逆巻く風と赤い炎翼
翌日出発の準備をしていると、望美が見知らぬ人物を連れて来た。有川将臣―――譲の兄で、望美の幼馴染だという。そしてなんと、天の青龍だった。神子と八葉の事を簡単に・・・それはもう簡単に説明する。彼も本宮に用があるらしく、本宮までは一緒に行動することになった。その先は都合が悪く、共に行けないらしいが。そして、残りの八葉や朔たちを、弁慶が代表して簡潔に紹介する。最後に敦盛の紹介をする時、お互いに微妙な空気を醸し出していたが、気づいたものはほぼいなかったようだ。
(気づいたのは私と兄様くらいかな・・・?)
それでも兄が何も言わないのならひとまずいいか、とも何も言わなかった。ともあれ将臣を一行に加え、本宮へと出発した。
じっと見られていることに耐えられなくなり、将臣はちら、とを見た。
「なんだよ、さっきから?」
「あ、いえ、すみません。将臣殿の宝玉は、面白い所についているなと思いまして・・・」
「あぁ、耳だもんな」
の言葉に、将臣がけらけらと笑う。そして、「あぁそうだ」と切り出す。
「敬語なんか無しでいいぜ。呼び捨てでな」
「えっ、あ・・・じゃあ、将臣」
「おう、改めてよろしくな、」
そうこうしているうちに、田辺へと到着した。
田辺の境内に入り、一息つく。
「無事に田辺までは来る事が出来ましたね」
「無事?八葉とかいうのは、そんなに面倒事が多いのか?」
弁慶の言葉を聞いて将臣が顔をしかめる。まぁそう思うのも仕方のない事だろうとは苦笑し、ふと何かの気配に気づく。
(・・・物見にでも来たかな)
背後の樹の上にいる事を感じて内心息をついたとき、ガサッと音がした。
「そこの樹の上にいる奴!いったい何者だ!?」
いち早く気付いた譲が声を張り上げると、樹の上から赤い塊が降りてきた。彼は軽やかに着地すると、真っ直ぐ望美の元へ歩み寄る。
「あんたが噂の白龍の神子かい?評判通り可愛いね。こんな、花も恥じらう姫君を見たのは、オレも初めてだよ」
歯の浮くような台詞を素で言ってのけるのは、間違いなく彼で。彼は望美の手をとると、そっと甲に口付けた。
「初めまして。よろしく、姫君」
「あ・・・えっ、初めまして」
戸惑いながら望美が返す。周りもほぼ唖然としていて止めるのを忘れているようだ。
「・・・困っているから、離してあげなさい」
「ちぇっ、手厳しいな」
が言うと、彼は大人しく望美の手を離した。
「ここ田辺は、熊野水軍の本拠地だ。熊野水軍の一員としてあんたたちを歓迎するよ、神子姫様」
「ありがとう。でも、そんな大げさな呼び方、落ち着かないよ。望美でいいよ、望美で」
望美が照れた様子で言うと、彼は笑った。そして名を聞かれ、
「オレ?そうだな・・・ヒノエってところかな」
と答えた。
(それで通す気なのね)
ならば、それに合わせよう。はヒノエに目配せして頷いた。さらにヒノエは望美に甘い言葉を贈る。望美が赤くなったのを見てたのしそうだ。
「ヒノエ、女の子を見つける度、後先考えず口説き出すのは止めたらどうですか」
見かねた弁慶が助け舟を出すが、正直は「あなたも人のことは言えないでしょう」と思っていた。弁慶が出てくると、ヒノエはうんざりしたような顔になった。
「ヒノエ、変わっていないな」
「よう、敦盛じゃねぇか。久しぶりだな」
前へ出てきたのは敦盛だった。こうして揃うのも久しぶりで、懐かしいなと二人を眺めていると、ふとヒノエの前髪の後ろに何かが見え隠れした。
「まさか・・・宝玉?」
「うん、ヒノエも、八葉だよ」
呟きは白龍に聞こえていたようで、肯定の言葉をはっきりと口にする。だが八葉であることにヒノエは気が進まない様だ。しばらく熊野にいるなら自分の方から会いに来るといい、ヒノエは樹の上へ跳躍して姿を消した。
「やはり、一筋縄ではいかない相手ですね」
「そうですね・・・」
今の一言は決定的なものなのだが、誰も気づいてはいない様だ。
「さんも敦盛さんも、ヒノエくんと知り合いなの?」
「あぁ、幼馴染というやつね。敦盛がこっちにいた頃は、よく一緒に遊んだの」
懐かしそうに笑うと、幼馴染かぁと望美は自らの幼馴染たちを見た。
「ヒノエはガキ大将でね。敦盛も振り回されていたよね」
「あぁ・・・だが、不思議と嫌ではなかった」
敦盛も懐かしむように小さく笑う。
「またいろいろ話聞かせてくださいね」
「神子を楽しませられるものかは知れないが・・・わかった」
「では、先へ進みましょう」
弁慶の言葉に皆頷き、本宮への歩を進めた。
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