9時丁度、リオンとはダリルシェイドを出発した。任務内容は、“ダリルシェド付近に異常発生したモンスターの討伐”だ。数は30〜40。種族にもよるがモンスターがこれほどの数で群れることはほとんどないため、異常とみなされたのであった。
「街へ近づけさせるな」
「了解」
リオンとは剣を抜き、モンスターの大群に向かって駆け出す。モンスターたちもまた、2人に襲いかかった。“生きているもの”を斬る感覚は二度目だが、まだ少し慣れそうにない。いや、慣れてはいけないんだとは思った。モンスターはレンズを身体に取り込んで暴走進化してしまった動物も多いと本にあった。モンスターも“生きているもの”。その命を奪うことは決して軽いことではない。抱え込めばこの先やって行けはしないだろうが、かといって平気になることは、嫌だった。コレに慣れてしまえば、自分は元の世界での感覚を失ってしまうだろうから。
「あと20くらいかな?」
「気を抜くなよ!」
「わかってる!」
半数になった頃、一度言葉を交わす。向かってくるモンスターを薙ぎ倒していくふたりは、つい3日前に出会ったばかりとは思えないほど息が合っている。タイプが似ているからだろうか。次々にモンスターがレンズを残して消滅していった。
モンスターの大群がいた一面に、無数のレンズが転がっている。リオンは慣れた手つきでシャルティエの刃についた血を拭い取り、鞘に納めた。こればかりはも見よう見まねで同じように処理をする。
「終わった、んだよね?」
「あぁ、ひとまずは任務完了だ」
言ってリオンは進路をダリルシェイドにとって歩き出した。その後ろ姿を数秒見つめ、地に目を向ける。
「レンズ拾わないの?」
「拾いたければ拾え。僕には必要ない」
オベロン社ってレンズ商品を扱ってる会社じゃなかったっけ、と思いつつ待つ気の全くないリオンを一瞥すると、は数枚だけ拾ってリオンの後を追った。
初任務を終えて今までの疲れが一気に来たのか、は部屋に戻るなりベッドにダイブして眠ってしまった。夕飯に呼びに来たマリアンは苦笑して簡単な食事を作って机に置き、そっと寝かせておいたという。一度目が覚めたときはすでに夜中とも言える時間で、は迷いつつも用意してくれていた食事をいただき、再びベッドに潜り込んだ。
翌朝、ぐっすり眠ったは早起きだった。今日は任務はないから、稽古は後でもいいだろう。朝食をいただきながら、ふと、今日はまだリオンを見ていないことに気づく。首をかしげていると、の心情を察したマリアンが苦笑して言った。
「たまにこういうことがあるの。食べ終わってからでいいから、起こしに行ってあげてくれる?」
「うん、いいよ」
任務が無い日には遅起きのこともあるらしい。なんだか意外だなと思いながら朝食を終えると、はリオンの部屋に向かった。
ノックをするが、反応はない。相当熟睡しているようだ。もう一度ノックしてみるが、やはり反応はない。
「リオン、朝だよー」
声をかけてみても反応はない。さてどうしたものか、勝手に入るのもどうなのだろうかと考えていると、頭に直接響く声があった。
『?入っていいよ』
シャルティエだった。主の許し無しにそんな事を言って大丈夫なのだろうか。
「・・・いいの?」
『いいっていいて。せっかくが遠慮して外から声かけてくれてるのに、起きない坊ちゃんが悪い』
「じゃあ、お構いなく」
後で怒られるのはシャルティエだろうな、むしろシャルティエが起こしてくれたらいいんじゃないのだろうかなんて思いながら、はリオンの部屋のドアを開けた。
真っ先に目に入ったのは、机に突っ伏して寝ているリオン。部屋に足を踏み入れても彼は起きる気配がない。自分のテリトリーに入ることを嫌いそうだというのに。はリオンに近づいて軽く観察した。机の上には数冊の本が置いてある。題名からして、どれもこの世界のことを記したもののようだ。参考になるページをメモしたらしい紙まで置いてある。
『これ全部、坊ちゃんがルキのためにやってるんだよ』
「リオンが、私のために?」
机の端に置いてあるシャルティエの言葉に嬉しさがこみ上げて思わず笑がこぼれる。普段はそっけなくて冷たい印象でも、こういった場面でリオンの優しさを感じることだできる。それが嬉しかった。喜びをかみしめたあと、はそっとリオンの肩に手を添えた。
「リオン、起きて、リオン」
「ん・・・もう、少し・・・」
「そうしてあげたいけど、マリアンさんにお越してあげてって頼まれたから、起きて」
「ん・・・マリアン、に・・・?・・・っ!?」
「わっ」
リオンが勢いよく身体を起こした。それに驚き、はとっさに半歩身を引く。
「お、おはよう、リオン」
は、目を見開いて口元を引きつらせているリオンに、身をのけぞらせながらとりあえず挨拶をした。
「でっ、でっ、出て行けっ!!」
リオンに怒鳴りつけられ、は一目散にリオンの部屋を飛び出した。
起きて早々声を荒らげたリオンが息切れをしている。
『大丈夫ですか?坊ちゃん』
一部始終を感じ視ていたシャルティエの声には少々笑い声だ含まれている。どこか楽しそうな愛剣をキッと睨みつけ、リオンは再び声を上げた。
「大丈夫な、ものか!シャル!なぜあいつをいれた?」
『だって坊ちゃん、ノックでも、外からの呼びかけでも起きませんでしたから』
「・・・・」
その言い方は、自分にも非があると言いたいのか。恨めしい視線をシャルティエに向け、リオンは赤らんでしまった顔のまま息を整えた。怒りはおさまったのだろうか。
『大丈夫ですか?』
「後で覚えていろよ」
再び鋭い睨みがシャルティエに向けられる。どうやらシャルティエに対する怒りはおさまっていないようである。それでも彼は、部屋のドアノブに手をかけた。
リオンに追い出されて、は部屋の外、リオンとルキの部屋のドアの間の壁に背を預けて立っていた。起きたら自分の部屋に他人がいたのだから無理は無い。が。
(怒るのも当然だけど、お互い様だよねぇ。起きなかったんだから。でもやっぱり入らずにシャルに起こしてもらえばよかったかなぁ)
そんな事を考えていたら、リオンの部屋のドアがゆっくりと開かれた。自然と顔がそちらに向く。リオンが俯きがちのそっぽを向きながら出てきた。その頬は心なしか少し赤い。はその顔を見つめ、リオンの言葉を待った。
「・・・・・すまない」
リオンの口から出た言葉が少々意外なもので、は軽く目を瞠った。だがすぐに戻し、苦笑する。寝ぼけているところを見られ、取り乱し、よほど恥ずかしかったに違いない。だが彼はそれでも自分から謝ったのだ。驚く方が失礼である。
「いいよ、勝手に入った私も悪いし、気にしてないし」
『僕がいいって言ったけどね』
部屋の中から聞こえてきた声に向かってリオンはまた睨みをきかせる。
「朝ごはん食べて来たら?マリアンさん待ってるよ」
「・・・ああ」
それだけ返すと、リオンは足早に食堂に向かっていった。
その後、シャルティエはリオンによって海に沈めかけられたという。