めに来て正解だったようだ。さすがにこんな大きなものを背負っていたら驚かせて
しまうから。先に来ていた西園寺に部屋の場所をきき、ノックをして入る。
「おはよう、」
「おはよう、玲ちゃん・・・じゃないか、えーと・・・西園寺コーチ?」
「そうね」
いとこのはとことはいえ、やはりけじめをつけねばならない。満足そうに西園寺が頷いたのを確認すると、はキーボードをテーブルの上に置いた。
「すぐで悪いんだけど、事前顔合わせがあるから、ミーティングルームへ向かいましょう」
「あ、うん」
西園寺に続いて部屋を出る。は今から、どんな人たちが集まるのだろうかとわくわくしていた。
選抜の監督である尾花沢、GKコーチのルイス、ほかのトレーナーたちに挨拶をすると、選手たちも集まる時間となった。続々とミーティングルームに同じ年頃の選手たちが入っ
てくる。ちらと見られるたびにどきどきしてしまって落ち着かない。思わずちらと西園寺を見れば、大丈夫よと笑ってくれた。それだけで安心できて、はルーム内を見渡した
。実の所、は同じ年代の選手にそれほど詳しくはない。選手名簿のコピーはもらっているから、照らし合わせながらはやく覚えていかなければ。AとBにわけられていく選手
たち。Aは尾花沢が選んだエリート、Bは西園寺が選んだ“クセモノ”らしい。最後に入って来たのは見知った顔たちで、水野以外はBに振り分けられた。ふと不破と目が合い、
軽く目を瞠られる。タイミングを逃して話そびれていたのを思い出した。にへら、と笑うと、不破はいつもの無表情のまま席に着いていった。
「この選抜の監督をつとめる尾花沢だ」
監督から挨拶が入り、西園寺、ルイスを紹介する。
「そしてマネージメントに入ってもらう、くん」
紹介され、軽く会釈する。45人分の視線を浴びるなんて初めてだから、妙に緊張してしまう。その後合宿内容を説明した後、さっそく練習となった。
一日目の最初は、ウォーミングアップのあとに、技能テスト。はボードを持って記録係に徹することになる。
「よっ、」
「つっちゃん」
「・・・ここでそれはやめろよな」
さすがに、はずい。そう言われてしまって、あぁごめん気を付けるとは返した。
「いい点叩き出してね」
「おう、期待してろよ」
パンッとハイタッチすると、ぷっと噴き出す声がきこえた。なんか文句でも?と睨みつけようとしたらそれが黒川で拍子抜けする。
「なに、柾輝?」
「いいや?可愛い子二人がハイタッチかって思っただけだぜ?」
「柾輝絞めるぞ」
睨んだのは椎名のほうだった。黒川は悪びれた様子も無く退散して行った。まったく、と吐き出して、椎名もテストへ戻って行く。さて、自分も仕事をしなければと、は「こ
っちもどうぞー!」と声を張り上げた。
5種目ある技能テストの4種目が終わった。5種目目はコンビネーションや判断力のテスト。攻撃3の守備2、GK2でミニゲームを行う。GKは渋沢と不破で、は少々そわ
そわしていた。
(どうなるのかなぁ。楽しみだ)
ゴールは通常の大きさだから、GKには有利である。いや、GK同士もうまく合わせなければかち合うだけだ。だがGK側はそんな心配もないようで、うまいこと噛みあっていた
。
「不破はどんどんうまくなるなぁ」
「チャン、彼、知ッテルノカイ?」
「えっ、あ、はい。同じ中学の子で、クラスメイトなんで」
独り言をきかれた上に突然話しかけられたものだから、少々うわずっていまった。ルイスはふふと笑い、フィールドに目を戻す。
「彼、面白イネ。独特ナ感ジガアッテ」
「彼、春大のあとからサッカーはじめたんですよ」
「ソレハ・・・ソレデココマデヤレルノ、スゴイナ」
ルイスが驚いて目を丸くする。ですよねぇ、とは楽しそうに笑った。ルイスはそんなの様子を見て軽く目を瞬かせ、違う意味で楽しそうに笑ったのだった。
技能テストが終わると、昼食となった。テスト結果を西園寺に渡すとも食堂へ行くよう言われ、そこに入る。ほぼ選抜のメンバーで埋まっているそこは、なんとも賑やかだっ
た。無意識に知った顔を探せば、なにやらサッカー談義をしている様子。邪魔しては悪いかと、は昼食を受け取って隅の席で食事をとった。
「・・・・・」
そして無意識に観察してしまう。あの彼は技能テストあぁだったな、こっちの彼はなかなかだったな、とか。じっと見ているとたまに見返されるので、そのたびにへら、と笑って
何事も無かったかのようにふるまった。
「えーとえーと・・・さん!」
「うん?」
食事が終わって食器を片づけ、食堂を出た所で声を掛けられた。そこにいたのは、何度か見ている、界隈では有名な、藤代誠二だった。
「藤代くん、どうしたの?」
「飛葉と桜上水の時、真ん中あたりに座ってたよね?」
「うん、そうだけど・・・」
「俺と目ぇあったの覚えてる?」
きょとん、としたあと、うん覚えてるよと返すと、藤代はなんだか嬉しそうに笑った。
「よかったー!忘れられてたら今の俺恥ずかしいとこだった」
「あはは・・・」
「ねぇ、よかったら友達になんない?」
「いいけど・・・」
「やった!!」
「!」
突然ぎゅっと手を握られて、男慣れしているもさすがにぎょっとした。
「よろしくねー、ちゃん」
「よ、よろしく・・・」
「おい藤代」
そこへ、少々怒気のこもった声が混ざった。藤代の身体で見えなくてひょいと頭をずらすと、そこにはにらみを利かせている従兄がいた。
「翼」
「ん?椎名と知り合い?」
「あたし、桜上水生だけど、翼のいとこだから」
「あぁそっか、それで真ん中にいたんだ?」
「・・・お前いいからその手を離せよ」
ん?と思わず二人で顔を合わせる。そしては自分の手元を見て、握られたままだったのを思い出した。
「なんで椎名が怒んの?え、もしかして二人は付き合ってるとか?」
「違うけど、に気安く触ってる奴がいんのはむかつく」
「ふーん?」
わかったのかわかっていないのかな顔で藤代は素直にの手を離した。
「、玲が呼んでたぞ」
「えっ、それを先に言ってよ!」
じゃあ二人ともまたあとで!と言って、はすぐさま西園寺のもとへ向かって行った。
「・・・好き、なの?」
「だからそういうんじゃないって・・・」
「ほんとに?」
「しつこいな。俺は別に好きな人いるし」
「えっ、まじ?それはそれで興味ある!」
「うるせぇよ!早く行くぞ!」
ずかずかと椎名が歩いていく後ろで藤代が「ねーねー誰なんだよ教えてよー可愛い子ー?」なんて言っている、妙な姿が目撃されたとか。
―――――
翼はアクマで“家族”
翼の好きな人は公式です。・・・むくわれないんだろうけど←
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