名前の知れぬおもい






















後半開始早々Bがフリーキックを獲得し、杉原が見事ゴールへ決めてみせた。これでやっと一点。さらにBの攻撃は増していく。とくに、風祭の成長は見て明らかだった。なにかしている様子はないのに、次々とマークを抜いていく。それは風祭自身と、杉原のアシストによるものだった。だがしばらくするとバランスを崩した間宮とぶつかってしまった。なんとかクリアして天城にまわし追加点としたが、これでA側に風祭の仕掛けを見破られてしまったようだ。風祭のフェイントは“消える”。消えるというのは、姿勢を低くして、背の高い選手の“視界から消える”ということだ。昨夜の鬼ごっこはこれを身につけさせるものだった。付け焼刃ではあるが、それもゲームの中でくり返し使っていけば真剣になる。消えるフェイント対策で粘り強くしつこい間宮が風祭のマークにつけられたが、風祭はこれを何度も切り返してかわし、前線へ走った。すかさず杉原のパスがいき、鳴海と対峙する。消えるフェイントがくるか、と鳴海が身構えるが、風祭は左右どちらにも動かなかった。背の高い鳴海は足も長い。つまり、股の輪が広い。風祭はその空間を利用し、見事ボールをゴールへと叩き込んだ。



















これで一気に火がついたらしい。Aが攻め込んできた。畑兄弟が突っ込んでくる鳴海に応戦するが、鳴海はこれを強引に突破しようとする。高さで勝る鳴海が、ヘディングしようとした。


「不破・・・っ!」


お願い、止めて!
ぎゅっとボードを抱え込み、不破を見つめる。鳴海の額がボールを捕らえようとしたとき、その反対側に、拳が現れた。


「不破!!」


わっと気が高ぶる。競り合いは不破の勝ちだった。しかしそこにはすぐにフォローが入っており、設楽がそのままシュートを決めた。同点となってからも、両チーム一歩も引かずに攻めぎりあう。フィールド内で高さを誇る鳴海には同じく高さのある天城がついて、これで得意のヘディングもしにくくなるだろうと思われた。しかし鳴海は力ずくで攻め入っていく。そして点を追加され、再びAのリードとなった。残り時間も少ない。応援するしか、祈るしかないはもどかしい気持ちでいっぱいだった。郭のフリーキックが決まり、さらにAに追加点。だがまだ、Bは諦めてはいない。風祭が、小岩が走る。ボールを奪おうと必死に走る。まだいける、まだ時間はある。最後まで諦めない。その思いが形となり、小岩がボールに追いついた。そしてクリアしたボールは偶然にも、ゴールラインを割ったのだった。さらにもう一点、そう思い走り込もうとしたとき、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。





















「お疲れ様でしたー!!」


用意しておいたクーラーボックスをどかっと置いてボトルを配りに走る。汗でびしょびしょになってシャツを脱ぐ選手も多々いるが、慣れっこなはお構いなしだった。


「みんなお疲れ様!」

さん、ありがとう」

「風祭くん、小岩くん、最後すごかったよ!!」

「ったりめーだろ!!」


風祭、小岩、杉原にボトルを渡していると、不破が歩いてくるのが見えた。「不破ー!」と声をかけると、彼は顔を上げての姿を視認する。




「不破もお疲れ様!」

「・・・あぁ」

「?どうかした?」


不破は自分の右手を見つめていた。


「勝てなかった」


ただ一言口にし、眉間に皺を寄せる。はそれで把握し、その右手をぱんっと叩いた。


「!?」

「でも、やりきったでしょ?」

「・・・ゴールを許してしまった」

「鳴海くんとの競り合いは良かったよ。あれは設楽くんが鳴海くんを良く知ってて上手いコンビネーションだったから」

「・・・」


それでもいまいち納得できないのか、不破は機嫌をなおさない。置いていかれた三人は黙ってその様子を見守っていた。


「不破」


は不破の手をぎゅっと握り、真っ直ぐ彼を見る。


「楽しかった?」

「・・・・・た」

「なら問題なし!ほら、お腹すいてるでしょ?みんなご飯いこ!」


もう一度ぱんっと不破の手を叩いてその上にボトルを乗せ、風祭たちにも声をかけて歩いて行く。不破は自分の手とその上のボトルを見つめながら、なんとも言えぬおもいを感じていた。




















「とはいえ、GK枠って多分もう無いんだよね」

「おまえ今更?」


昼食は椎名たち飛葉のメンバーに混ざってとっている。残りのメンバーを推測しているところでGK枠の話になったのだ。しかしGKはただでさえ11人中たった一人の枠。スタメンと控え一人だけで他にはいないだろう。それを椎名にばっさりつっこまれてしまった。


「だぁってさぁ」

「おまえが不破が大好きで買ってるのはわかってるけどさ、残念ながらキャリアがまったく別物だよ、不破は」

「はっ、ちょ、何言ってんの翼!?」

「つい名前呼びになるくらい動揺してんじゃねぇか・・・」


最後にぼそりと呟いた黒川の言葉はの耳には入っていない。は顔を真っ赤にしていとこを凝視していた。だが発言者本人は涼しい顔で箸を進める。


「おまえさぁ、いい加減自分の気持ちに気づけって」

「や、あの、だから、そんなんじゃ」

「つい応援したくなるんだろ?不破を」

「そ、れは、そうだけど・・・」


こんなときこんな場所でなんて話をしてるんだこのいとこたちは、と飛葉面子は思っていたが、すぐに椎名はもう決定していることを思い出して密かにため息をついた。


「なら好きってことなんじゃねぇの?」

「“そういう”好きじゃなくて!!」

「声でかいって。ほら」


椎名に目配せされ、ギギギと擬音が出そうな様子でゆっくり振り向く。と、の視界に首をかしげている不破が写りこんだ。おそらく会話の内容まではきこえていないが、自分の名前が出たことはききとってこちらを見ているのだろう。はさらに頭に血が上っていくのを感じた。開いた口がふさがらず、だが不破からも視線をそらせない。かといって不破が何か行動を起こすわけでもなく、ただそのまま時が流れようとしていた。


「・・・ッ、ごちそうさま!!」


耐えかねたがなんとか動き、空になっていた食器を返して食堂を出て行く。椎名は「ちょっとやりすぎたかな?」とほんの少しだけ反省し、不破はやはりよくわかっておらず、ただの後ろ姿を見送っていた。





















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