飛葉中
『おまえのとこもテスト期間だろ?勉強見てやるから、明日終ったらすぐ来い』
それは昨日いとこからかかってきた電話。成績優秀ないとこに勉強を見てもらえるのはありがたいのだが、なぜ命令口調なのだろうか。
それを言ってしまうとマシンガンの撃ち合いになることは目に見えているので言い返さなかったが、思い出しながらは小さく息をついた。
「・・・は?」
いとこの学校前で待ち伏せし、いとことその友達四人と合流して聞いた言葉に、そんな声が出た。
「だから、今日はフットサルに変更」
「はぁぁぁ!?」
呼び出しを食らってわざわざここまで来てこの仕打ちは如何なものか。
「きこえなかったわけ?今日は勉強じゃなくてフットサルをするって言ったんだよ。
お前そこそこ頭いいんだから一度聞いた事はちゃんと記憶しろよ。頭使わねぇとすぐ腐るぞ」
「繰り返すくらいありえないことだって何でわかんないかな?勉強教えてやるって言った本人からそんなのきかされたら信じられないってなると思うよ普通。
大体テスト期間中に、テスト危ういやつばっかなのにフットサルしに行くとか何考えてんの?ばかなの?」
久しぶりに見るいとこたちのマシンガンの撃ち合いに、五助、六助、直樹、黒川は顔を引きつらせた。
の言葉には自分達への悪評価も含まれているのだが、気付いていない。しばし睨み合ったと、が盛大なため息をついた。
「・・・まぁいいよ。行くなら早く行こ」
こんな所まで来てとんぼ返り何でごめんだ。はやれやれと思いながら、飛葉中の友人たちに付き合うのだった。
フットサルは1チーム5人で行うので一人余る。そこは交代しながらやっていた。
「ちょっとみんなでやってて」
「ん?あぁ、わかった」
「大かー?ー」
「直くんあとでぶん殴る」
察して頷くだけにした椎名に反してにやにやしながら下品な事を言う直樹を睨みつけて、はトイレへと入って行った。
数分後、トイレから出ると、何やら騒がしかった。聞き覚えのある声が誰かにマシンガントークを食わらせているらしい。
「何々どしたの」
「おー、お帰り」
「ただいま」
声を掛けてくれた五助に返し、は椎名と、対面している彼らに向き直った。
「なんで有希たちがいるの?」
「それはこっちの台詞よ!なんでが飛葉中の連中と!?」
驚きの声を上げる有希に、は目をぱちくりさせる。そして、スッと椎名の方に手を向けた。
「これ、いとこの椎名翼」
「これ!?」
「勉強教えてもらえるはずだったのにフットサルに駆り出されました」
これ扱いされてムカッとした椎名をスルーし、は続けた。まだ根に持っていたのか・・・とも聞こえた気がするが、これもスルーだ。
「で、何がどうなったの?」
「飛葉中の人たちとゲームすることになったんだ!ね、天城!」
風祭が、隣にいた長身の、外国系の少年に笑いかける。彼は不本意そうにだが頷いた。
「あぁなるほど。もしかして、偵察に来たの?」
「まぁな。案の定、テスト期間で部活停止だったが」
答えたのは水野だった。水野と会話をするのは初めてかもしれない。今までかかわりになろうと思った事は無かったから。
もう一人、こちらは成人男性。確かコーチの人だ。名前は知らないが。それに有希で、5人。
「こっちも5人いるから、あたしは審判するね」
「頼むよ」
10分後に開始という事で、一度別れた。
「そういえば、桜上水側の、あのちょっと外国人っぽい人、誰?ウチの生徒じゃないと思うんだけど。見た事ないし」
コートを借りて準備しながらが言う。さすがにあの風貌は目立つから、見た事があれば覚えているはずだ。
「あぁ、この間ウチが勝った、国部二中のエースだよ。なんか色々あるらしいぜ。関係ないけど」
「ふーん」
「何、気になるわけ?」
椎名にきかれて、首を振る。
「初めて見るからちょっと気になっただけ。あ、来たよ」
桜上水+天城のメンバーがコートに入って来て、ゲーム開始となった。
どうやら桜上水側で経験者は、有希だけのようだ。フットサルのルールをよくわかっていないメンツが大半である。狭いコートに違うルールで、桜上水側はどんどん失点していく。独特なスピードとテンポについて行けず苦戦していたが、突然風祭がパンッと手を叩いた。
(何か策でも思いついたかな?)
声はきこえないが、風祭がチームメイトに何かを伝えている。そして、桜上水側の反撃が始まった。
フットサルのコツを掴んだらしく、ワンタッチでボールを繋いでいく。ゴール前、風祭から天城へのパス。マークをかわし、きれいなボレーがゴールネットを揺らした。桜上水側、初得点。嬉しそうにわいわい騒いでいる。
「なに1点とったくらいで浮かれてんだよ。喜ぶのは俺らに勝ってからにしな!」
「勝負はこれからよ!」
椎名が挑発し、有希が乗る。ゲームはこれから燃え上がる、と思いきや。
「こらぁ!試験期間中は部活禁止だぞ!」
部外者の大声に、空気が一変する。
「やべ、キューピー下山だ!」
「ズラかるぞ」
「へー、あれが噂のキューピー・・・って、つっちゃん勉強は!?」
「後でウチ来い!」
ぴょいっと飛葉メンバーは低いフェンスを飛び越え、あっという間に逃げて行った。残された桜上水+天城はぽかんとしている。そのあとキューピー下山がべらべらとしゃべり、椎名の一撃が顔面へ。仲間を馬鹿にされているのだから気持ちはわかるが、相手は教師だ。大丈夫なのだろうか。
「つっちゃんてば・・・」
「・・・思ったんだけど、そのつっちゃんって・・・」
「ん?翼のこと」
へぇー・・・といだけ、有希はもらした。何か問題でも?とが首を傾けるが、有希はなんでもないと返す。
「飛葉はDFが強いって事だな」
天城からの情報も交え、水野が結論を出す。
「あいつらのディフェンスはなかなか崩れないよ。“技”もあるしね」
「技?」
フェアじゃないから内緒、とは笑った。
「見たら驚くよ〜。有希は別の意味でも驚くだろうけど」
「?」
意味ありげな言い方に、有希は再び首を傾げる。
「とにかく、楽しみにしてるね。立場上どっちかを応援ってのは出来ないけど」
「勝つよ!」
宣言したのは風祭だった。強い光を目に宿し、をしっかり見ている。そういえば、不破は彼の影響でサッカー部に入ったのだと聞いた。不思議な子なのだと。不破が興味を抱くのもわかる気がする。この子は周りの引き込むタイプだ。
「楽しみにしてるよ」
はもう一度言い、笑った。
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