音に惹かれる





















第37回東京都中学校総合体育大会サッカー大会。この夏の都大会を制したのは武蔵森だった。準優勝は武蔵森の因縁、明星中。地区大会で二位枠で本戦に上がった飛葉は準決勝で武蔵森に敗れ、結果四位。これで椎名達三年生は中学校サッカーは引退となる。桜上水は三回戦で準優勝校明星中と戦い、激戦の末、最後のPKで敗れた。主力である佐藤、高井を欠いた上でのこの結果、やれるところまでやった証だ。桜上水には三年生がいない。来年もこのメンバーで挑めるのだから、もっと強くなるはずだ。



















夏の都大会から数日後、は武蔵森学園中等部を訪れていた。コンクールについての資料受け渡しで音楽教師からお使いを頼まれたのだった。校内に入り、きょろとあたりを見渡す。どこから入ったらいいものか。うーんと軽く俯いて顔を上げると、一人の少年の姿が視界に入った。ブレザー姿の彼は間違いなくこの学校の生徒で、は咄嗟に小走りに駆け寄った。


「あの!」

「え?」


振り向いた彼はセーラー服姿のを見て目を瞬かせた。


「あの、音楽室に用があるんですけど、勝手に入っていいものかと・・・」

「音楽室に、ですか?」

「はい、コンクールの資料をいただきに」

「コンクール・・・ピアノ?」


こくりと頷けば、彼は「なるほど」と呟いた。


「まずは事務室で入校許可を取ったほうがいいと思います。連絡はきてるだろうから、とりあえず事務室まで案内しますよ」

「ありがとうございます!あたし、桜上水中二年のといいます」

「なんだ、タメなんだ。俺も二年だよ。笠井竹巳です」

「あ、そうなんだ?」


へへ、とが笑う。笠井も小さく笑みを浮かべて歩き出した。も隣に並んで歩みを進める。


さん、もしかして、この間キーボード背負ってた?」

「え!?な、なんで知ってるの!?」



キーボードを背負っていたのは先日の選抜合宿の帰りだ。しかし笠井はあの合宿にいたわけではないし、サッカー部かどうかすらわからない。その疑問を笠井はあっさりと解き明かした。


「誠二が言ってた。面白い女の子と友達になったって」

「誠二、って・・・もしかして藤代くん?」

「そう、藤代誠二」

「あ、もしかしてタク=H」

「そう。なんだ、さんも誠二から俺の話きいてたんだ」

「あたしと同じようにピアノが好きなチームメイトがいるって」


ぱちぱちと目を瞬かせてきくと、笠井は「うん、俺ピアノ弾くの好きだよ」と答えた。それからサッカー部の話やピアノの話をしつつ事務室へ行って入校許可の手続きをし、そのまま笠井が音楽室まで案内することになった。


「合宿中、誠二が迷惑かけなかった?あいつ人懐っこすぎるところがあるから」

「ううん、藤代くん楽しい人だなって思ったよ」

「楽しいか、確かに」


言って笠井がくすりと笑った。


「そういえばここまで案内してもらってて今更だけど、タクくん今日練習は?」

「今日は自主練メインだから。さんを案内し終わったら合流するよ」

「わ、なんかごめんね」

「いいよ、俺もさんと知り合えて嬉しいし」


笠井が笑みを浮かべると、はよかったと安堵した。そして音楽室に到着し、武蔵森の音楽教員と対面する。目的の資料を受け取ってさて帰ろうかとなったとき、教員にストップをかけられた。


「よかったら、一曲弾いていかないかい?」

「えっ?」

「俺もきいていっていいですか?」

「えぇっ?」


笠井まで便乗し、二人はもう鑑賞待機に入っている。はまさかの事態に急に緊張し始めたが、やがて腹をくくってピアノの前に着席した。静かな入りから、流れるような旋律。ところどころ奔るようだが粗くはなく、独特な音。笠井は目を瞠って聞き入っていた。一曲弾くには長くなるので、キリのいい節で止める。パチパチとふたり分の拍手が音楽室に流れた。


「いやぁ、さすが期待されているだけあるね」

「い、いえ、そんな。ウチの学校では他にピアノ弾く生徒がほとんどいないだけですよ」

「いやいや、先はあると思うよ。進路はもう決めているのかい?」


問われ、が詰まる。小さく「いえ」と返して苦笑した。


「まだなんとも・・・。音楽科のあるところにいけたらいいなとは思っているんですけど、なかなか決め切らなくて・・・」

「そうか・・・君ならきっと上を目指せるから、僕も楽しみにしているよ」

「ありがとうございます」


じゃあ笠井、あとは頼んだぞ。そう言うと彼は音楽準備室に引っ込んでいった。他にもと同じように資料を取りに来る生徒がいるから準備しているのだという。音楽室に残された二人は、じゃあいこうかとその場をあとにした。




















「つきあってくれてありがとね、タクくん」


校門まで送ってもらい、がぺこりとお辞儀する。


「気にしなくていいよ。さっきも言ったけど、俺もさんに会えて嬉しかったし、それにピアノもきけて、よかった」

「お耳汚しになっちゃわないか心配だったけど」

「そんなことない、俺は、好きだよ」


小さくどき、と心臓が跳ねる。音を褒められたのだが、なぜかすごく照れくさくて「えへへ」と笑った。


「あたしもタクくんに会えてよかったよ。今度はタクくんのピアノきかせてね」

「俺でよければ」

「ぜひ!それじゃ、練習頑張って」

「うん、気をつけて帰ってね」

「ありがと!」


ばいばいと手を振り、笠井に背を向ける。他校に新しい友達ができて上機嫌では帰宅したのだった。














「誠二」

「うん?」

さんって可愛いね」

「へ?タク、いつの間にちゃんに会ってたの?」

「さっき」

「さっき!?え、なんで!?ずるい!」


その後ずるいずるいを繰り返す藤代をスルーしつつ、笠井もまた上機嫌で練習に励んだのであった。





















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