信頼





















翌日の授業中、不破は何やら考え事をしている様だった。昨日のがきいたかな、嬉しい事だ、と思いつつ、は授業に集中した。
さらに翌日。少し、ほんの少し不破の様子が違っていて、は不破に聞いてみた。


「武蔵森に行って来たぁ!?」


こくんと頷く不破に思わずため息が出る。確かに武蔵森のGK渋沢克朗は、現中学界一の名GKとされる人物だ。しかし、同じ都内とはいえ、直接行ってくるとは。


「風祭も、渋沢なら何か答えてくれるかもしれんと言ったしな」


どうやら助言があったようだ。風祭というのは、おそらく一昨日不破を引っ張って行った小さな彼だ。あの時に何か言ったのかもしれない。


「それで、得るものはあった?」

「GKは信頼されねばならんことはわかった。サッカーは信じあわねば出来んスポーツなのだということと」

「なら大丈夫だね」

「?」


首を傾げる不破にが笑う。


「昨日で一歩前進できたんでしょ?GKのことが少しでもわかって、仲間を信じてみようとし始めてる。手探りでも、不破はもう前進し始めてる。なら、大丈夫だよ」

「そう、か・・・」

(あ・・・)


少し、ほんの少しだけど、不破が笑った、気がした。



















そして、地区予選トーナメント第一試合目の日。気になって、見に来てしまった。会場がどこになるかは有希にきいていたから難なく来れた。
は目立たない隅っこにちょこんと座る。見届けたかった。不破が、壁を乗り越えるのを。
クラッシャーと呼ばれ、他の人から恐れられていた孤独な天才が仲間と信頼を築くのを。









が到着した時には前半はだいぶ進んでいた。コンビネーションの合わないDFラインをかばってか、FWが走り回っている。
特に風祭はピッチをあげすぎだ。あれでは体力がもたない。相手の岩工はどうやら守って守ってチャンスを見極めるタイプのようらしい。
そして前半終了5分前、そのチャンスが来た。一気に上がって来た岩工にDFがボールを追いかける。
が、DF(4番)とGKの息が合わず、自殺点(オウンゴール)で前半が終了してしまった。


「不破・・・」


大丈夫だろうか。余計こじれなければいいのだが。ぎゅっと拳を握りしめた時、不破が動いた。
自殺点オウンゴールとなったとなった4番の腕を掴み、ズルズルと引きずっていく。
二人がチームの輪から離れるまで呆気にとられていたが、はふっと笑みをこぼした。大丈夫、不破は変わろうとしている。














後半が始まった。そして、不破が動いた。チャンスを作る為に、ゴールから一気に前へボールを送る。
点にはならなかったが、4番の心を動かすには充分だった。攻めて、攻めて、攻めまくる。
終了五分前になったとき、今度は岩工が攻めてきた。先ほどと同じシチュエーション。だが不破は、今度は動かなかった。じっと、ゴールで待っている。
DFを信じている証拠だ。は気持ちが高ぶって思わず立ち上がった。


「不破・・・!!」


守って、守って、守って。DFがシュートコースをよせたおかげで、不破は難なくボールをキャッチした。


これが・・・DFラインおれたちの答えだ!!」


ボールが前へ送られる。全員が守りに入っていた中、風祭だけが前にいた。GKと一対一。ボールは、ゴールラインへ入った。









ロスタイムは二分。桜上水が駆ける。岩工が駆ける。桜上水が二点目を入れたが、両者は走る事をやめない。そして、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。




















校門で待ち伏せ・・・しようとしたらなぜか人が沢山居たので、少し離れた所で待つ。
しばらくすると桜上水のメンツが出てきた。他の人たちはみんな桜上水待ちだったらしい。わいわい騒がしい中ぽつんとしている彼に歩み寄る。


「不破」


呼ぶと彼は素直に振り向いた。


?来ていたのか」

「うん、なんか気になって。おめでとう」

「・・・まだトーナメントひとつ勝っただけだ」

「それでも勝ちは勝ちだよ」

「・・・そうか」


素直に“ありがとう”はまだ出来ないようだ。


「それで、どうした?」

「うん、話がしたくて」

「話?俺とか?」

「うん」


不破はしばし無言になる。少し待ってろ、とだけ言い残し、不破はチームの輪に戻った。














先に帰る、と言いに来た不破と、一緒にいたの少女の背を、桜上水のメンツは半ば唖然と見送った。


「不破と・・・女子!?」

「あいつ、C組のだよな?この間も話してたけど、なんでだ・・・?」


森長と高井が口々に言う。


、サッカー好きなんですって。不破と一緒なのは知らないけど」

「小島、お前いつの間に・・・」

「え?初めて話したのはこの間よ?」


にこーと笑う有希に、水野は何故か悪寒を感じたという。














帰路を並んで歩く。しばらく沈黙が流れた後に先に口を開いたのはだった。


「今日楽しかった?」


の問いに、不破は一度を見て、また前を向いた。


「楽しかった・・・かはわからないが、渋沢が言っていた、サッカーは仲間と信頼し合うものだということは、少しわかった気がする」

「そっか」


素気ない返事だが、は笑っていた。DFとも上手くいったようだし、一安心だ。


「次も勝ちを掴んでね」

「無論だ」


にやりと笑う不破には苦笑し、別れ道で二人は別れた。
















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