絶望を越えて
京へ戻ったしばらく後、鎌倉から書状が届いた。九郎は福原で敗戦した責任を問われ、源氏の総大将の任を降ろされた。代わりに戦奉行である景時が軍を預かっている。九郎は京にて謹慎になり、頼朝から許しが出る様子はない。それでも九郎は頼朝を信じている様だった。
「・・・だから、信じすぎだと」
呟いた言葉は、おそらく隣にいたヒノエにしか聞こえていない。彼は肩をすくめただけだった。申し開きの為に鎌倉へ下向すると決意した九郎は、軍を景時に任せ、京を出る事になった。
「・・・九郎、私も行きます」
「?」
困惑の表情で九郎がを見る。は元々源氏の人間ではない。それが、なぜ鎌倉へと。
「道中、何があるとも限りませんから」
「お前、まさか兄上を―「心配なの」
九郎を遮り、は真っ直ぐ彼を見据える。
「心配なの、あなたが」
「・・・・・わかった」
根負けし、九郎が頷く。そして、望美や白龍も共に行くと言い、譲も一緒に行く事となった。龍神とその神子の口添えは効果があるかもしれないと。京を残りの仲間に任せ、九郎らは鎌倉へと旅立った。
鎌倉へは無事に着く事が出来た。しかし、半月たっても、頼朝への目通りはかなわなかった。文を何通出しても、頼朝からの音沙汰はない。このままでは埒が明かない。文で駄目なら、直接・・・時期談判をしに、大倉御所へと向かう事になった。
(九郎は・・・まだ、鎌倉殿を慕い、信じているのか)
兄弟の絆というものなのだろうか。この場合は、一方的な、だが。考えつつ歩いていると、不意に辺りが騒がしくなってきた。市などの賑わいではない。やけに慌ただしい。何かあったのだろうかと通りかかった女人に話を聞き、驚く。
―――平家が今日に攻め上がっている。
急ぎ大倉御所へと向かった。しかし、門前であしらわれてしまう。
「兄上・・・どうして会ってくださらないのですか?」
「・・・・・
九郎が門を叩く。反応は何もない。この扉は九郎の前で開く事は、無い。
「・・・これでもまだ、鎌倉殿を信じるというのですか?」
「何・・・」
「あなたは鎌倉殿に見捨てられたも同然なのですよ」
「ッ・・・!!」
ガッと九郎がの胸倉を掴みかかる。
「九郎さん!」
「お前に何がわかる!?信じ続けていた方に・・・このようなことを・・・これが・・・お前にわかるか!?」
「わかりませんよ」
九郎の怒声とは逆に、の声は落ち着いている。否、そこには確かに怒気がこもっていた。
「だから、言ったではありませんか。あなたは、“信じすぎ”ですと」
の拳がぎゅっと固く握られる。
「あなたのこんな姿、見たくはなかった!!」
その目には怒りと、悲しみと、切なさが浮かんでいる。九郎は力なく手を降ろした。
「・・・今は、他にやるべきことがあるでしょう?」
「そうですね、京を、守りに行かなくては」
の言葉に譲が頷く。
「・・・そうだな。今日へ向かおう」
九郎も決意改め、顔を上げた。五人は急ぎ支度を整え、鎌倉を後にした。
「・・・九郎」
不意に、が九郎を呼ぶ。前を向いたまま、彼は「なんだ」とだけ返した。
「・・・申し訳ありませんでした。あのような事を言って」
「・・・いや・・・そこは確かに、俺の甘さだったんだろう」
「私は、そこは、九郎の短所であり、長所だと思っています」
仲間を信じる強い心。九郎にはそれがある。それが強いために、裏切られた時の衝撃が激しいのだ。
「だから・・・これからも仲間を信じてください」
「あぁ・・・ありがとう」
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