個を持ち慣れゆく
さすがは貴族、といったところか。に与えられた部屋は、あちらでが使っていた部屋の倍はあった。の家とて決して狭いものではないのだが、時代と地位の違いは半端ではないようだ。だが今日からはここが家で、ここが自分の部屋だ。早く慣れないとな、と思いつつ、はその部屋の真ん中にちょこんと座った。
「・・・広い」
何だが落ち着かず、じりじりと座ったまま端の方へ移動する。
「、入るよ」
やがて友雅の声が御簾の向こうからして、それが開かれた。そして彼は、の様子を見て目を瞬かせる。
「なぜまたそのような端にいるんだい?」
「なんだか・・・広くて落ち着かなくて・・・」
苦笑しながら言うと、友雅は軽く声を立てて笑った。
「そうか。では、慣れるまではそうしているといい。まずはいろいろなことに慣れるのが先決だからね」
「はい」
日々を重ねるごとにじりじり真ん中へ寄って行く姿が頭に浮かんで、友雅は今度は小さく笑った。
「それはそうと、着物を持ってきたよ。私が昔着ていたものもあるが・・・」
「あ、ありがとうございます」
清とは膝の前に置かれた箱を開けてみた。が元々着ているような落ち着いた色合いのものから、友雅が着ているような雅な雰囲気のものまで様々だ。
「好きに着てくれて構わないよ。着方は分かるかな?」
「はい、大丈夫です」
「それはよかった。私が着付けるわけにもいかないからね。私としては、大歓迎だが」
いたずらっぽく笑う友雅に、もう、と頬を小さく膨らませる。
「女房をつけようと思うが、どうする?」
「女房って世話役・・・ですよね。そういう習慣が無かったので、あまり・・・」
「では固定で一人二人にしようかね。その方が気が楽だろう?」
困った様に笑うとすんなり受け入れてくれて、はありがたくお願いした。
「しばらくは屋敷の中で過ごして、生活に慣れてきたら外に出てみよう。私は仕事があるから、ずっとそばについていてあげるわけにはいかないがね」
「はい」
「では、君にあてる女房を選んでこちらに向かわせるよ」
「よろしくお願いします」
友雅は軽く手を振って部屋を出て行った。はふう、と一息ついて衣装箱に目を向ける。
「・・・とりあえずシンプルなやつから着よ」
さすがに雅なものは普段着としては着れないなと思うであった。
夕方になると、女房が食事を持ってきた。いわゆる夕餉である。女房は“深澄”と名乗った。付きになるという。
「よろしくお願いします、深澄さん」
「深澄でよろしゅうございますわ、様」
「様付けを無くしていただければそうさせてもらいます」
「「・・・・・」」
互いににこりと笑い、間が空く。深澄は笑顔のまま思案していた。様付けを無くせば自分も呼び捨ててもらえるが、主の娘となった方にそのような口を利くのは。心情が読み取れたのか、先手を打ったのはだった。
「突然ぽっと現れた小娘にかしこまるのもお嫌でしょう?主の娘になったとはいえ」
の言い分に驚き、深澄は目を瞬かせる。思いもよらぬことを言われて、返答に困った。
「友雅殿のご好意に甘んじさせていただきましたが、元は普通の・・・というのは少々語弊があるかもしれませんが、貴族とは縁の無い者です。ですから・・・」
「・・・わかりましたわ」
ふう、と深澄が息をついた。
「では、さん、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「はい。えっと・・・深澄?」
「はい、深澄とお呼びください」
年上の人を呼びすてるのは違和感があるなぁと思いつつ、は呼ぶ。これも慣れるまでの辛抱だ。
「実は、元より友雅様に、さんい言うとおりに接して差し上げろ、と、申し付けられておりましたの」
「え、そうなんですか?」
「はい。ですが、そうは言われましても、というのが深澄の心情でして・・・」
深澄は苦笑しながら小首を傾げた。敬語は取り払われていないものの、そこに隔たりは無くなっていた。
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タイトル迷子( )
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