瑠璃の光にまどろむ
福原から有馬へ戻った。政子に事を報告すると、彼女はそれを頼朝に報告するために鎌倉へ戻って行った。疲労と重苦しい空気がのしかかる中、口を開いた者がいた。
「俺は・・・俺は、正々堂々と戦いたかった!」
声を荒げた九郎に目が向く。
「こんな後味の悪い勝利なんか、俺は望んでいなかった!」
「く、九郎、声が大きいよ。気持ちは分かるけどさ、もうちょっと声を鎮めてくれよ〜」
「九郎、どのような形であれ、勝利は勝利です」
景時と弁慶になだめられ、九郎も落ち着きを取り戻す。九郎は頭を冷やしたい、と陣の外へ出て行った。そのあとを望美らが追うと、外にいたヒノエたちと合流した。しかしどうもきな臭い話がある様子。平家の一部が、街に怨霊を放ち襲おうとしているらしい。さらに、怨霊を増やす計画まであるとのこと。
「烏の情報なら確かですね・・・」
「今この日ノ本でもっとも優秀な隠密は烏だと、私は信じて止みません」
半信半疑だった九郎も、それ以上は何も言わなかった。の信用が伝わったのだろう。これからどうするか決めるため、一行は集まった。京を守るか、鎌倉を守るか、倶利伽羅で怨霊の増量を阻止するか。決めるのは怨霊を封印できる望美の役目となった。望美はみんなに意見を聞いていく。家族がいるから、大切だから、怨霊を増やしてはならないから。様々な言の葉があった。
「さんはどう思います?」
「正直言えば、どれでもいいわ」
最後に聞かれたはそう答えた。
「みんなのようにどこかに、何かに思い入れがあるわけじゃないもの。熊野以外は」
「うーん・・・」
参考にならない答えを最後にしてしまい、望美が唸る。
「うん、決まった。鎌倉にしよう。源氏の本拠地だしね」
異論を唱える者は無かった。明朝有馬を発つ。みんなはやめに休息をとることになった。
は、陣を立てている柱を背にして座り込んでいた。何をするでもなく、何を考えるでもなく、ただぼーっと空を眺めている。いや、この眺めるという行為すら、していないのかもしれない。不意に砂をする者がして、はそちらへ目を向けた。
「?」
闇夜は浮かぶ白が近寄って来る。との距離数歩のところで彼は止まった。
「九郎・・・」
「眠れないのか?」
「・・・眠りたくないのです」
が答えると、九郎は首を傾げた。
「眠りたくないのです・・・夢を見るから」
「夢・・・?前に言っていた、“京が燃える夢”か?」
「いえ、それは回避されました」
緊張に強張った九郎の顔が、ほっと緩んだ。しかし今度は眉間に皺を寄せる。
「ということは、違う夢で苦しんでいるのか?」
「・・・えぇ、まぁ」
内容は、ときかれたが、九郎の関わるところではありません、とは言い、答えなかった。
「・・・きいてみてもいいですか」
「何をだ」
「もし・・・誰か大切な人が死んでしまう運命を知っているとしたら、九郎なら・・・どうしますか?」
「命を賭してでも」
大切な人、で九郎が誰を浮かべたのかはわからないが、答えは即答にも近いはやさで返って来た。
「わかっているのならば、その命、消させはしない。守ってみせる」
「・・・そう、ですよね」
は口元に小さく笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます、九郎」
これでまた、決意を新たにして進める。命に代えても、その命を守るのだ。
「・・・・・」
九郎は黙っていた。が首を傾げて「九郎?」と呼んでも返事は無く、彼はただに歩み寄って、その隣に座り込んだ。そして、ずい、と顔を覗きこまれる。
「・・・ッ!な、なに・・・」
「いつから、寝ていない?」
「!」
はっ、と目が見開くのが自分でわかった。気取られて、しまった。ここ数日、は夢を見るのが嫌で、ほとんど寝ていないのであった。
「・・・・・平均睡眠時間で畜産すると・・・三日は寝ていないかと」
「ッ・・・寝ろ!!」
「んなっ・・・!?」
突然頭を押されて身体が傾き、視界が回る。気づくと九郎の顔の背景には陣ではなく夜空があった。頭は地面ではなく、衣擦れの音のする場所に寝かされており、それが九郎の膝であることに気づくのに時間が掛かった。
「くろ「寝ろ」ぶっ」
慌てて起き上がろうとすると、顔を押さえつけられてしまう。眉間に皺を寄せて九郎の手を退けると、同じく眉間に皺を寄せた九郎の顔があった。
「・・・本当は、もっとはやくにきづいてやるべきだった」
「仕方がありません、戦の最中でしたから。もとより私も、気取られぬようにしていたので・・・」
「・・・それは、おまえの悪い癖だな」
さら、との前髪を九郎の手がかき分ける。くすぐったさと気恥ずかしさに、は九郎から視線をはずした。
「辛いことや苦しいことは、一人で内に抱え込んでしまって表に出さない」
「・・・」
否定はできなかった。現時点、今の夢の内容は望美にすら話していない。
「無理に話せとは言わない。全てをさらけ出せとも言わない。だが・・・今は眠れ。・・・眠ってくれ」
今度はそっと、の視界を隠すように、九郎の手の平がの両目を覆う。眠りたくないのに、こみ上げる安心感からか、睡魔が襲ってくる。ほどなくして、九郎の膝の上で寝息が立ち始めた。
「・・・すまない、・・・」
九郎の小さな呟きは、秋の風にかき消えた。
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