母と血族からの贈り物
目を開けると、つい最近見た天井が目に入った。ぼーっとする頭でなんとか状況を思い出し、整理する。
(そっか、貧血で倒れたんだっけ)
我ながら情けない。後でリオンに謝ってお礼を言わないとなと思いながら、は身体を起こした。左手には包帯が、少し歪に巻かれていた。不意に、ノック無しにドアノブが回された。
「気が付いたのか」
入って来たのはリオンだった。彼はベッドのそばに置いてある椅子に座った。
「うん、ごめん。ありがとう、リオン」
「・・・あのまま放っておくわけにもいかなかったからな」
「うん。ねぇ、これもリオンが?」
これ、と左手を示す。
「・・・下手で悪かったな」
「言ってないし。大丈夫、私よりはうまいよ」
「嬉しくもなんともないな」
なんて言いながら、リオンの表情はほんの少しだけ、穏やかに見えた。
しばらくの沈黙が流れたあと、静寂を破ったのはリオンだった。
「お前の配属先が決まった」
「どこ?・・・ってきいてもわかんないけど」
「僕の部下だ」
「・・・はい?」
少々耳を疑うようなことを言われ、は思わず聞き返してしまった。
「お前は僕直属の部下になったと言ったんだ」
「リオンの部下・・・そもそもリオンって、何してる人なわけ?」
同い年くらいなのに、とはあえて言わない。世界が違うのだ。働き始める年齢が違ってもおかしくはない。
「セインガルド王国の客員剣士だ」
「客員剣士・・・って、何?」
「・・・・・」
リオンは、そんな事も知らないのかと言うような目でを見たが、ひとつため息をつき、話し出した。
「国の正式な士官ではないが、それに準じる待遇を約束された剣士の事だ」
「へー・・・」
ということは、王様に仕えているわけではないけど、それと同じような待遇や地位ということなのか、と一人納得する。
「リオンってすごいんだね」
「なっ・・・そんなことは、ない」
リオンは少し俯いた。表情はよくわからない。
「そんなことないわけないよ。私にとってはこの位の歳でそんな地位にいるの、普通無いし」
「・・・別にどうという事は無い。それより、お前のことを聞かせろ。“異空の旅人”とはなんだ?」
「あー・・・話すのめんどくさいな」
話をそらされてしまった。そして本当に面倒なので少々テンションが下がった。
「話せ」
「・・・わかったよ」
有無を言わせぬリオンの命令口調に、は一息ついて話し始めた。
「異空の旅人っていうのは、その名の通り異空・・・“異世界を旅する人”のこと。母さんが異空の旅人の家系で、母さんもいろんな世界に行ったらしいよ。ヒューゴさんも言ってたけど、この世界にも来たみたいだね。私はその母さんの血を特に濃く継いじゃってるから、異空の旅人になって異世界に来ちゃったってわけ。ちなみにここが私にとって初めての異世界。・・・大丈夫?」
「・・・なんとかな」
信じがたい事実を前に、リオンは混乱気味だ。
「とにかく、私はこの世界の人間じゃ無いって事」
「客員剣士を知らないのも当然、というわけだな・・・」
「まず私がいた世界の私がいた国は王制じゃないしモンスターもいないからね。ほとんどのことが、というかわかる事の方が少ないと思うから、いろいろ教えてね」
「・・・・・」
「別に、本でもいいけどさ」
リオンの面倒そうな顔を見ては言い直した。
「あ、そうだ。さっそくリオンにききたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「これって、なんだと思う?」
は右手のグローブについているモノを示した。
「これは、レンズのようだが・・・」
リオンはソレをじっと見つめ、何やら考え込んでいる。
「わかんなかったらいいよ?」
「いや・・・シャル、わかるか?」
「?」
リオンが第三者に声を掛けた。この部屋にはとリオンの二人だけだというのに。しかも、リオンの視線の先は自らの右腰に携えてある剣。
は首を傾げたが、“不思議”はすぐに“驚き”に変わった。
『え、しゃべっていいんですか?』
「は?」
第三者の声がきこえてきては辺りを見渡したが、当然のように誰もいない。もしや、と思って恐る恐るリオンの剣を見る。
「もしかして、今の声・・・“それ”?」
「そう、“これ”だ。お前にも聞こえるようだな」
リオンの剣が、鞘におさめられたままの膝辺りの布団の上に置かれる。
「剣・・・だよね、どう見ても」
「剣だな、どう見ても。これはソーディアンという剣だ。コアクリスタルに実際にいた人間の人格が投射されていて、考える事も話すこともできる。
ただし、声が聞こえ、ソーディアンとしての力を活用できるのは、素質がある人間だけだがな」
「ふーん・・・」
はなんとなく程度に理解し、膝の上にあるソーディアンに目を落とした。
『初めまして。僕はシャルティエ。シャルって呼んで』
「うわぁ、頭に直接響くんだね、なんか違和感。まぁ、よろしく、シャル」
「それで、どうなんだ?シャル」
自己紹介がすんだところでリオンが話を戻す。
『そうですね・・・、そのグローブで僕のコアクリスタルに触ってみて』
「こう?」
そっとシャルティエのコアクリスタルに右手をのせると、コアクリスタルが一瞬淡く光った。
『ソーディアンのコアクリスタルほどではありませんが、かなり晶力の高いレンズのようです』
「だ、そうだ」
「レンズって、モンスター倒したら出てきたやつ?晶力って何?」
『晶力っていうのは、レンズに込められているエネルギーのことだよ。ソーディアンのを5000だとすると、のは3000くらいかな』
「ふーん・・・」
何に使う力なのかわからないまま曖昧に返す。とにかく、ひとつひとつ理解していくしかない。
「そっか、ありがとう」
『どういたしまして。・・・あっ』
シャルティエを持ってリオンが立ち上がった。もベッドから出て立とうとするが、リオンに手で制されてしまう。
「お前はまだ寝ていろ。明後日から任務に就く。明日で体調を整えろ」
「あ、うん・・・」
リオンのちょっとした勢いに負けて大人しくベッドに横になる。ふとリオンに目を戻せば、彼はすでにドアノブに手を掛けていた。
「リオン」
呼ぶと、ドアを開けかけて止まった。振り返しはしない。
「ありがとう」
「・・・さっさと寝ろ」
「うん」
呟いてすぐ出て行ったリオンに返事が届いたかはわからない。は彼の後ろ姿を見送って苦笑した。
(リオン、優しい所もあるんだなぁ)
ツンケンした態度だからわかりにくいが。自分の事ではないのに、何故だかその発見が嬉しかった。そしては、言われたとおり今は休むことにした。
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