そして私の世界は貴方の為に
摂津を出発した源氏軍は、程なくして屋島へ上陸した。しかし総門では平忠度が待ち構えており、固い陣に苦戦を強いられた。このまま長引けば、援軍を呼ばれてしまうかもしれない。もう駄目か、そう諦めかけた直後、聞き慣れた声が戦場に届いた。
「お〜いっ!みんな、無事か〜」
景時らと望美が追いついたのだった。
「遅くなってゴメン。やっぱり、オレが遅れたせいで苦戦しちゃったんだよね・・・」
景時の表情が翳ると、九郎が声を上げた。
「馬鹿野郎っ!お前が謝るな」
その声に、言われた本人が驚いて目を瞬かせる。
「謝るのは俺だ。いらついて、無茶な判断をしてしまったんだから・・・それにだ。兄上の事で、お前に当たって悪かった」
そんな話まであったのか、と、その時の会話を聞いていなかったが目を丸くする。確かに、九郎より景時に、の方向性が無くもないが、それは九郎の勘違いか、もしくは。
(嫌な面に、か)
あまり考えたくない内容ではあるが。こう悠長にしているわけにもいかず、次の手を考える。戦列が崩れすぎて反撃も難しい。源氏軍は、一度志度浦まで引き返すことになった。
志度浦まで来ると、この戦を捨て、体勢を整えることになった。どうにも冷静さに欠けている九郎は、事の判断を景時に任せることにした。逆ろのついている景時の船ならそう時間はかからない。皆が船に乗り込む姿を見つめ、そしては、気付いてしまった。
「・・・ここ、だ・・・」
脳裏に浮かぶ風景と一致する。間違いない。
は船に乗り込んで行った橙と白の後ろ姿を見つめ、一度目を伏せた。
「・・・ごめんなさい」
一緒に歩むことは、できません。共に進むことは、できません。どうか、どうか貴方は、貴方だけは、生きてください。
目を開けると、は一時姿を隠した。
前方に、見慣れた後ろ姿が見えて、思わず苦笑が浮かぶ。この人も同じ考えだったのか。その先にはもうすぐそこまで平家の軍勢が来ている。やがて船が出港しようとする。それを見やり、は景時に近寄った。
「景時殿」
「えっ・・・!?ちゃん!?何で・・・っ」
「夢を、見たのです」
それだけで景時は何か感じ取った様で、追及はしなかった。
「お供させてください」
「・・・いいんだね?」
「はい。私は、あの人を守りたい」
小さく、「同じだね」ときこえた気がした。直後、景時が馬を駆けさせ、も後に続いた。景時が銃で牽制しながら平家の軍に近づいていく。そして忠度の前で止まった。
「オレは源氏が軍奉行、梶原平三景時。そこの将、手合わせ願おう」
すると忠度が前へ出て名乗り上げる。
「それがしは薩摩守、平忠度と申す」
将同士の一騎討ち。は進行方向をその場から外す。平家の兵たちが、に注目した。
「そちらの女兵も、名を聞いておこう!」
声を上げたのは忠度だった。は背筋を正し、二刀に手を掛ける。忠度は、幼い時に一度会ったきりだ。覚えていないのかもしれない。
「私は熊野水軍副頭領、藤原。守りたいもののため、ここを通すわけにはいかない!!」
そして、駆けた。
「ここはオレたちはなんとかするからさ、みんなはちゃんと逃げ延びてくれよ」
どこか遠くの方で景時の声を聴きながら、馬の背に足をつけ、跳躍する。
「なぁに、そんなに大きな被害じゃないんだ。最後には勝てるって」
一人斬り伏せ、次、また次。
「オレたちなら心配ないって。こう見えても、逃げるのは得意だったりするからさ。みんなが逃げたの確認したら、ちゃん連れてすぐに脱出するって」
何人いるかもわからない敵を切り伏せていく。頬に赤い雫が飛び跳ねるが、気にしてなどいられない。
「もし、捕まっても、何とかなるんじゃないかな。ほら、もともと平氏だし、オレ。ちゃんも中立の熊野の子だし、なんとかなるでしょ」
喧騒の中に不思議なほどきれいに響く景時の声。
「だから・・・オレなんて放って、ちゃんと逃げ延びてくれよ・・・」
間が空く。間合いをはかっているのだ。じり、じりと。
「・・・っはぁ・・・生きて、下さい・・・生きて、生きて、生き延びて。何が何でも、生にしがみついて」
距離が離れてもうきこえていないだろうが、言葉にする。
「・・・・・さようなら、愛しい人」
波の音と喧騒のその中に、高めの声が張り上がる。いくつかの銃声を遠くで聞きながら、その身を赤く染め上げながら、なお剣を振り続ける。一刀が折れてももう一刀がある。二刀とも折れても四肢がある。四肢の自由が利かなくなっても、まだ生きている。いつのまにか銃声はきこえなくなっていて、目の前に忠度が立った。最期の瞬間、彼女の口元に笑みが浮かんで、一筋の水流が頬を伝った。
さようなら ありがとう 九郎
そして、の世界は消え去った。
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