犠牲の上に
熊野から京へと戻って来て耳にしたのは、源氏と平家が和平を結ぶという話だった。和議は平家の本拠である福原で行われるとのことなのだが、はどこか引っかかりを感じていた。
(熊野への協力要請直後に和平?)
結局熊野は中立を貫く事になったのだが、それにしても話がおかしい。熊野の協力を得られなかったから和平、など。疑問を抱きながら福原へ向かっていると、それは、現実となった。福原の近く辺りまで来て知らされたのは、福原へ奇襲をかけろという命令だった。鎌倉殿―頼朝の名代としてこの場にいるのは、正室の北条政子だ。正室が出てくるのであれば和議を結ぶのであろうと、弁慶も油断していた様だ。この和議すら、頼朝からの平家追討の一部なのだという。
「・・・・・」
喉元から出かけた言葉をは飲みこんだ。後白河天皇も同様の考えだと言われてしまえば、反抗できなくなる。さらには、すでに景時の隊が出ているのだという。それをきき、迷っている暇などないことを思い知らされた。今から生田へ行くのでは遅い。平家の背後をつくため、一ノ谷へ向かう事になった。
「・・・・・」
「さん、大丈夫?」
眉間を押さえていると、望美が心配そうに声を掛けてきた。
「え、えぇ、大丈夫。ちょっと・・・夢見が悪いだけ」
脳裏に浮かぶのは朱。はかぶりを振った。
「大丈夫、戦いに支障はないから」
笑ってみせると、のぞみはまだ心配の色を残しつつ離れて行った。それを確認し、息をつく。
(本当に、こんなことが起きるのだろうか・・・)
今まで見てきた夢と同じだと思う。だが、思いたくない。は先頭を行く背を見つめた。
一ノ谷の背後の、崖の上。九郎はこの崖から奇襲をかけようとしている。斜面は急すぎて、よほどの馬術の腕が無ければ難しいだろう。自信のある者だけが崖を駆け降り、残りの者は西から迂回することになった。
「九郎、私も行きます」
「お前、馬術は」
「これでも兄様よりは上です」
九郎が確かめる様に弁慶を見る。弁慶が苦笑しながら頷くのを確認すると、九郎も頷いた。
「よし、来い!」
「はい」
「行くぞっ!者ども、俺に続け!」
馬を駆けさせ、九郎が崖を降りて行く。も馬を走らせて後に続いた。
奇襲は成功した―――と、思われた。しかし平家は伏兵を配置していた。罠にかかってしまった源氏軍は、西へと逃げるしかなかったのだが、それすらも阻まれてしまう。とそこで、リズヴァーンがおもむろに前へ出た。
「先生?」
「私が隙を作る。お前達は逃げなさい」
「先生!?」
リズヴァーンの言葉に、戸惑いを隠せない。
「先生、何をおっしゃっているのですか!」
が進み出ようとするが、リズヴァーンは背を向ける。
「お前達は逃げて―――生き残りなさい」
「先生!!」
鬼の一族の力、遁甲を使い、リズヴァーンが姿を消した。
「先生一人で戦わせるなんてできない!」
「待ちなさい望美!!」
望美が剣を手に戦局の中へ駆け戻っていく。急ぎ追いかけるが、追いついた望美は、敵の矢に射られていた。
「望美!」
「先輩!!」
幸い急所は外れている。応急処置をし、ヒノエの煙幕によって隙を作り、戦線を離脱した。
一ノ谷を少し離れた場所で、望美は意識を取り戻した。手当てをし、急ぎ高尾山まで戻る。福原方面を一望できるところで、生田側も源氏が負けた事を悟った。有馬に着くと気が抜けたのか、再び望美の意識が沈む。その間、景時は何とか無事に生田から逃げ帰って来たが、リズヴァーンは、戻ってはこなかった。
望美は陣の入り口でリズヴァーンを待つことにしたらしい。八葉の皆やが探しに出たが、一行に見つからない。おそらく、もう。
「・・・望美」
夜になると気温が下がり、我慢していたものが出てしまったのか、望美はまたもや気を失った。は、政子と九郎、弁慶が話しているのを遠目で見た。九郎は、何を思うのだろうか。九郎が陣の外へ出るのを見ると、も後を追った。
「先生を、待っているのですか」
「!」
後ろから声を掛けると、勢いよく振り向く。
「・・・」
「休まなくていいのですか?」
「・・・そんな気になれなくてな」
九郎が俯く。はそんな九郎の姿に、歯を噛みしめた。
「・・・それで、どうするんですか」
「・・・何を」
「待って、待って、先生は帰ってくるのですか?」
「・・・・・」
本当は、九郎とてわかっているはずなのだ。
「先生は、これを望んでいるのですか?」
「・・・先生は・・・」
望んでなど、いない。
「九郎、あなたは忘れてはいけません。先生から受け継がれたものを。なにがあっても、あなたは生き残らなければなりません」
「それは、お前も同じだろう、」
「・・・私は」
瞳が、一瞬揺らぐ。どうか気づかれませんように。
「私は私の意志で、戦い、守ります」
先生の意志は継ぐ。九郎たちのものとは、別のものを。必ず、九郎たちを、生かすことを。
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