あたたかな出逢い
がこの世界の事を学び陰陽寮で働く事が出来る様になったのは、二月半後のことだった。陰陽寮で簡単な占術の仕事を貰い、こなしていた。
「橘殿の陰陽寮は独学ですか?」
橘殿と呼ばれるのにも慣れてきた。友雅を父上と呼ぶことも、今はもうほぼ違和感はない。
「いえ、私は祖父に教えていただきました」
「そうなのですか。少々独特なところがあるのでもしやと思いましたが、お祖父様ですか。ぜひお会いしてみたいものです」
「・・・申し訳ありません。祖父は、会えないところにおりますので」
「あぁ・・・それで橘の少将殿の元へ・・・これは申し訳ないことをおききしました」
「いえ・・・」
亡くなったと勘違いしたのだろう。彼は眉を下げて小さく頭を下げた。
だいぶこの世界に慣れては来たが、ふとしたときに祖父を思い出してせつなくなる。もう帰れないのだろうか。帰る方法は無いのだろうか。見当もつかない以上、考えても仕方のないことなのだが。
(心配してるだろうなぁ・・・)
あの祖父のことだ。一人でもちゃんと生活はしているだろうが、突然が消えてしまって沈んではいないだろうか。
同僚に気にしないでくださいと告げ、は帰路を歩いた。
「・・・あれ?」
考え事をしながら歩いていたせいだろうか。ふと気づけば、知らない場所にいた。この辺りは来たことが無いから道がわからず、はしまったと頭を抱えた。どうしたものか、式でもとばしてみようか、と考えていた時、背後で足音がした。
「どうかされたのですか?」
それは若い女の声で、は迷いなく振り向いた。そこにはと同じくらいか少し上の女性がいた。
「考え事をしていたら道に迷ってしまって・・・」
「まぁ、そうなの?おうちはどこかしら?」
女性にきかれ、は大体の位置を告げる。
「ここからだと少し離れているわね・・・そうだわ、もう少ししたら弟が帰って来るの。送らせるから、ひとまずうちに来てはどうかしら?」
「えっ?」
思いもしなかったことには戸惑った。悪意の欠片も見えない、ただ純粋な厚意のようだが。
「しかし、悪いです」
「悪いと思っているならはじめから誘わないわ」
言って笑う彼女に確かにと思ってしまい、反対できなくなる。
「さ、大したお構いも出来ないけど、どうぞ」
「・・・では、お言葉に甘えて・・・」
「そうだわ。私、セリっていうの。あなたは?」
言ってまたにこりと笑った彼女に、も微笑みかけて返した。
「といいます」
セリに連れられて来た所は、木造の家だった。橘邸や内裏で慣れてきてしまっていたが、これが一般家庭なのだと再認識する。
「狭い家でごめんなさいね」
「いえ、そんなことは・・・落ち着きます」
が微笑むと、セリときょとんとしたのち、笑った。
「それならよかったわ。どうぞ、座って」
「ありがとうございます」
セリに促され、床に腰を下ろす。ひんやりとした板の床が気持ちいい。
「さんは京に来て日が浅いの?」
「えぇ、まだみつきたたないくらいで・・・」
「それで迷ってしまったのね」
の苦笑に、セリは眉をハの字にして息をつく。と、その時、ガタッと戸の辺りで音がした。
「ただいまー」
「おかえりなさい、イノリ」
戸を開けて入って来たのは、赤い髪を前から後ろにまとめた少年だった。年の頃は12、3といったところか。彼は家の中にいる見知らぬ人物に首を傾げた。その意を読んでセリがイノリにを紹介する。
「イノリ、この人はさん。迷ってしまったんですって」
「こんなところでか?」
じっと、イノリがを見つめた。は乾いた笑いを漏らしそうな表情でイノリの反応を待つ。
「京に来たばかりなんですって」
「ふーん・・・」
「それでイノリ、送っていってあげて欲しいの」
「は?俺が!?」
明らかに面倒そうに顔を歪ませてイノリがセリを見ると彼女は小首を傾げて笑った。
「私が送っていってあげてもいいけど・・・」
「あーあーわかった!俺が行くよ!」
「ありがとう、イノリ」
ふふっと笑うセリを横目で見て、は「確信犯だ・・・」と内心呟いた。
「それなら早く行くぞ!」
「え、あ、はい」
回れ右して出て行くイノリのあとをは慌てて追う。それに続いてセリも家から出た。
「さん」
呼ばれ、一度セリを振り返る。
「道を覚えて、今度は遊びに来てね」
「えっ」
「ね?」
微笑むセリに、も淡く笑って頷いた。この世界に来て初めてできた同じ年頃の友達だった。
「それでは、また」
「その敬語も外してもらえるとうれしいわ。名前は呼び捨てでね」
「え、あ・・・うん。・・・またね、セリ」
「またね、」
セリに手を振り、はイノリの後に続いて歩き出した。
街中の如何程かまで歩いてくると、見知った道に出た。このあたりはもう屋敷の近くだ。
「この辺りでいいよ」
「ん?そうか?」
が足を止めると、イノリも立ち止まる。
「ありがとう、イノリ。助かったよ」
「まぁ・・・姉ちゃんの頼みだし、迷子を放っておくのも悪いからな!」
5つは年下であろう少年が胸を張る姿が何だか可愛くて、はその頭を撫でた。
「なんだよー。俺もうそんなに子どもじゃないんだぜ?」
「私が知ってるイノリくらいの子は、じゅうぶんすぎるほど子どもなんだよ」
そこは時代の違いだろう。この時代のイノリくらいの子どもはしっかりした子が多い。
「とにかくっ、姉ちゃんもあぁ言ってたし、今度は迷子にならずに来いよな!」
「うん、頑張るよ」
「じゃあな、!」
ぶんぶんと腕を大振りして走って行くイノリの姿を見送り、も屋敷の門へと歩いた。迷子になって良かったと思ったのは初めてだろう。心優しい温かな姉弟と出逢い、の心も温かさに満ちていた。
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