引き際





















緑葉が目立ち始めてきた夏前、京に現れる怨霊の数も増えていた。さらには平家の軍が三草山に集まっているという。これが京へ進行するものだったとしたら、食い止めなければならない。
三草山に着いたのは夜だった。意表ついて夜戦を仕掛けるのが良いのだが、京の防衛陣を敷いてから来る景時が合流しない事には攻めるに攻められない。今はしばし休息をとる事となった。


「・・・・・」


はぼうっと松明の炎を見つめていた。火には心を落ち着かせる作用があると言うが、確からしい。だが、不意に風で火があおられ、一瞬ごうっと燃え盛る。


「・・・ッ!!」


すると脳裏にあの光景が浮かび上がって来て、はこめかみを押さえた。


「大丈夫か?


突然顔を覗きこまれ、はっとする。深呼吸をし、「大丈夫です」と答える。


「譲と同じように休んでいていいんだぞ」

「・・・いえ、今眠ってしまうと、また、見てしまう気がするので」


もう一度九郎に「大丈夫です」と言う。九郎はまだ心配そうだったが、「無理はするなよ」とだけ言って離れて行った。九郎の背を見送って、ひとつ息をつく。彼を、こんなじちでわずらわせるわけにはいかないのだ、と。




















景時の隊が合流し、さっそく攻めるに至っての作戦を立てる事になった。作戦、といってもこのまま平家の陣を叩くというものだ。


「だめです。このまま攻め込んじゃいけない!」


しかし不意に、予想外の所から上がった声に、みな少なからず驚く。


「望美?」


まずは少数で偵察に行くべきだ。彼女の言い分はそれだった。そして景時がすぐに賛成を唱え、偵察に行く事は決定となった。陣を離れるわけにはいかない九郎を待たせ、神子と八葉一行は山ノ口へ偵察に向かった。





















山ノ口付近で、景時が急に、「何か変じゃない?」と口にした。だが白龍は「嫌な感じはしない」と言う。他の皆もただ首を傾げるしかない。


「もしかしたら・・・敵がいないんじゃないでしょうか」


が呟くと皆が驚き、景時がうんうんと頷いた。


「人の気配が無さすぎます。息を潜ませているにしても」

は人の気配を読むのが得意ですから・・・間違いは無さそうですね」


弁慶の言葉に、そうなのか、とみんなが納得する。陣はもぬけの空。それを確認をするためにも、歩を進めた。
山ノ口の陣は本当にもぬけの空だった。そしてその場をよく確認し、リズヴァーンが新しい足跡を発見する。景時が部下に命じてその足跡をたどらせ、敵の本陣が鹿野口にあることを突き止めた。一行は報告し新たな作戦を練るため、一度源氏の陣へと引き上げた。


















陣に着いて報告すると、九郎、弁慶、景時が打ち合わせを始めて、他の者はしばし待つことになった。しばらくすると招集がかけられ、作戦を説明する。三草山を越えて鹿野口を目指すのだ。源氏の軍勢は、暗い道を進行していた。だが不意に、目の前が赤く染まる。


「なっ・・・!」


勢いをどんどん増して大きくなるのは、赤い炎。すぐに消火の命令を出すが、兵たちは動揺して上手く動けない。


「慌てた所で火が消えるの!?落ち着いて対処しなさい!」


見ていられなくなったが声を張り上げる。これでなんとか動き出した兵もいるが、火の勢いは冷めやらず。ついには後続の部隊が、完全に火に囲まれてしまった。


「大変!助けに行かなくちゃ!」


望美が意気込む。だが。


「ここは先へ進みましょう」


熱い炎の中で、冷えた声が通った。


「弁慶・・・!」


彼は言う。このままここに残ってもやがて火に囲まれてしまうだけ。ならばまだ動けるこの部隊で本陣を叩く、と。


「それは・・・火に囲まれた仲間を見捨てるということ?」

「そういうことになります」


朔の率直な問いにも、弁慶は冷静に答えた。


「・・・・・」


は目を閉じた。どうすべきか。


「・・・行きましょう」

・・・!」


が苦の声を上げる。


「他に、手は無いんです。このままここにいては私達もすぐ火に囲まれる。なら、進むしか、ないんです」

「・・・・・」


も九郎も意を決して顔を上げた。


「俺たちだけで、平家の本陣を叩く。いいなっ!」


九郎の号令に、源氏の兵が声を上げる。皆心に嫌なものを残しつつ、足を進めた。



















平家の本陣で待っていたのは、平経正だった。は彼のことを、人伝いに知っていた。心優しい、琵琶の名手だと。彼は、この先へ行こうものなら戦わねばならないと口にする。


「わかりあう事は出来ないの?」


不意の望美の言葉に、経正も視線を落とす。


「ここで退いてもらえないのなら、やはりたたかうしかない」


経正はどうも、戦うのを避けたいと言っている気がする。望美は一か八かかけてみた。


「九郎さん、後退してはいけませんか」


それは言われた九郎のみならず、みんなが驚いた。


「何を言っているんだ!敵を前にして退けと言うのか!?」


「待ってください、九郎。元々、この戦いは平家が京へ攻め上がるのを止めるためのもの。互いに退くなら目的を達せられます。火攻めで兵を失っている今、戦わずに済むなら、それに越した事は無いんですよ」

「・・・・・」


弁慶の言葉に、九郎は冷静さを取り戻す。結果、源氏も平家も、三草山から兵を退く事になったのだった。




















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