夢への決意
望美と弁慶に連れて来られたのは、二人が世話になっているという、梶原景時の邸。主の妹・朔と挨拶をかわし、世話になることを告げる。しばらくすると景時が帰ってきて、これとも挨拶をかわす。続いては、彼と一緒に帰って来た、九郎。
「・・・・・」
「・・・・・」
「ど、どうしたんですか?二人とも」
“以前”は朔の手伝いに行った望美だったが、“今回”は二人が気になってこちらに来ていた。険悪、とも違う空気が流れる。
「・・・久方ぶりでございます、“九郎義経殿”」
「ッ・・・なっ・・・」
九郎が戸惑いの声を上げる。望美もこれには驚いた。確かには九郎には敬語で話していたが、呼び方まで始めはこうだったとは。どうしてこんなによそよそしいのだろう。続いて出てきた話も、は九郎には一線引いたような言い方をする。
「・・・やめろ」
やがて九郎がうなった。
「お前が“九郎殿”なんて、呼ばないでくれ、。勘弁してくれ。昔のようにしてくれ」
「・・・わかりました、九郎」
“昔のように”・・・それはどんなことだろう。昔を知る弁慶をちらと見れば、彼は何とも言えない様な、少し切なげな表情をしていた。
夕餉の席で残りの仲間と挨拶をかわし、また望美はを引き留める事を忘れなかった。しかしやはり夕刻の事が気になっていた。何があったのだろう。いや、九郎のあの様子では何かあったわけではなさそうだ。の心情の問題だろうか。他人の事をぐるぐる考えてもさっぱりわからない。かといって本人に聞くのもどうかと思う。九郎や弁慶にきくのも、気が引けて。
「なんでなんだろう・・・さん」
想いを閉じ込めて、一線引いて。だめだ、わからない。望美はいつか機会があればさりげなくきいてみようと、布団をかぶった。
真っ暗な闇に突如浮き出る赤。それはメラメラと大きくなり、やがてその光景は見覚えのある町並みになる。朱に包まれる町の中に立ち尽くす。身体を動かそうとするのに動かない。ぱっと景色が移り変わる。今自分がいる場所。ここも主に包まれている。中から出てくる人々。顔が良く見えない者もいるが、ただ一人鮮明な者がいた。だめだ、逃げて、逃げて。思うのに、口も体も動かない。ただその光景を眺めているだけ。やがて、彼の身体に、無数の―――
「・・・・・っはっ・・・!」
大きな息遣いで、目を覚ます。酷く乱れた呼吸、身体中に滲み出る汗。本当に眠っていたのかと疑う様だ。
「・・・っはぁ・・・」
ようやく呼吸が落ち着いてきて、は右手で顔を覆った。
「・・・夢」
あれは、なんだ。なぜあんな夢をみる。あれがもし、前にも見ていた、出来事を予知する夢ならば。
「京が
また、燃える・・・?」
呟いて、はた、と止まる。今、何と言った?
またと言ったのだろうか。確かに平家が京を落ち延びる時に六波羅が焼けたが、あの時とこれはまた違う。
「・・・いったい、なにが」
何が起こっているのだろう。考えようとすると、頭がズキリと痛む。
「・・・・・」
今考えても仕方がないだろう。いつ起きるかわからない以上、ゆっくりとはいかないが、心に留めておこうと、は思うのであった。
「おはようございます、さん」
居間へ行くと、譲と朔が朝餉を並べている所だった。
「・・・おはよう」
「さん?どうかしましたか?顔色があまり良くないみたいですが・・・」
「大丈夫、ちょっと夢見が悪かっただけ」
「・・・さんも?」
譲の声に、は「え?」と顔を上げる。
「譲も・・・?」
「えぇ・・・なんだか変な夢を見て」
「まぁ、二人とも夢見が悪いなんて・・・。夜に、弁慶殿に安眠薬をいただいてはどうかしら」
朔が心配そうに二人を見る。
「そうね・・・そうするわ。ありがとう、朔」
が微笑みかけると、朔はほっとしたように支度に戻った。
「夢?」
朝餉の話題に上がったのは、が見たという夢だった。
「えぇ、京の町が・・・炎に包まれる夢で」
「うわぁ・・・それは縁起悪い夢だねぇ・・・」
「もう、兄上!」
朔が景時の軽口をたしなめる。ごめんって、と笑う景時をよそに、望美は何とか動揺を隠していた。まさか、あの時の?
「、それはまさか、あの?」
望美がきこうと口を開こうとした前に、弁慶が問うた。は渋い顔で、「おそらく」と答えた。弁慶の表情も険しいものとなる。
「何?なにかあるの?」
「の夢は・・・現実となることがあるんです」
やっぱり、と望美は目を見開いた。仲間内にも動揺が走る。
「予知夢・・・ということですか?」
「そうなりますね」
「京の町が燃えると言うのか!?ばかな!」
九郎が声を張り上げる。それを弁慶が「落ち着いて下さい」とたしなめた。
「見た夢全てが現実になるとは限りません。だから“おそらく”と言ったのです」
いや、それは当たっている。運命を変えなければ、その夢の通りになってしまう。
「これが現実になる予知夢だとしても、私はこんなもの、変えます」
そう言ったの瞳は揺るがず、決意に満ちていた。
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