熊野路へ






















三草山から京に戻ると、九郎宛てに彼の兄で源氏の棟梁、源頼朝から書状が届いていた。用件は、“熊野への協力要請をしろ”とのこと。


「熊野、か」


確かに、平家と戦うにあたって熊野水軍は大いなる力となるだろう。しかし、も弁慶もあまり気は進まない。


「無駄足になる可能性の方が高そうだ」

「お前から言伝る事は出来ないのか?」


ぼそりと呟いたのが聞こえたのか否か、九郎がに聞く。は肩をすくめてみせた。


「判断、決定するのは頭領なので、私が何か言ったところで意味を成さないでしょう」

「そうか・・・やはり、直談判するしかないな」


妙に九郎の気合が入っている。親愛なる兄上からの命令だから、だろうか。こうして九郎一行は、熊野路へと向かったのだった。



















何日もかけて、熊野に着く頃には日も暮れていた。親切な老人の家で一泊させてもらえることになったのは幸運だ。


「久しぶりに熊野の温泉につかれるかな」


ぐーっと伸びをすると、望美が「温泉あるんだ!いいね〜!」と喜んだ。


「久しぶり・・・?そういえば京を出る前に、熊野の頭領に言伝できないかと九郎さんがさんに聞いていましたよね?あれはいったいどういうことなんですか?」

「あー・・・そうね、もういいか」


譲に問われ、そういえば言っていなかった、とは気まずげに頬をかいた。


「私、熊野出身なの」

「えっ・・・そう、だったんですか。それで久しぶり・・・。では、言伝の件は?頭領って、そう会えるものでもありませんよね?」


思慮深いのか疑り深いのか。譲の質問責めに、は苦笑しながら答える。


「私は・・・熊野水軍の一人でね」

「なっ・・・」

「でも九郎にも言ったように、私が言伝たからどうなるものでもないのよ」


何かを言われる前に先手を打つと、譲は「そうですか」とだけ言って、それ以上は聞かなかった。


「・・・熊野の地も久しぶりだ」

「敦盛さん、熊野に来たことあるんですか?なんだか嬉しそうだし」


ふと呟いた敦盛の言葉に望美が反応する。それにしても、敦盛の微妙な表情の変化を読み取るとは。


「あ、いや・・・その・・・」

「敦盛も、数年こちらで暮らしていたの」


の言葉に皆の視線が集まる。それで把握したらしい景時が、ぽんと手を叩いた。


「なるほどー、それで“姉様”なんだね〜」

「・・・・・」


敦盛が気恥ずかしそうに俯く。はふふっと笑った後、望美らに顔を向けた。


「熊野は自然も素晴らしい所だから、ぜひ堪能してほしいわ。山も海も、熊野の宝よ」

「宝かぁ」


よっぽどすごいんだろうなぁと望美と朔がはしゃいでいる。


「ゆっくり熊野を堪能して、最後にちょっと気合い入れる感じかな」

「ちょっととはなんだ!大事な任だぞ!」


軽口をたたくと、九郎がをキッと睨む。は少々困り顔で返した。


「彼が動くと、いいですね」

「・・・!」


の言い方が皮肉に聞こえて九郎が怒鳴り上げる。そこへ弁慶が「まぁまぁ」と割って入った。


「言い方が悪いですが、の言い分もあながち外れではないんですよ。熊野の頭領は代々ヒネクレ者ばかりなので」

「・・・そうか・・・確かに、そうかもしれない」


敦盛にまで肯定されては、九郎も黙るしかなかった。前頭領と現頭領の顔が同時に浮かんで、は苦笑した。


「でも、望美さんの話なら聞いてくれるかもしれませんね。可愛いお嬢さんの話を聞かないような無粋な男は熊野にはいませんから」

「それはお前だけだろう」


さらりと言ってのける弁慶に九郎が呆れ声で言う。


「いや・・・前頭領と現頭領は、そこも良く似ているので・・・」


二人の姿が再び浮かび、思わず明後日の方向を見てしまう。


「・・・ならやはり、では駄目なのか?」


皆の視線が、呟きを発した九郎に集まる。


「それはつまり・・・九郎はを可愛いと思っている、ということですよね」

「・・・ッ!」

「ん、なっ、あっ、兄様!」


弁慶に言われて自分の発言の意味に気づいた九郎と、当人であるが同時に顔を赤く染める。


「でも、は可愛いのは当たり前じゃないですか」

「「・・・・・」」


そして弁慶の真顔の決まり文句に、同時に冷める。はぁ、とがため息をつくと、弁慶の追加の言葉が掛かる。


はもちろん可愛いですが、別当にとっては“身内”ですからね。また話が違ってきます」

「それも・・・そうか」


やはり直接会ってみない事にはわからない。明日の出発に向けて、みな休むことにした。



















星の瞬く空を見上げ、ひとつため息をつく。浮かぶのは、あの光景。もしこれが、あの夢と同じ作用のものならば。


「・・・・・私が、守る」


呟きをきいたのは月のみだが、の決意は彼女の胸の内に染み込んだ。





















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