書き換えられし運命
平家と和平が結ばれる。鵜呑みにすべきではないが、可能性を信じ、一行は平家の本拠・福原へ向かった。
「さん」
「えぇ、わかってるわ」
この先の未来を変えなければ、また京が赤く染まる事になる。二人は
未来を変えるため、決意を胸に挑んだ。
やはり、北条政子によって奇襲を命じられた。なんとも言えぬ思いが渦巻く。頼朝の命だと言われてしまえば逆らえないのだ。
「・・・・・」
少し離れた所に、橙の長髪が目に入った。気丈に見せようとしているが、その背にはわずかに翳りが見える。
「九郎」
「!・・・か・・・」
考え事をしていたのだろうか。呼ばれたことに驚きながら、九郎は振り向いた。そして、俯いてしまう。
「・・・俺は、どうしたらいいんだ・・・」
「・・・・・」
「兄上の命は絶対だ。だが、こんな・・・!!」
九郎の表情が苦悩に歪む。和平を結ぶと見せかけた奇襲、そんな卑怯な真似はしたくない。だが九郎にとって兄である頼朝の命令は絶対なのだ。
「・・・私も、こんな下衆な策は、嫌です」
胸に押しとどめていた言葉を、今口にする。
「ですが、九郎にとって鎌倉殿の命令が絶対であることもわかっています。私は・・・九郎に従います。もし、明らかに外れたと思った時は、いさめ、止めます」
「・・・・・すまない、ありがとう・・・」
九郎が小さく頭を下げ、は目を伏せた。
「毅然としていてください。あなたは源氏の総大将なのですから」
「あぁ」
九郎が顔を上げる。もう大丈夫のようだ。とその時、景時と望美が二人の元へやって来た。望美が景時について行き、福原の正面である生田攻めに加わるという。九郎はそれを承諾した。
「一ノ谷を攻めるからめ手は、俺と弁慶、先生、それと・・・の四人でなんとかする」
「!」
ぱっとが九郎を見た。望美についていろと言われると思ったからだ。
「ついて来てくれるな?」
「もちろんです」
「よし。正面の生田の森の平家は任せたぞ、景時」
「御意〜ってね」
軽い言葉を九郎にいさめられながらも、景時は頷いた。
「望美」
「さん」
二人が近づく。顔を寄せ、小声で話す。
「この時点で、少し変化しているわ」
「景時さん一人で生田攻めをさせない、ですね」
「えぇ。あとは生田の攻めを成功させて・・・」
「一ノ谷は、崖からの奇襲は駄目ですよ!」
「わかってる。せめて物見をさせて様子を見なければね」
第三者には聞こえない声で話す二人を、周りは首を傾げながら見ていた。
「、話は終わったか?そろそろ出るぞ」
「はい、先生」
リズヴァーンを一人残して死なせないためにも、必ず成功させなければならない。望美とは頷き合い、別れた。
高尾山を越え、一ノ谷へ向かう。は不意に脳裏に浮かんだ残像に、額をおさえた。
「」
「・・・大丈夫です」
心配そうに顔を覗きこんでくる弁慶を手で制す。
「辛ければ言ってくださいね。薬で抑えられるものならいいのですが・・・」
「大丈夫です、兄様。必ず、変えてみせます」
「・・・?」
予知夢を見るとはいえ、この確固な決意は、見た事が無かった。弁慶は不安を覚えつつ、の横顔を見つめていた。
“以前”と同じく、九郎ががけを下りて奇襲をかけると言い出しだ。これをさせてはいけない。
「九郎、いくらなんでも、獣道の崖を下るのは危険ではないでしょうか」
「ありえないと思わせるからこそ、奇襲になるんだろうが」
九郎は簡単には引きそうにない。は、あせってはいけない、平静を保たねば、とひとつ息をついた。
「ではせめて、物見を出してはいかがですか?」
「物見、だと・・・?」
「万が一、ということもあります。平家方にももしかしたら、頭の回転が尋常でない者がいるかもしれません」
「・・・わかった。物見を出そう」
が半ば訴えるように告げると、九郎は渋りながらも物見を出すことを決めるのだった。
物見はほどなくして戻って来た。一ノ谷背後の崖は、やはり警戒されていた。崖を下りた鹿が矢に射られたのだと言う。奇襲が読まれていたことに九郎は愕然とした。
「、俺の無思慮をよく止めてくれたな。礼を言う」
「・・・いえ」
知っていたからこそできたことだ。だから、“前”はあんなことに―――。思い返しただけで身の毛がよだつ。崖からの奇襲をさせないことで、罠は回避できそうだ。一行は西から攻め入る事になった。
一ノ谷には、平家の兵はいなかった。西から攻めてくることに対して万全でなかった平家は、陣を放棄したのだった。そこへ、還内府が東へ向かったとの情報が入った。大輪田泊か生田。もし生田なのだとしたら景時たちが挟撃されてしまう。急ぎ、生田へ軍を進めた。
斥候からの情報によると、生田の森は散々らしい。源氏の軍は散り散りになり、森の外で体勢を整えているのだとか。
(このままでは・・・)
は意を決し、九郎に目を向けた。
「九郎、私は先に行きます」
「何?」
突然の申し出に、九郎が目を丸くする。
「早駆けしていき、いちはやく景時殿に加勢いたします」
「・・・わかった。気をつけろよ」
「はい」
は馬を走らせ、生田へ急いだ。
生田の森近くの浜に、彼らはいた。が合流するとみなが驚いたが、一ノ谷の奇襲が成功したことを告げると、一気に士気が高まったようだ。
「上手くいったんだね、さん」
「えぇ、あとはここ生田だけよ」
景時の号令の下、源氏の軍が反撃に出た。運命はもうすぐ、変えられる。
生田を突破していき、生田神社付近まで来た。ここが平家の本陣だ。そこで、待ち構えている者がいた。
「知盛殿・・・」
敦盛が呟く。は“彼”に目を向けた。滲み出る気は、九郎や景時に者とは幾分が違う、戦を“楽しむ”雰囲気がある。それ故、どこか不気味だった。は刀を握り直した。その隣に望美が立つ。
「ほぉ・・・源氏には二人も剣を握る女がいるのか・・・。気が強そうで・・・美しい、と言ってもいいな・・・。おまえたち、名は?」
「春日望美。白龍の神子の、春日望美だよ」
「・・・。私は一介の武人だ」
「お前が源氏の神子か・・・一度手合わせしてみたいと思っていた所だ」
知盛が二刀を抜く。緊張が、奔る。
「そちらは、一介の武人と言ったが・・・その気は一介のでは言いおさめられないだろうな・・・」
「・・・・・」
は黙って、もう一刀を鞘から引き抜いた。知盛と同じように、両手に一刀ずつ握る。
「クッ・・・こういうのを、“ラッキー”とでも言うんだろうな・・・」
(ラッキー・・・?それは確か、将臣が・・・)
この時代には無い、遠い未来の言葉。それを知盛が知っているということは、やはり将臣は“あちら側”なのだろう。だが今は気にしている場合ではない。知盛の剣が、望美の剣と打ち鳴らされた。
知盛に刀を向けられると、“前”の“最期”を思い出す。一瞬にして消えた意識。恐怖が全くないと言えば嘘になる。それでも、退くわけにはいかなかった。望美も、またも、“以前”より上達している力で、知盛に立ち向かった。
圧倒的付利ととったのか、知盛はやがて退いて行った。楽しませてもらった、と。楽しみが増えた、と。望美に向けて。知盛が退くと、兵たちも生田を捨てて逃げ出した。追撃するため、大輪田泊へ向かうことになった。
大輪田泊では、平家がすでに船に乗って逃げようとしていた。源氏には船が無い。沖へ出られたら追う事は出来ない。急ぎ港へ向かった。しかし、港に着いた時にはもう、平家の舩は沖へと逃げてしまっていた。その後九郎たちが合流し、源氏も陣へ戻る事になった。
「、怪我は無いか?」
「えぇ、あってもかすり傷です」
「・・・ということはあるんだな」
「手当はすでに朔にしてもらっているので大事ありません」
「・・・そうか」
どこか煮え切らない九郎の様子には首を傾げる。
「九郎?」
「九郎は心配していたんですよ、のことを。思い詰めたような顔をしていましたし」
「・・・あれは」
弁慶に言われ、口ごもる。あれは、悟られてはいけない。
「ありがとうございます。ですが、ぴんぴんしているので大丈夫です」
「あぁ・・・よかった」
ぽん、と頭に手を置かれ、一瞬時が止まる。その背はすぐに離れて行ったが、は小さく「人の気も知らないで」と呟いたのだった。
運命は変える事が出来た。これで京が燃える事はない。だが、ここからはまた真っ白から始まる。一層気を引き締めなければならない。また、の夢も、この先を見ているのだった。
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