不破大地
「不破のやつ、サッカー部に入ったらしいよ」
突然友人の口から発せられた言葉に、は書き込みをしていた楽譜から顔を上げた。
「・・・は?で?」
「で?って・・・まぁ、一応教えておこうかなと思って」
「なんでわざわざあたしに」
友人・沢寺真弥の意図がわからず首を傾げる。
「えー、だってあんた、不破の事気になってんでしょ?」
「は!?」
いつのまにそんなことになったのだろうか。は困惑の表情を真弥に向ける。
「いやいや、なんで?あたしがいつそんなこと言った!?」
「だって、あんた不破の事面白いやつって言ってたじゃない」
「確かに面白いやつだとは言ったけど」
「あいつを“面白い”なんて言う女子はあんたくらいよ、」
「えええ・・・」
百歩譲ってそうだとしても、それがイコール気になっているというのは違うと思う。そんな抗議をしているうちに、授業開始のチャイムが鳴った。
放課後、音楽室で少しピアノを弾いた後、下校しようと思って、グラウンド横を通る事にした。グラウンドの隅でサッカー部が練習している。
その中に、確かに不破の姿があった。いつもの無表情でゴールキーパーの練習をしている。
「ふーん・・・」
なかなか、上手い。サッカーをしていたという話は聞いた事が無い。天才ってやっぱすごいなと思いつつ、はグラウンドをあとにした。
不破と初めて話をしたのは、2年に上がってすぐの事だった。
放課後に音楽室でピアノを弾いていると、突然音楽室のドアが開いた。ガチャリという音に気を取られてしまい、ピアノを弾く手を止める。
入口に目を向けると、そこには2年になって同じクラスになった不破大地がいた。
通称「クラッシャー不破」。天才児にして問題児。天才故になんでもこなしてしまい、相手のプライドはズタズタにされる。そのため、クラッシャー。
「もう弾かないのか?」
「え?」
不意に聞かれ、変な声が上がる。
「もう弾かないのか、ときいたんだ」
「・・・今のはあんたが入って来たのに驚いて止まったんだけど?」
「そうだったか」
悪びれた様子はまるでなく、不破は立ったまま壁に寄りかかる。何しに来たんだ?と思いつつ、は再び鍵盤に指を走らせた。
「ずさんだ演奏だな」
一曲弾き終えた後に聞こえた言葉は、ソレだった。
「はぁ?」
「音にばらつきがある。テンポにズレがある。お前はピアノが上手いと聞いていたが、そうでもないな」
ぷち、っと何かがキレた気がした。
「突然現れて人の演奏邪魔して何?ケチつけに来たなら帰ってくれる?これがあたしの演奏なの。
あんたみたいにただきいてるだけの、“完璧”な演奏を求めるヤツとは違うの。あたしはあたしの“音”をピアノで表現するだけ。
あんたにはずさんできこえてもあたしの“音”はこれなの。文句あるならどっかいってちょうだい」
幼い頃から従兄との言い合いで身につけたマシンガントークを炸裂させたは、少しずつ頭から血が下がっていくのを感じながら不破を見た。
不破は何故か、ぱちくりとを見ている。
「文句をつけに来たわけではないのだが・・・あれがお前の“音”だと言うのか?」
「・・・そうよ」
「ふむ・・・」
不破が顎に手を当てて何やら考え始める。は拍子抜けして、言葉が出てこない。
「理解が出来ない」
「は?」
「なぜ完璧では無い演奏を自分の音だと言うんだ?練習して上手くなるのは完璧を目指す為ではないのか?テンポや音にずれがあるのすら個性だと言うのか?」
真顔で詰め寄ってくる不破に、は少々たじろぐ。
「た、確かに完璧を目指して練習する人も多いだろうけど、あたしはあたしの“音”を磨いて上手くなりたいの」
「ふむ・・・目指すものの違い、か・・・」
そのまま不破は、ふむ・・・ふむ・・・と呟きながら音楽室を出て行った。残されたは、しばらく唖然と、その跡を見ていた。
そんなと不破のファーストコンタクト。これがが不破を“面白いやつ”と言った所以。これから接点が増えていくことを、二人はまだ知らない。
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