高貴なる天
がとばされて来て7日がたった日、は友雅に連れられて屋敷の外へ出た。外は思っていた通り時代劇などでしか見ないような風景で、やはり違うんだなと改めて思った。移動手段が牛車であることに少々戸惑いつつ乗り込む。
「どちらへ行かれるのですか?」
「ん?それは行ってのお楽しみだよ」
牛車に揺られながら聞いてみるが、友雅は笑うだけで教えてくれない。まぁ、きいたところでわかることなどほとんどないのだが。そのまま深い会話は無く、目的地に到着した。
とても大きく、広い所のようだ。友雅の屋敷よりも広い。友雅はその門を悠然とくぐっていく。は慌ててその後を追った。
少し歩き、おかしいと気付く。そして、はっ、と口を開けた。
「ま、まさかここ・・・内裏では・・・?」
「おや、よく気付いたね」
「んなっ・・・!か、帰りますっ!」
「一人でどうやって?」
そう言われてしまうと言い返せなくて、うっと黙ってしまう。しかし、内裏といえば帝のおられる場所。そう易々と入っていいものではないだろう。
「遠慮することはないのだよ?帝のお望みなのだからね」
なんでも、『あの友雅が養子をとったと聞いた。ぜひ会ってみたい』とのことだそうだ。あの、とは女遊びの事を言っているのだろう。7日も過ごしていればそんな噂が自然と耳に入ってきた。もっとも、噂ではなく事実らしいが。友雅が三十路手前にして妻を娶らないのは、この女遊びの事もあるのだろう。
「まぁ、もう遠慮する暇もないがね」
「え?」
友雅の示す方を見てみれば、そこには友雅の屋敷のものより幾分か高級そうな御簾。まさか、と青筋がたつ。
「御前で失礼致しました、帝」
「っ・・・!!?」
友雅はこともあろうに、帝の前で今のような会話をさせたのだった。
「よい、友雅。面白いものを見せてもらった」
御簾越しに人が動くのがわかる。声質からして、友雅よりいくつか若い男性のようだ。
「そなたが、友雅の娘となった者か?」
「は・・・はい、と申します」
と、そこでふと疑問に思って友雅を見る。友雅はの疑問に答えるように頷いた。
「事の経緯などはすでにお話してあるよ。構わなかっただろう?」
「はい」
相手は帝だ。友雅と帝はどうやら親しそうだし、今後のためにも知っておいてもらえた方がいいだろう。
「、先ほど“帰る”と申していたが、内裏は嫌いか?」
「い、いえ、嫌いなどと。ただ、私のような者がこのようなところに入って大丈夫なのかと・・・」
帝が、楽しそうに笑った。だがその声を立てた笑いにさえ上品さが現れている。
「そなたは友雅の娘となったのだ。橘家の娘ならば、そう委縮する事も無い。それにそなたは陰陽師として働きたいのであろう?ならば、必然的に内裏に通うことになるよ」
後半部分に、そうだったのか、とは思った。確かに友雅は内裏勤めだというし、他にも内裏で働く役職はあって当然だ。陰陽師も例外ではない。そういえば平安時代はそうだったような、という思いさえする。
「陰陽師が務めるのは内裏内の陰陽寮だ。他にも様々な場所がある。単独でここへ来ることはないだろうから、安心するといい」
「は、はい・・・」
帝に嫌な思いをさせていないか心配になりながら、は頭を下げた。
「そのうち晴明殿の元へ連れて行ってやるといい。陰陽師としてすでに一人前でも、学ぶものは多いだろう」
「はい、そのつもりでございます」
友雅が上品に頭を下げる。やはり生粋の貴族なのだなぁと思い知らされる。その後一言二言交わし、帝の御前を失礼した。
友雅に手を貸してもらいながら牛車に乗ったは、ぐったりしてため息をついた。
「おや、どうしたんだい?」
「・・・面白がっているでしょう」
「そんなことはないさ」
何て言いながら、友雅は実に楽しそうな顔をしている。
「帝に御挨拶を、とは思っていたのだよ。ただ普通にそれを言ってしまっては、は来たがらないと思ってね」
「・・・・・」
返す言葉は無かった。きいていれば、そんな高貴な方と会うなんて無理だ!と拒否したに違いない。だが、断固、とまではいかなかったとも思う。言ってもらえば心の準備位は出来たろうに。
「人は唐突に起こる事には素の自分をださざるおえないからね。ありのままのを帝に見ていただきたかったのだよ」
「・・・・・」
友雅の言っていることは確かにと思えることだった。余程鍛えたりしない限り、予想しない唐突の出来事には仮面も壁も無意味だ。そんなものを意識的にはるつもりはないが、無意識にしてしまう事もある。
「怒らないでくれるかな?」
「・・・そう言われてしまったら、怒るに怒れません」
が少しむくれてそっぽを向くと、友雅がその頭をやさしく撫でた。
「また近々、今度は晴明殿にお会いしよう。その時には前もって言う事にするよ。あの方には、元より小細工は無意味なものだからね」
そう言って困った様に笑った友雅の顔は、何を意味するのか。
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