降臨せし龍神の神子





















時が経つのははやいもので、が京にとばされてきてから、約二年の月日が流れた。月日を重ねるうちに京の気が淀んでいくのを感じていたは、京に起きている異変も、聞き及んでいた。なんでも、京を守る四神が、京を狙う鬼の一族の手におちたのだという。鬼の一族・・・には正直“人”との違いがよくわかっていなかった。金の髪、あおい瞳、端正な顔立ち。身体的特徴だけをきくと、欧系外国人のように思える。鬼の一族は外見の違いに加え、人にはない力をもっているため忌み嫌われているそうなのだが、鬼を見たことすらないには判断のしようがなかった。
そんなある日は、父・友雅に連れられ、七条に来ていた。昨夜友雅は、“龍神の神子”を見たのだという。御簾越しにだが話した、とも。龍神の神子は、京が危機に陥った時に現れるといわれる伝説の存在。その龍神の神子に仕える星の一族の末裔、藤原家の姫、藤姫に頼まれ、龍神の神子を探しているのだとか。確かにも、昨夜は気が揺れるような、ざわつくような、不思議なものを感じ取っていた。それが神子の神気だったのかもしれない。七条を選んだのは、屋敷を出てからふと、こちらだとが感じたからだ。の感覚を信頼している友雅は異を唱えることなく、目的地をそちらに決めた。そして、現在地七条。


「・・・静かすぎますね」

「そうだね・・・」


七条は人で賑わっていて、静かどころか騒がしいくらいである。しかしこれを“静か”と称するには理由があった。動物たちが身を潜めているのだ。犬も、鳥でさえも。


「人では感知できない危険を察知しているのでしょう。父上、お気を付け下さい」

「・・・


呼ばれ、は「はい?」と友雅を見た。友雅の視線は一点を見つめていて、顔向きは戻さないまま、目であちらを、と促される。そのままは顔をそちらへ向け、目を見開いた。


「うわぁ、なつかし・・・」

「懐かしい?」

「い、いえ、こちらの話です」


思わずこぼれてしまったものを隠すようにこほんと咳払いをする。そして再びその背中を見つめた。この時代、この京の町で見る事は絶対にないと思っていた、高校の制服。緑の制服はあのあたりでもあまりなかったなぁなんて思いつつ、は「彼女ですね」と言った。返って来たのは「あぁ」という短い返事と、彼の動く気配。え、と思った時にはすでに遅く、友雅は彼女に近寄って行った。


「さっきから、何かを捜しているのかね?」

「えっ?」


後ろから声を掛けられ、少女が振り向く。ボブカットで快活そうな、どこにでもいるような少女だった。


「良ければ一緒に捜してあげようか?」


その言い方に、追ってきたは「もう」とこぼした。


「あのー、どこかでお会いしました?」

「つれないね、私の事を忘れたのかね」


友雅が彼女と距離を詰める。の顔が変化していたが、ひとまずは見守る事にしたようだ。友雅は耳打ちできるところまで顔を近づけると、呟いた。


「簾越しに言葉を交わしたじゃないか・・・?」

「!!」


びくっと少女の肩が震えたのがわかった。友雅の声は一言で言うと、良い。耳元で囁かれたら誰でもあぁなってしまいそうだ。慌てて少女が逃げようとするが、友雅は腕を引いてそれをさせまいとする。が、そこでは異変を感じた。


「父上!」


ピシ、と大きな音がした。地面を見れば、彼女の足元には亀裂が入っていた。慌てて二人に駆け寄り、座り込んだ少女の元に膝をつく。


「父上、おふざけがすぎますよ!」

「悪かったよ」

「えっ、えっ、なにこれ・・・!?」


少女が慌てふためく。自分がやった、ということはなんとなくわかるようだ。


「落ち着いて下さい。とにかく、落ち着いて。感情が高ぶっては力がさらに暴走するだけです」

「力?なんなの?これ、なんなんですか!?」

「だから、落ち着いて下さいと・・・!龍神の力は私にも皆無です。抑え方などわかりません・・・!」

「私、そんなもの・・・!」


また、ピシッと地面が音を立てた。それはどんどん広がり、まわりにいた人々が、恐怖に慌てふためき逃げ惑う。地面が弾け、怪我を負う者もいた。


「これは・・・」

「神子の力が龍脈を伝って溢れ出しているようです。このままでは、この地一帯が崩壊します・・・っ」

「なんとかできないのか、

「・・・申し訳ありません。さすがに、龍脈に影響できる力は持ち合わせていません・・・っ」

「これ、私が・・・?私のせいなの?だったら、お願い、止まってよ!!」


少女が渾身の力で訴え叫ぶ。ぐらりと身体が揺れた気がしたが、それは突如あわられた影に支えられた。


「詩紋くん・・・!?」


彼女にぎゅっと抱きついたのは、金に近い髪を持つ少年。彼の服装にも見覚えがあった。あれは高校の近くの中学の制服だ。そしてもう一人、彼女の近くに立った者がいた。


「頼久殿っ!」


藤原家に仕える武士団の、源頼久。彼は刀を手にし、彼女の足元につきたてた。キィィィンと金属の音が響き、やがて地響きや地割れはおさまった。


「頼久、お前、龍脈を斬って神気をなぎはらったな・・・無茶するねぇ」

「・・・・・」

「頼久殿?左耳がいかがしましたか?」

「いえ・・・」


左耳をおさえた頼久を不思議に思いはきいたが、本人にもよくわかっていない様子で相槌が打たれた。ふと少年を見れば、彼も左手をおさえていた。


「・・・?」

、土御門殿に向かうよ」

「は、はい」


見れば頼久が少女を抱きかかえ、それに少年が続いていた。友雅とも、彼らのあとに続いて歩き出した。




















「女の子とは、不思議なものだね」

「はい?」


不意に父が呟いた言葉に、思わずは聞き返した。何事か、と目をぱちくりさせていると、軽く笑われた。


「あかね殿がね、鬼に恋をしておられるようなのだよ」


龍神の神子である彼女は、元宮あかねといった。友達らしい中学生の少年は、流山詩紋というらしい。あれからは二人に会わずに土御門殿をあとにしてそれからあっていなかったが、友雅の発言に、なぜそのようなことになっているんだと首を傾げた。かいつまんで説明を受けると、神子を喚んだのは鬼で、神子はなぜだか彼が気になるのだという。恋をしているような顔をしているのだという。


「・・・父上がおっしゃると説得力があるような無いような・・・」

「どちらなのかな?」

「知りません」


二年共にいるが、四六時中一緒なわけではないし、ましてや“夜”の行動など知る由も、あえて知ろうとも思わなかった。女中たちの噂話はほぼ真実なのでそれでそういった情報は充分なのである。だから友雅の恋愛に対する感情面のことはよくわからない。


はどうなのかね。金の髪、白磁の肌、碧い瞳、美しい姿・・・これで人を好きになれるかい?」

「現在までで、そういった外見のひとをみても好きになったことはありませんね。せいぜい格好いいななと思うくらいです」

「格好いいかい?」

「人によりけりですが・・・一般的には、でしょうね」


友雅はなんとも言えぬ顔で苦笑した。京の人間にとって鬼は忌み嫌い畏怖するもの。それと同じような姿の者を格好いいなどと思う事はできないのであろう。




「はい」

「明日は暇かね?」

「えぇ、まぁ非番ですが・・・」


それはよかった、と友雅が笑った。嫌な予感がしなくもないが、なんだろうか。


「実は私も彼女に少々興味が沸いてね。まるで見たことの無い種の女性だからかな」

「はぁ」

も違う意味で“ここ”では珍しいが、お前はまだ“現実”を見れる子だったからねぇ」


現実・・・それは荒んだ心や悪しきものを見極めるということだろうか。現代でも悪鬼を相手にしていたには普通の感覚であるため、いまいちピンと来なかった。


「というわけで、明日は共に彼女に会いに行こうか、


なにが“というわけで”になるのかはわからなかったが、は苦笑しながら「わかりました、お供します」と答えたのだった。




















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