異空の旅人、旅の始まり
母・は“異空の旅人”の家系で、母も様々な異世界へ行ったという。もその家系の血を濃く継いでいる。
14歳の誕生日に、「いつどこでとばされるかわからないから、いつもこれを持っててね」と母に言われ、
手の甲にガラスの様な虫眼鏡のレンズの様なものがはめ込まれた右だけのグローブを貰った。は言われたとおり、それをいつも持ち歩いていた。
そして1年後、は異世界へととばされた。
ついさっきまで自分の部屋にいたはずなのに、なぜか目の前には草原が広がっている。
それでもさほど混乱していないのは、幼い頃から何度も話を聞かされ、いつかこうなるとわかっていたからだろう。自分の順応性にも感謝だが。
問題なのは、これからだ。まずこの世界の事がわからない。何が出てくるかわからない以上、うかつに動く事は出来ない。
かといってこのまま立ち尽くしているわけにもいかない。せめて刀があればいいのにと思うが、無いものねだりをしても仕方がない。
とりあえず常に持ち歩いていた母のグローブを右手にはめておく。どうしたものかと考えるが、何も浮かばない。
ふと、何かが近づいてくることに気づいた。足音がの背後で止まる。振り向いた先にいたのは、と同じくらいの歳の、黒髪の少年だった。
「こんな所で武器も持たずに何をしている?」
「何を、ときかれても」
「自殺願望なら止めはしないが」
「そんなわけないじゃん」
街の外に武器無しでいると自殺願望者になるほど危険なのだろうか。
「ならはやく街なり村なり行くんだな。ぼやぼやしていると・・・ほら、来た」
何が?と問う前に、少年の鋭い視線がの背後に向けられていることに気づき、振り向く。
大型犬より一回り二回り大きい狼が数匹、牙をむいてこちらに殺気を向けていた。この殺気に気づかなかったことを、不覚に思う。
「怪我をしたくなかったら退がっていろ」
「使わない剣無い?」
「・・・何?」
少年が、剣を抜きかけた所で止まった。狼たちは今にもとびかかって来そうである。
「あるか、ないか」
「短剣ならあるが・・・」
「貸して」
少年は一瞬戸惑ったが、に短剣を差し出す。少年から短剣を受け取って、は短剣を抜いた。
リーチが短すぎて難しいが、無いよりはマシだ。少年も今度こそ剣を抜いた。
「恨みなんてないけど、ごめん」
襲いかかってくる狼たちをと少年が片付けるのに、10分もかからなかった。
初めての連携なのに息が合いすぎなくらい合って、不思議な思いにかられたほどに。
狼たちがいた跡には、数枚のレンズだけが残っていた。
チャキ、と音を立てて短剣をおさめるが、少年は抜身のままで持っておくようだ。
「ありがとう、助かった」
短剣を差し出すが、少年は受け取ろうとしない。仕方なく、手に持ったまま降ろす。
「貴様、何者だ?」
かわりにこんな問いかけが返って来たが、どう答えたらいいものか。
“異空の旅人”と正直に答えても、怪しまれるか頭がイカれていると思われるだけだろう。
「何者、ときかれても」
「言えないとでも言うのか?名前も、出身地も、目的も?」
取り調べでも受けている気分だ。実際に受けたことなど無いが。
だがまぁこの世界で初めて会った人間だし、と思っては答えた。
「名前は。出身地は、言えない。目的は、ひとまずお金を稼ぐこと、かな」
なんせ一文無しだ。この世界の通貨すらわからない。
「あんた、この辺の人?」
「・・・それがどうした」
「だったら街まで連れ行ってもらえるかな?この辺わからなくて。図々しいのは承知で、ついでに働き口も一緒に探してくれるとすごく助かるんだけど・・・」
実際には
この辺 ではなく
この世界
「・・・いいだろう、ついて来い」
少年はとりあえずの言う事を信じたのか、身を翻して歩いていく。は慌てて少年の隣に並んだ。
「そうだ、名前聞いてなかったね」
「・・・リオン・マグナスだ」
少年―リオンは前を見たまま、には一瞥もくれることなく答えた。
「これ、どうすればいい?」
短剣を持ち上げると、今度は短剣を一瞥して言った。
「持っていろ。またいつモンスターが襲ってくるかわからんからな」
「わかった」
その後は戦闘こそあったものの、会話はほとんど無かった。
やがて、大きな街に到着した。
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