神子を救う為
イノリを途中まで送り土御門に戻ってくると、天真も戻ってきていると耳にした。今はあかねと二人で話しているそうで、そちらの方へ足を向けてみる。と、何やら物陰に隠れている友雅と詩紋が目に入った。なにを、と声をかけると、しっと指で合図される。よく見てみれば詩紋は友雅の手によって口を塞がれていた。なるほど、盗み聞きか。趣味が悪いと思いながら手招きされてしまったのでも便乗する。どうやら先程の黒い龍神の神子は、天真の行方不明になっていた妹なのだという。と同じように突然消えて神隠しにあったと言われたのだと。妹を探し回っているうちに出席日数が足りなくなって天真は留年したのだろう。だがその妹は天真を見てもなんの反応もなかった。まるで知らない人のように。鬼の力で記憶を封じられたと考えるのが妥当であろう。天真の苦悩はわかってやれるようで、一心にはわかってやれない。は軽く目を伏せたあと、その場をあとにした。
あかねは直接ではないが邪気に触れた。用心としては土御門に泊まることとなった。なんとなく眠れないで庭に出ていると、ふと寒気がはしった。漂ってくる先は、あかねの部屋の方角。そして、突然耳についた悲鳴。
「あかね・・・!?」
は急ぎあかねの部屋へと走った。部屋には駆けつけた頼久と、邪気を感じた泰明が到着していた。部屋の中に禍々しい気を感じては顔を歪める。あかねは夢を見たのだと言った。黒い龍神の神子に襲われる夢。そして泰明が、角盥の底に呪詛を発見した。
「明晩、神子は死ぬ」
泰明の言葉に一同が目を瞠る。それほどに強い呪詛をかけられたというのか。呪詛を払うために部屋を一室用意してもらい、部屋を清める。あかねと泰明がその部屋に入り、が部屋の守りを固める。話をききつけた鷹通、友雅、天真、詩紋が様子を見守った。
「北辰妙見 一心に請し奉る 霊符七十二神 救急如律令・・・」
泰明との言が重なり、呪詛返しの儀が始まった。は部屋を背にして座っているが、背中で邪気の動きを感じていた。
「少し我慢してもらうぞ。気持ち悪いだろうが」
泰明があかねに言い、その身体を抱きしめる。触れていた方が守りやすいからだ。そして邪気が一気に強まった。呪詛が形となって現れたのだ。の言が一層力を増す。泰明の声が部屋中に響き渡る。力がせめぎあい、そして、呪詛は術者へと返された。ふう、と息をつき、部屋の中をかえりみる。ちょうどあかねが泰明の手から離れ床に転がされたところだった。
(泰明殿、さすがにその扱いは)
少々呆れながら、だが泰明が天真に放った言葉にはっとして顔を上げる。
「桂の神子とはお前の知っている者か?」
「!?待てよ、どういう意味だ」
「神子を狙ったのはその者だ。もっとも、呪詛をはね返したから今頃無事ではいまいが」
「・・・なんだと?」
そのまま泰明は部屋を出て行った。あとを追おうとしたが、不意に天真に腕を掴まれては振り向いた。それと同時にあかねが泰明のあとを追っていく。は天真の表情を見て、説明しなければ、と深く息をついた。
「・・・呪詛は、簡単に解けるものではない。解除するには、術者に返す他、方法が無いんだよ」
「だからって・・・あいつは・・・あの神子は、蘭だってのに・・・!!」
「彼女には確かに強い神気があった。龍神の神子というのは本当だろうから、生きてはいるでしょう。アクラムの、加護もあるだろうから」
「けどなぁ!」
「落ち着きたまえ、天真。を責めても致し方がないだろう」
「く・・・っ」
今にもに掴みかかりそうな剣幕の天真を友雅が諌める。行き場の無い手は拳となって震えた。
「呪詛返しを行わなければ、あかねが死んでいた・・・泰明殿は、八葉として、神子を守った」
「そんな単直に・・・言うなよ・・・」
「・・・ごめん。私は天真の妹を知らないから。それに、私も・・・陰陽師だからね」
言って天真に向けた苦笑は、なんとも情けない表情だったであろう。
翌夜、は友雅、鷹通の夜会のそばにいた。昨夜の一件の話だ。行方不明になっていたはずの天真の妹が、龍神の神子であるあかねを憎んで襲った、と。
「もしそれがだったのならば、こんなことにはならなかったのかねぇ?」
「ある意味もっと厄介になっていそうですがね。陰陽術の悪用とか」
「それはいただけないな」
小さく苦笑して友雅が杯をあおる。ふと鷹通はに目を向けて、「殿?」と声をかけた。軽くうつむきがちになっていたが「え?」と顔を上げる。
「どうかなさいましたか?気を沈められていたようですが」
「いえ・・・・・私は、何のためにと、思っていただけです」
「殿・・・」
蘭もあかねも龍神を喚ぶ為にアクラムによってこちらに喚ばれた。ではは誰が、何のために喚んだのか。未だにわかりえぬことであった。
「・・・不安に、なってしまっているのかい?」
「・・・」
「まぁ、そうなるのも無理はないか。あかね殿、桂の神子はともに龍神の神子。天真と詩紋は八葉という役目をもってこちらにきたのだから」
「友雅殿」
「いいんです、鷹通殿。本当の、ことですから」
「殿・・・」
一体何のためにこちらに喚ばれたのか。ここで自分に何ができるのか。それはあかね達との出会いで、一層強まってしまったのだった。
しばらくしたとき、急な報告が飛び込んできた。一条戻り橋に黒麒麟が現れ、あかねと詩紋が連れ去られ、頼久と天真も時空の歪に飲み込まれたのだという。離れた場所にいた泰明だけが無事だったのだとか。なぜあかねは鬼の誘いに乗ってしまったのかというのは、あかねと引き換えに蘭を返す、と言われたそうだ。それならばあかねが乗るのも納得ができる。ともかく三人は、急ぎ一条戻り橋へ向かった。
「泰明殿!」
「来たか」
友雅、鷹通、泰明が弓を手に一条戻り橋に立つ。自分も、とが踏み出したが、泰明によって制された。
「おまえはここにいろ」
「なぜ」
「扉を保つ者がいるだろう。お前にはその役目を担ってもらう」
「・・・わかりました」
そう言われてしまっては頷くしかない。そこへ、新たな足音がその場に現れた。
「あ?じゃねぇか、こんなとこで何やってんだ?それに、あんたたち・・・」
「イノリ?」
夜道をやってきたのはイノリだった。手にはいつもはない刀袋を持っている。
「イノリは、どうして」
「なんかさ、テンマがこいつを必要としている気がしたんだよな。お師匠の一品、鬼切りの太刀だ」
鬼切、まさにだ。
「実は、あかねが鬼に連れ去られた」
「なんだって!?」
「天真たちも時空の歪に引きずり込まれてしまって、今から助けに行くところなんだよ」
「よっし!それなら俺も行くぜ!」
「なんですって?」
じっとイノリを見たのは鷹通だった。こどもが何を言っているのだと思っているのかもしれない。はそんな鷹通に、しっかり頷いてみせた。
「大丈夫です、鷹通殿。イノリからは神力を感じます。燃えるような、強い神力を」
「神力・・・まさか」
「まだ仮定ですけれどね」
「なんだよ、何の話だよ?」
ついていけず、イノリがと鷹通を交互に見る。
「無事に帰ってきたら話すよ。だから、あかね達をお願い。そして無事に帰ってきて」
「なんかよくわかんねぇけど、わかった!任せとけ!」
「行くぞ。、扉を開く」
「はい!」
と泰明が札を手に並ぶ。そして言を唱え、印を結ぶ。黒麒麟が現れた時と同じような時空の歪がその場に現れた。
「これが・・・っ」
「維持を頼むぞ」
「はいっ!」
が印を保ったまま1、2歩と下がる。それとは反対に友雅らが前に出た。
「ご武運を・・・!」
の激励に四人が頷き、時空の歪へと姿を消した。
どのくらい経っただろうか。橋の上にあぐらで座り、一心に札と歪に集中していた。だが不意にその歪が歪みを見せ、目を瞠る。
(駄目、まだ・・・!)
急ぎ立て直そうとしたとき、にゅっと歪から手が出てきた。ぽかんと立ち止まったの前に、もう今は見慣れてしまった人影が8つと新しい影がひとつ。
「なんだ、その間の抜けた顔は」
「・・・いえ」
よかった、無事だった。肩の力を抜き、は小さく笑みを浮かべた。
「ただいま、さん!」
「おかえり」
朝陽が差し込む中、向日葵の様な笑顔が咲き誇った。そしてもう一輪の花が、ゆっくりと起き上がったのだった。
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