熊野の意志
本宮大社の入り口で、やはり、敦盛は弾かれてしまった。清浄なる結界の中に、“穢れた”敦盛は入る事が出来ない。またが一緒に待っていようかと思ったが、その前に望美が動いた。
「どうにかして敦盛さんも一緒に入れないかな・・・」
「望美・・・」
嬉しかった。その心遣いが。自然と笑みが浮かぶ。
「う〜ん、旅の途中で何か穢れにでもあたったのかな。あっ、だったらさ、先代の地の玄武がやった方法を試してみたら?」
さすがは陰陽師といったところか。景時はこのテには詳しいようだ。
「先代の地の玄武は、京の気を探る時、神子の力を借りたんだってさ。その時、神子の手を握る事で、清らかな気を分けてもらったんだって」
「なるほど・・・確かにそれならいけるかもしれない」
は望美を見た。望美は頷き、敦盛に手を差し出す。
「敦盛さん、手を出してください」
「えっ?あ、あの・・・私に触れてはいけない、神子。私は、穢れていて、その・・・あっ」
敦盛が後退しかけた所を、が背後から止める。
「敦盛、神子の好意を無下にするの?」
「だが、姉様・・・」
「敦盛さん」
背後には、前方には望美。逃げ場のない敦盛の手を、望美がとった。
「行きましょう」
「・・・あぁ」
望美に手を引かれ、敦盛が歩いて行く。その背を見つめながら、は望美に感謝した。は敦盛が“そこ”へ行く事を諦めていた。だが望美は諦めず、敦盛の手をとった。そして実感する。やはり望美は“神子”なんだなと。
(ありがとう、望美。これで少しは敦盛の心が晴れればいいんだけど)
可愛い弟分が無事本宮大社の敷地内へ足を踏み入れたことを確認し、もまた足を進めた。
出迎えたヒノエに連れられ、本宮の中へと入る。中に“頭領らしい人物”の姿は無かったが、ちゃんと話は聞いているとヒノエに言われ、望美は熊野への協力要請を申し出た。そして、問われた。
『この戦、源氏は勝てるのか?』
望美ははっきりと「勝てる」と言ったが、現時点での状況は源氏に不利。熊野が要請を受け入れることはできないと、はっきりと言われた。
「あんたもそれでいいね?副頭領」
「え!?」
ヒノエの視線の先に、皆が注目する。そこには、がいた。
「が熊野水軍の副頭領・・・?ならばなぜそのように・・・!」
「私が副頭領だとあなた方に告げていても、この結果は変わりませんでしたよ。熊野は源氏にはつかない。しかし、平家にもつきません。熊野は中立を貫きます。・・・いいですね?」
最後に向けられたのはヒノエと頭領代理の男だった。二人はの確認に頷く。一行は今晩は本宮大社へ泊ることになり、部屋へと案内されていった。
夜、静まり返った暗き闇に、ひとつの筋が入った。
「これは・・・敦盛の笛・・・?」
心安らぐのその音色に導かれるように、は外へ出た。少し歩いていると、敦盛を見つけた。
「姉様・・・」
「久しぶりにきくわね、敦盛の笛。澄んだ、綺麗な音色になったわね」
「・・・・・」
敦盛が俯く。褒めているのだから自信を持ってほしいが、どうしてもこういう性分なのだろう。
「敦盛、私、“わかっている”の。敦盛の、穢れのこと」
「・・・!?」
“以前”は川のほとりで話したことを、夜の暗がりの中で話す。怨霊になってしまったとしても、再び会えて嬉しい、と。
「・・・ね、敦盛、笛を奏でて」
が立ち上がり、スラリと二本の刀を抜く。
「私も久しぶりに、舞うわ」
「・・・あぁ」
敦盛の笛の音に合わせてが剣舞を舞う。その姿はまるで、暗い闇の中を堂々と突き進む、しなやかな猫のようだった。
翌日、本宮大社をあとにするとなった時、ヒノエがやってきた。水軍を貸す事は出来ないが、ヒノエ自身はついてくるという。望美たちは喜んで彼を迎え入れた。
「あっ、そういえば」
「ん?」
突然声を上げた望美に、視線が集まる。
「今更なんだけど・・・さん、副頭領なんでしょ?このまま私達についてきて大丈夫なの?」
「あぁ、そのことね・・・」
ちら、と“彼”を見るが、素知らぬフリをしている。
「大丈夫よ、部下たちは優秀な者ばかりだから」
「部下?頭領じゃなくて?」
「あー・・・えぇ」
再び目端で見るが、やはり我関せずを貫いている。
「頭領は・・・いえ、頭領も、出歩き癖があるから・・・」
「それは・・・部下の人たちがしっかりするのもわかる気がしますね」
一体誰を思い浮かべたのやら。譲が一息ついて苦笑する。かくして一行はヒノエを加え、京へと戻ったのであった。
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