真の想いは香と共に






























京へ戻ると、は慌ただしく“それ”の作成を開始した。いくつか合せ、微妙な加減をはかる。熟成させている間に、布を小さく切って縫い合わせる。くん、と鼻を唸らせて完成を感じ取ると、それを小さくまとめて布で作った袋の中へ。さらに、耳についているそれを外して掌に乗せた。


「・・・よし」

「何がよしなんだ?」

「ッ・・・わぁぁっ!?」


すっかり夢中になってしまい、人が来た気配に気づかなかったらしい。背後からの声に大声を上げてしまった。


「す、すまん、驚かせたか」

「い、いえ・・・私も熱中し過ぎていたものですから・・・」

「香か」


くん、と九郎が鼻を鳴らした。が袋に入れたものは、彼女が自分で調合した香が入っている。九郎はの手を見、続いて耳に目を向け、また手に戻した。


「・・・外したのか」

「あっ、その・・・戦っている最中などに失くしてはいけないと思って、袋に入れて首から下げておこうかと・・・」

「・・・・・」


が慌てて言うと、九郎は小さく笑った。そして、「安心した」と言う。は「え?」とこぼして九郎を見た。


「勝手に贈り物をして、お前を困らせたんじゃないかと思っていたんだ。・・・受け取るのを躊躇していた様だしな」

「あれは・・・瑠璃はとても高価なものですし、それを私などが九郎からいただくのは、と・・・」

「・・・私などと、そう自分を卑下するものじゃない」


九郎が真っ直ぐを見る。目を逸らしたいのに、逸らせない。


「前にも言ったが、立場とか、そんなものを気にする必要はないんだ。それに、立場なら、お前だって決して低くはないだろう?」


は熊野元別当の義妹だ。貴族であることに違いはない。しかし生まれは、わからない。それを気にしている面もある。


「・・・すみません。すぐには、答えが出ません。私もいろいろ・・・割り切れなくて」

「そうか・・・なら、少しずつでいい。少しずつ、進んで行こう」


九郎はぽんとの頭を撫で、部屋を出て行った。


“進んで行こう”


まるで共に歩くような言い方をする。は掌に転がしていた耳飾りを袋に入れ、ぎゅっと胸に抱きしめた。


「・・・ごめんなさい」


共に歩くことはできないだろう。変えなければ、ならないから。脳裏に浮かぶ光景に歯ぎしりする思いを抱きながら、決意を新たにしながら、はそれを首にかけ、胸元に想いと共に仕舞い込んだ。






























平家の軍勢は現在、屋島に集結しつつあるらしい。源氏が平家を追討するために屋島に向かう準備を始めた。摂津の港で四国へと渡る手はずを整えていた。


「・・・・・」


はその慌ただしい中、皆から少し離れて、半眼で船を見つめていた。正しくは、船とその浜など、風景。


(・・・違う。まだ、ここじゃ、ない)


だが近いのは確かだ。もうすぐ“その時”が来る。は衣の上から匂い袋をぎゅっと握りしめた。


(ごめんなさい・・・それでも、私は・・・)


届かない謝罪と、揺るがない決意。は出発だと朔が呼びに来るまで、そのまま一風景を見つめていた。

























どうやら一悶着あったらしい。逆ろをつけるか否かで、九郎と景時がもめたという。勝ちに行く戦で負ける準備をするな、逆ろをつける時間すら惜しいという九郎。自分達は海上戦には不慣れだ、万が一の時に備えて付けた方がいいという景時。どちら一理ある。その対立の話はあっという間に陣内に広まり、普段と変わって慎重な作戦を口にする景時の評判は下がっていった。加えて、大将である九郎に反対して逆ろをつけているのだから、余計にだ。


「どうしたのだろう、景時殿・・・」


水軍の身であるからしてみれば、逆ろをつけること自体は反対ではない。しかし、九郎に逆らってまで頑としてそれを行うのは、景時らしくない。案の定、逆ろの取り付けで景時の船は他の船よりも準備が遅くなり九郎は景時を置いていく決断を下した。望美は景時と一緒に行くと言い、源氏軍は景時の隊と望美を残し、屋島へと出発した。




















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