交わされる瞳
身を赤く染めて崩れ落ちていく望美の姿を、ただ見つめているしか出来なかった。朔の悲鳴が響き、涙が宙を舞う。は倒れた望美の堅田を抱きしめた。
(・・・え)
何かが、おかしい。異変に気付くが、表に出す暇も無く、景時が来て望美を受け渡す。
(景時殿、まさか)
わからない。半信半疑でいると、政子が口を開いた。反逆の疑いで、九郎を含めた皆を鎌倉へ送ると。景時は、政子に望美の弔いをさせて欲しいと申し出た。大切な人だったから
、せめて自分の手で弔わせてほしい、と。政子はそれを快く受け入れ、逃げた平家を追って行った。
政子は安徳帝こそ逃したものの、還内府を捕えて戻って来た。その顔、その姿に、皆が驚く。
「将、臣・・・?」
「九郎・・・?」
互いの大将同士でさえも。熊野で共に旅をし、鎌倉で共に戦った相手が、敵の総大将だったのだ。
「将臣・・・」
「、お前まで・・・」
「・・・」
「、お前まさか、知っていたのか?将臣が・・・還内府だと」
大して驚いていないを見て九郎がに詰め寄るが、こたえをきくことはかなわなかった。九郎や弁慶と、ヒノエや敦盛や、譲やリズヴァーン、白龍、そして将臣は、別
々の船に乗せられ、江の島へと送られることになった。
「お嬢さんはこちらへ」
「え?」
江の島へ送られる面子と、鎌倉の町中へ送られる面子とにわけられることになった時、政子がに言ったのは町中・・・九郎や弁慶、将臣が連れられる側だった。
「あなたにはまだ利用価値がありそうなのだもの」
にこりと笑い手を合わせて言われても嬉しくない。は半眼で彼女を睨みつつ、それに従った。
らが連れて来られたのは、なんと、梶原邸だった。景時の母が、不安そうに彼らを見る。御家人が邸周りを取り囲んでいるから、余計にだろう。彼女は物理的にも人質になっ
てしまったのだ。
らは一室に放り込まれた。長い沈黙が訪れる中、先に口を開いたのは九郎だった。
「知っていたんだな。将臣が、還内府だと」
「・・・はい」
前はさえぎられた問いを今一度し、こたえる。
「なぜ、黙っていた」
「・・・あの場で争って何になったのですか」
「何・・・?」
九郎が怪訝そうに眉をひそめる。
「無意味な争いをして、何になったと?ただ望美をかなしませるだけではありませんか?」
「、おまえ・・・っ」
「九郎、落ち着いて下さい」
今にも掴みかかろうとする勢いの九郎を弁慶が抑える。
「将臣殿も、こちらが源氏だと気づいてはおられなかったようですが」
「・・・というか、思いたくなかった、だな。武蔵坊弁慶はいるわ梶原景時はいるわ、九郎って名前だわ、まさか、とは思ったけどな。からはそういう話は聞いてないぜ」
「そういうことです、九郎。は“熊野の中立”を守っていただけです」
「・・・・・」
弁慶の言葉で少しは落ち着いたのか、九郎が大きく息を吐く。
「・・・すまない、わかった」
「・・・いえ、ありがとう、ございます」
そして再び沈黙が流れる。そこでふと、弁慶がの顔を覗きこんだ。
「兄様?」
「・・・、ちゃんと寝ていますか?」
「え?」
「寝ていないんですね?」
「・・・はい」
なぜ今そのことを、と思ったが、相当酷い顔をしていたのだろう。
「実際、知盛殿との戦いで限界だったでしょうに・・・少しお休みなさい」
「こんな時に、寝ているわけに、はっ!?」
頭を横から押さえつけられ、何かの上に寝転がされる。視界には九郎の顔。前にもこんな事があった様な、と頭をよぎる。
「・・・まだきいていなかったな。なぜ、あんな行動を起こそうとしたのか」
あんな行動?と将臣が呟けば、弁慶が屋島で自分をしんがりにして皆を逃そうとしたことを教える。
「・・・・・夢を、視たのです。私が船に乗ると、私に向けて矢が放たれて・・・私をかばって・・・九郎が」
その先は思い出したくなくて、言葉に出来なかった。だが汲み取ってくれたのか、九郎が「そうか」と小さく呟く。
「だが、その後眠らなかったのはなぜだ?」
「・・・せっかく上手くいったのに、余計なものはもう視たくなかったんです」
「・・・馬鹿だな」
スッと目元が九郎の手で塞がれる。
「一人で抱え込むな。一人では無理でも、皆で解決できることもあるだろう?あの時のように」
「・・・はい」
「ほら、寝ろ」
「・・・はい」
どうやったらそこで寝ろに繋がるのかわからなかったが、の瞼は勝手に閉じていき、意識は勝手におちていった。
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