サッカーが好き
夏の選手権大会のリーグ予選を、桜上水中サッカーブは好成績で突破した。
その情報を聞いたは、グラウンドへと足を運んだ。時々サッカー部の練習を眺めてはいる。
だがいつもは校舎内からで、今日は初めてグラウンドのサイドまで来て腰を下ろした。
簡単なゲーム練習。人数が少ないからFW対DFという形になる。どうも、DFとGKの息が合っていないように見える。
不破の指示にDFがついていけていなかったり、それを引き金にDFの一人と喧嘩し始めたり。
「あーあ、なにやってんだか・・・」
前から気になってはいたが、不破はサッカーを楽しんでいるようには見えない。
しばらく言い合いが続いた後、小さな少年、それこそより背の低い少年が不破をどこかへ引っ張って行った。
「かわるかなぁ、不破」
自分が好きなものを、不破にも好きになってもらいたい。はこの思いの名をまだ知らなかった。
「不破」
その日の練習が終わって、は不破に声を掛けた。不破は振り向いて、少し目を丸くした。
「?こんな時間までどうした?」
「サッカー部の練習を見てた」
「・・・・・」
なんだなんだ?とサッカーブのメンツが二人を遠巻きに見るが、当人らはさして気にしていない。
「ねぇ不破。不破は、サッカーたのしくないの?」
「・・・楽しいとは、思えない」
不破の答えに周りがシンとなる。も地面に視線を落とした。
「・・・そかー、まだ見つけられないか」
「・・・“まだ”?」
不破の反復にが顔を上げる。
「絶対、いつか見つかるよ。不破の“サッカーが楽しい”という気持ち。だって、サッカーは楽しいんだもん」
にっこりと笑うを不破がじっと見る。
「・・・お前は変な奴だな」
「ひどーい」
「思った事を言っただけだ。以前も思った。それも“目指すものの違い”なのか?」
以前とは、ファーストコンタクトのことだろう。
「んー、ちょっと違うかな。合奏だと似てるけど。サッカーは人の数だけ、ボールに触れる数だけいろんな楽しさがあるんだよ。
あたしは不破にもそれを知って、感じてもらいたい。サッカーを好きになってもらいたい」
「・・・よくわからん。が、おまえがサッカーをピアノと同じくらい大切にしている事は、なんとなくわかった」
今はそれでいいよとは笑った。
不破と、遠巻きに見ていたサッカー部を見送り、も学校を出ようとした。
「さん!」
だが不意に呼び止められて振り向く。そこにはサッカー部のマネージャーであり、女子サッカー部部長の小島有希がいた。
「C組のさんよね?私、B組の小島有希」
「知ってる。女子サッカー部を立ち上げたんだよね」
言うと、有希の表情がぱぁっと明るくなる。目を輝かせて、有希はの両手をガシッと掴んだ。
「そうなの!で、本題なんだけど、さんも女子サッカー部に入らない!?」
「あー・・・」
さっきの話で、自分がサッカー好きだという事が知れた。
「さん、時々サッカー部の練習見てるみたいだから、サッカー好きなのかなって」
そして追い打ち、。目ざといマネージャー兼女子部部長にはバレバレだったようだ。
は放課後ピアノを引きに残っていたりはするが、部活に入っているわけではない。時間的には充分余裕があるのだが。
「サッカーは好きだよ。でもごめん、部活としてやる気はないの」
「・・・そっか」
スッと有希が両手を降ろす。重力に従っての両手も落ちた。諦めたかなと思って有希の顔を見ると、有希が顔を上げた。
「でもあれだけサッカーを好きそうに語るんだから、見てたらきっとやりたくなるわよね」
有希の目には強い光が宿っている。全然、諦めていなかった。
「私、待ってるから」
「・・・うん」
これは手ごわそうだとは苦笑した。
「それはそれとして、よかったら友達にならない?」
「え?」
突然の申し出目をぱちくりさせる。
「サッカーが好きな女子ってなかなかいないもの」
確かに、とは思った。自分のサッカー好きも従兄の影響だし、他に割と身近で思い当たるのはその従兄のはとこくらいだ。
「うん、よろしく」
「有希でいいわ。って呼んでもいい?」
「いいよ。よろしく、有希」
二人は笑い合い、サッカー談義をしながら帰路へついた。
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