波音の中の銃声
平家を壇ノ浦へと追い込んで行った源氏の次に向かう先は、瀬戸内の満珠島。だが船上の軍議では、またも九郎と景時が意見を違えていた。景時はどうも、平家を自滅に追い込みたい・・・戦いを長引かせたい、おいう様に見える。
(景時殿・・・?)
が眉を顰め、心配そうに景時を見る。九郎にも「このところおかしいぞ」と言われていた。戦を避けている・・・本人は否定するが、九郎も弁慶もそんな嘘を見抜く。
「君はまるで、戦の決着をつけたくないようですよ」
弁慶に言われるが、景時は「そんなことない」と乾いた笑いを漏らすだけだった。
兵の間には、不安が漂っていた。
「景時殿は、何を・・・」
「・・・やはり、気になるか」
「九郎」
気配は感じていた。驚くことも無く振り返る。
「あんなことを言う奴ではなかった。何が景時をそうさせたのか・・・」
「戦いを終わらせたくないように見える、と兄様は言っておられました。私もそう思います」
「・・・あぁ」
「戦いが終わったら“何か”があるのではないでしょうか。景時殿はそれをおそれているのでは・・・」
の言い分に九郎は目を丸くした。
「何かとは、なんだ?」
「そこまではわかりませんが・・・」
解決策が見つからず、も九郎も黙り込む。
「今はあれこれ考えている場合ではないな・・・景時の事は気になるが、俺達がしっかりしていればひとまず大丈夫だろう」
「そう、ですね・・・」
これ以上はひとまず置いておくことになり、二人は休むことにした。
翌朝、いよいよ壇ノ浦に差し掛かろうとしていた。
「敵の布陣はどうなっている?」
「陸の戦じゃねぇんだ。敵陣なんてのはないって」
九郎の言葉にヒノエが切り返す。海の戦だ。不尽などすぐにばらける。壇ノ浦から彦島まで、見事に平家の船が並んでいた。
「まずは、田浦と赤間関から叩いていくのが妥当だと思うけど?」
「順当に行くのがいいわね。これで片が付く」
水軍二人の助言に九郎が頷く。
「還内府・・・殿も―――出てくるのだろうか」
敦盛が少し俯きがちに呟く。還内府の正体を知っているからこその言葉。は何も言わなかったが、そっと敦盛の背中を撫でた。
安徳天皇の保護と三種の神器の奪還が成せば、源氏の勝利だ。決して失うことの無い様にとの後白河天皇の命令だ。源氏の軍は九郎の軍勢の他に、政子率いる鎌倉の、頼朝直属の御家人衆がいる。それらで平家を追討していくのだ。政子がまたわざわざ出てくることに疑問を覚える声はあったが、九郎の号令で気を高める。
「最後の戦だ。気を引き締めていくぞ!」
源氏の軍勢が彦島に向けて動き出した。
田浦、赤間関を越えて彦島に到達すると、そこでは平知盛が待ち構えていた。生田で戦った、一筋縄ではいかない相手。戦いに生を見出し、戦うことで生を感じる男。一層気を引き締め、知盛に向かった。知盛の双剣が望美の剣と打ち合い音を響かせる。
「クク・・・いいぜ・・・その意気だ・・・」
「くっ・・・!」
ギィィンと弾かれ、望美の身体がよろける。重心のとりにくい船上では慣れていないと不利だ。隙を狙って斬りかかった知盛の前に、すかざずが入り込む。剣戟を二刀でなんとか受けると、びりびり振動が奔った。
「・・・ほう?」
「船上での戦いは、慣れているものでね」
「そうか・・・これは楽しめそうだ」
知盛が巧みに斬り込んでくる。は必死に受け、なんとか防いでいた。
「さん!」
「望美、ここはに任せて」
「ヒノエくん、でも・・・!」
「望美」
よろける望美を支えたヒノエが、安心させるように望美に笑いかけた。
「あの人はこの俺の副頭領だぜ?」
「・・・・・」
ヒノエがあまりに自信満々にいうものだから、望美はツッコミどころがあったこともわからずすんなり信じ受け入れて、を見守った。二人の戦いは凄まじく、とてもではないが、他の者が入り込むことは出来そうにない。
「・・・」
九郎も、見ていることしか出来ない自分を歯がゆく思いながら戦いを見守っていた。
やがて、片方が剣を落とした。両手の剣を失った知盛が不敵に笑う。
「あぁ・・・いい・・・・。いい、な・・・」
「もう、終わりよ」
「あぁ・・・そう、だな・・・」
知盛があとずさる。
「楽しかったぜ・・・。そうだ・・・おまえ、生田ではまともに名乗らなかったな」
「・・・熊野水軍副頭領、藤原」
「そうか・・・どうりで・・・」
クク、と知盛の喉が笑った。そしてまた一歩、後方へ・・・船べりへと近づく。
「ちょ、ちょっと待った!何をするつもりなんだ?」
景時が声を上げると、知盛は不機嫌そうに顔を歪めた。
「鎌倉に座り込んでる、頼朝なんぞの顔なんか、見たくもないぜ・・・」
言うと知盛は、望美とを見て、微笑った。もう、思い残すことはないとでも言うように。
「お前達のおかげて楽しかったぜ・・・じゃあ、な・・・」
そして、海の飛沫の上がる音。慌てて船べりへ駆け寄るが、すでにその銀と赤は海へと沈んで行っていた。
「初めから・・・身を投げるつもりだったのか?一族も・・・誰のためでもなく、戦いだけに満足して・・・。オレには・・・わからないよ」
景時が苦悩の声を上げた。しかし誰も、その声に応える事は出来なかった。
不意に白龍が西へ逃げる船を見つけ、再び緊張が走った。ここから先西へ逃げる場所は無いはずだが、これではいつまでたっても決着がつかない。急ぎ追う用意をさせようとした九郎だったが、それを政子が止めた。自分達が取り押さえる、と。
「政子様、ありがとうございま「それよりも・・・景時」
九郎の言葉を遮り、政子が景時に声を掛ける。
「景時、鎌倉殿の書状・・・読んでいないわけではありませんわよね」
皆の目が、景時に集中する。・・・と、景時の銃の銃口が、望美に向けられた。
「景時!?」
「景時殿!?」
「景時さん・・・?」
それぞれが、驚愕に目を見開いて景時を見る。
「望美ちゃん・・・オ、オレは、こうする他・・・ないんだ・・・」
「あ、兄上!?望美に銃を向けるなんて・・・何を?」
朔も信じられない様子で兄を見つめる。さらには御家人衆に矢を向けられ、九郎たちも動けなくなった。景時はずっと悩んでいた様だ。戦の勝敗が決した時は、白龍の神子を亡き者にしろと、頼朝から命を受けていたらしい。
(これが・・・景時殿が戦を終わらせたくなかった理由か・・・!)
「兄上っ!なぜ、そんな命令に従うんですかっ!!?」
朔が悲痛の叫びを上げる。
「・・・人質、ですか?」
「さすが・・・聡いね、ちゃん。そう、母上が、人質なんだよ」
朔が息を飲むのがわかった。人質となってしまった母を守るため、景時は今までもこうして暗殺をしてきた。裏切り者の自分が家族を守る方法は、これしかなかった、と。
「景時殿・・・」
もし自分が同じ境遇だったら、なんて考えは無意味だった。今はただ“こたえ”を見守るしかない。しばらくの沈黙の後、望美が真っ直ぐ顔を上げた。
「・・・いいよ、景時さん」
望美が景時の前に無抵抗に立つ。
「大丈夫だよ」
小さく笑う。まるで景時を安心させるかのように。
「・・・ッ!」
景時の頬を雫が伝い、彼の震える指が、引き金を、引いた。
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