安倍晴明の弟子
京の仕事、は緊張していた。この世界に来て初めての悪鬼祓いの仕事を行う事になったのだ。現代でも悪鬼祓いはやっていたが、今回は陰陽師としての力を試される場でもある。さらに、これはとある人物とのタッグの仕事で、別の意味でも緊張していた。
まちはずれで相手を待っていると、足音が聞こえてきた。そちらに顔を向けて相手を見て、最初に頭に浮かんだのは、綺麗だ、だった。そして次に意識が向いたのは、顔半分を覆うまじないだった。長い髪を一つにして横で団子にして残りを垂らしており、その緑が揺れるたびに揺れる。彼はの前まで来て立ち止まった。
「お前が、橘か?」
低い声。友雅とはまた違った染み込み方のする声だった。その声の主に、はい、と返事をする。
「私は安倍泰明だ」
安倍泰明。安倍晴明の弟子。彼の事もあり、は緊張しているのだった。
「今日はよろしくお願いします、泰明殿」
「・・・あぁ」
泰明はそう返事をしたかと思うと、踵を返して歩きはじめた。慌てても足を動かす。
「あの・・・」
「なんだ」
「・・・いえ、なんでもありません」
斜め上から圧のある視線を向けられ、続きを発せなくなる。無駄な話をするのが好きではないのだろうか。静寂は嫌いではないが、少々とっつきにくそうだ。泰明の第一印象はなんとなく、苦手意識に始まってしまった。
悪鬼祓いの現場、船岡山に到着した。ここに人に仇なすモノがいるらしい。確かに嫌な気が漂っていて、は思わず口元に手をやった。
「お前は気の流れに敏感のようだな」
前方を歩く泰明が振り返る事なく言う。
「は、い。代々その性質は変わらないようで、祖父も敏感な方です」
「ならば、敵がどこにいるか見極めろ」
足を止め、泰明が振り向いた。山の中、見渡す限りの木、木、木。は大きく深呼吸をした後、目を閉じて集中した。
「・・・・・南に異形の気配がします」
「行くぞ」
の呟きを聞いた直後、泰明が歩き出す。慌てて集中を切り替え、泰明の背を追いかけた。
歩いて行くうちに、嫌な気はどんどん濃くなっていく。眉間に皺が寄って行くのが自分でもわかった。
「・・・ここまでくると泰明殿もお辛くはありませんか?」
「問題ない」
問題ない、で片づけられるとは、どれだけ強靭な神経をしているのだ。なんて思っていると、泰明が続きの言葉をこぼした。
「私は普通の人間とは異なるからな」
「え?それは、どういう・・・・・っ!?」
続きを発する暇は与えられなかった。突然突風が吹き荒れ、の視界を塞ぐ。これにはさすがに泰明も腕で顔をガードしていた。
「これは・・・っ!?」
「怨霊だ」
「おん、りょう・・・!?」
の頭に浮かぶ怨霊とは異なるのだろうか。ソレは吹き荒れる風の中から姿を現し、二人の前で大きく羽ばたいた。ソレは、大きな鳥の形をしていた。怨霊とは霊が恨みを持って悪霊と化したものだと認識があるが、これはなにか違う。形が異様に異なるからそう思うのだろうか。そんなことを頭の隅でよぎらせつつ、は印を結んだ。
「オン マリ シエイ ソワカ!」
パンッと障壁が暴風を弾く。そのの様に、泰明は軽く目を瞠った。そして、自らも印を切る。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
九字障壁に弾き飛ばされ、怨霊が怯んだ。その隙に怨霊の懐へと飛び込み、は札をつき出した。
「怨霊駆逐、急々如律令!」
札が光り、怨霊が奇声を上げる。の右頬を何かがかすめ、痛みが奔った。それでもはひるむことなく怨霊を睨みつけ、やがて光がおさまった所には、怨霊の姿は跡形もなく消え去っていた。その様子を確認して、は一息つく。少しすると背後で足音が聞こえ、泰明が歩み寄って来た。
「無茶な戦い方だな」
隣まで来て、泰明が口を開く。
「そもそも、お前が出なくとも私一人でも充分だった」
「そ・・・れは、そうかもしれませんが・・・」
泰明が隙を作ったからが飛びこめたのであって。初めての連携プレイを喜びたかったのだが余計な事をしただけなのか、とは残念に思ってしゅんと身を縮こまらせた。が、直後に頬にひんやりピリッとする者が当てられ、びくっと肩を震わせる。
「な・・・」
顔を上げると、泰明の手が離れていくのが見えた。何かを貼られたらしい。触ろうとすると、そのままでいろと言われ、手を引っ込める。
「跡が残ったら困るのだろう?」
「あ、いえ・・・それほどは・・・」
「・・・?女人は傷があるとキズモノとなって嫁ぐ事ができぬときいたが・・・お前にはその気がないのか?」
「えっ?」
は目を見開いた。嫁ぐ、という言葉もだが、もっと重要なのは泰明がのことを“女人”と言った事だ。は女だと気取られぬよう男に扮している。それを泰明はいとも簡単に見抜いて見せたのだった。鷹通のような“意外な才”かもしれないが、もしやと頭に浮かんで、は恐る恐る問いかけてみた。
「あの、泰明殿・・・“その件”は、晴明様からお聞きになられたのですか?」
「その件とはなんだ?」
「その・・・私が女であることです。陰陽師として動きやすいよう男に扮しているのですが、泰明殿は今私を女人とおっしゃったので・・・」
「・・・?いや、私がお師匠から伺ったのは、お前の境遇だけだ」
つまり、泰明は見ただけでを女だと認識したらしい。これは泰明の観察眼が鋭いのだろうが、あっさり見破られてしまうと少々気落ちしてしまう。
「女であることを隠した方がいいのであれば、そうする。それをする理解はできないが」
「・・・ありがとうございます」
良い人、ではあるのだろう。言葉や態度にすると不器用なだけで。現に怪我をしたを気遣う様子もあった。第一印象こそ苦手意識だったが、少し、泰明に対する印象が変わった。
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