その瞳に、心、乱される
着替えて居間に行くと、人が増えていた。譲の兄で望美の幼馴染の有川将臣だ。そして、八葉の一人。彼も本宮に用があり、それまで一緒に行く事になったらしい。いつの間にか話が進んでいた。
「、遅かったですね」
「ちょっと、夢見が・・・」
「・・・また、夢を?」
弁慶の表情が少し険しくなる。と、後ろから「あー」と間延びした声がきこえてきた。
「とりあえず、紹介だけしてくれるか?」
「あぁ、そうですね、すみません」
将臣に笑う顔はいつものそれだ。弁慶はを前へ出した。
「僕の妹で、といいます」
「どうも」
「妹?にしちゃあ・・・似てないな」
将臣が弁慶とを見比べる。
「血は繋がっていないので」
「あー・・・なるほどな」
なんとなく気まずくなったのか、将臣が頬をかく。
「それでもが僕の可愛い妹であることに違いは無いので」
「可愛いは余計ですが、それは間違いなく」
「・・・シスコンブラコンってやつか」
「しす・・・?」
「気にすんな」
将臣が笑う。意味がわからず首を傾げるが、あちらの言葉なのだろうから、知らなくても仕方がない。
ともあれ一行は将臣を仲間に加え、本宮大社へと向かうことになったのだった。
田辺へ着くと、“以前”と同じように赤い彼が現れた。同じように望美に甘い言葉をささやき、去っていく。やれやれと思いながら彼を見送り、先へ向かった。
日置川峡ではやはり、砂嵐が巻き起こった。望美は大丈夫だとわかっていてもはらはらするもので、白龍が望美を助けると安堵する。怨霊を一閃して望美たちを迎えに行き、先へ進んだ。
勝浦でヒノエの登場も熊野川の増水も同じように起こり、一行は足止めを食らった。はまた“以前”と同じように、浜辺へと出ていた。
「海が恋しいのか?」
「・・・まぁ」
予測できていたことに、さほど驚く事も無く振り向く。
「完全に気付いていないと思ったが、気付いていたのか。お前はやはり気配を読むのが得意なんだな」
九郎の言葉に苦笑で返し、顔を海へ戻す。まさか、知っていたから、なんて言えない。九郎が隣に並んだ。
「なぁ、」
「なんでしょうか」
「・・・・・いや・・・」
九郎が口ごもる。“以前”もそうだった。彼は何が言いたいのだろうか。
「九郎、何か聞きたい事があるのでは?」
「・・・あぁ」
“以前”とは違う選択をしてみる。彼の行動は変わるのだろうか。
「昔は、兄妹弟子として、友のように、兄妹のように過ごしていたな」
「・・・えぇ」
「だが、今は・・・おまえと、距離を感じる。一線を、引いているように感じる」
言って九郎がを見る。だがは無表情に海を見つめている。
「私は、己の立場をわきまえているだけです」
「立場・・・?」
九郎が怪訝そうに眉をひそめる。
「あなたは源氏軍の総大将殿、私は一介の熊野水軍。その立場の違いを、わきまえているだけです」
「なっ・・・」
九郎は衝撃に目を見開いた。そんなことを、と口が動いた気がする。
「あなたと私は違うのです、九郎」
の視線が砂に落ちる、ザッと足音がした。怒って帰ってしまったかな、とは一度目を伏せる。だが、再び目を開けた時には、視界に砂以外のものがあった。
「・・・え」
顔を上げると、そこには厳格な表情の九郎がいた。怒っているのか、絶望したのか、よくわからない、複雑な色。
「くろ「お前と俺が違うことなど無い」
遮られ、がひるむ。九郎は構わず続けた。
「俺もお前も同じ人間だ。生まれや育ちが違おうと、それは変わる事は無い」
ぽん、と頭に何か乗せれられた。かと思うと目線が同じになっており、彼の双眸が近くにある。
「俺とお前が違う事など、無いんだ、」
「・・・・・」
その真っ直ぐな瞳に射抜かれるようで、耐えきれなくなって、は目を落とす。ゆっくりと、九郎が離れた。
「・・・どうして、あなたは」
そんなに私の心をかき乱すの。どうして突き放してくれないの。
「・・・お前にも思う所があるんだろう。すぐに直せとは言わない。だが、覚えておいてくれ」
それと、近すぎた、すまない。それだけ言って、九郎は浜辺を去って行った。
はまだしばらくそこに居た。再び海を見つめ、そこに浮かぶ船を目に映すと、脳裏に浮かぶ光景。
崩れる、身体。赤い、鮮血。冷たくなっていく、肌。
「・・・ッ」
は顔を苦に歪め、目を閉じた。
「絶対・・・絶対あんなことにはさせない」
私が、あの人を守る。想いは、この行動に閉じ込めて。
もう一度海を見据え、は背を向けてみなの待つ宿へと戻った。
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