己の在る訳





















右京を過ぎた桂の地にて、『龍神の神子』を名乗る者が現れたという。その者は人々の話を聞いて病気平癒を祈り、病を治してしまうのだとか。あかねを『土御門の神子』と呼ぶならそちらは『桂の神子』かなと称した友雅と別れ、はそのあかねの元へ向かった。もう見慣れた後ろ姿を二つ見つけ、はそれらに近寄る。


「あかね、天真、どこへいくつもり?」

「わっ!、さん・・・」


なにやら驚いた様子であかねが振り返る。天真といえば、ため息でもつきたそうな顔で頭をがしがしかいた。


「えーと、そのぉ・・・」

「・・・勝手に出かけては藤姫様が心配なされるよ」

「大丈夫!ちゃんと置き手紙は残しました!」


胸を張って言うが、そういう問題ではない気がする。はため息をついて、ちらと天真に視線を向けた。だが彼は素知らぬ顔で目を合わせようとしない。


「・・・わかった、止めはしないよ」

「ほんと!?」

「ただし、私も行く」

「えっ」


あかねが驚いたように目を丸くして瞬かせた。天真も怪訝そうに眉を動かしてを見ている。


「どこへ行くのかはなんとなく予想はついているから・・・正体不明なところにいくのに、放ってはおけないよ」

さん・・・ありがとうございます!」

「どういたしまして。それじゃ、見つからないうちに行こうか」


こうしてはあかね、天真と共に土御門を抜け出した。ひそかに友雅宛に式神をとばしておくのも忘れずに。





















桂の神子がいるという屋敷の裏手。は何とも言えぬ気を感じていた。確かにこれは神気である。神子ということに違いはないのかもしれない。だが、この神気にはどこかまがまがしいものが混ざっているように思えて、は無意識に口元を手で覆った。


さん?気分が悪いんですか?」

「・・・なんでもないよ」


大丈夫だ、怨霊の気とはまた違うから、耐えられる。さてここからどうしようかと思っていると、少し離れたところから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「今のは」

「まさか」


ほぼ同時に口を開いた天真と顔を見合わせ、そして同時にかけだした。


「ちょっとふたりとも!?」

「ああごめん」


急に走り出した二人に驚いたあかねをすぐさま振り返り、その手をとっては再び走り出す。茂みに身を隠してそちらを見れば、覚えのある少年が視界に飛び込んできた。


「やっぱりイノリだ。なぜここに」

「おわれてんな。よし」


天真が少し前へ行き、身構えた。イノリが走ってきたところにザッと腕を伸ばし、その身体を一気に茂みへ引き寄せた。


「なっ、誰だ!くそっ、放せって!」

「シッ。静かにしろよ」

「!」


後ろから固められたイノリが暴れるが、天真の声をきいておとなしくなる。どうやらこの二人、顔見知りのようだ。なんとも世間は狭いものであるとはこんなときだが思っていた。やがてイノリを追っていた男たちの足音がきこえなくなると、天真はイノリを解放した。


「久しぶりだなぁ天真。それにまで。おまえら知り合いだったのかよ」

「久しぶり、イノリ。私も二人が知り合いで驚いたよ」

「おまえ、なんであいつらに追われてたんだよ」

「なんかさ、俺から強い神力を感じるから一緒に来いって言われたんだよ」

「神力・・・言われてみれば」


がじっとイノリの顔を見つめる。ぼんやりとしか感じないから集中点はわからないが、確かに神力を感じる。以前は感じなかった力だ。


「で?天真は女を二人も連れて何やってんだ?こんなとこで」

「女ってとこを強調すんな!・・・あ?おまえこいつが女って知ってんのか?」


ばらすなと言う割に知っている奴が多くないか?と天真がにじと目を向ける。セリ、イノリ姉弟には出会ったときにばれているので致し方がない。


「あ、の〜」

「「あ」」


おそるおそる手を挙げて主張するあかねを、忘れてたと言わんばかりにと天真が見た。あかねをイノリに、イノリをあかねに紹介し、彼女らは目的を果たすために奥へ進んだ。



















イノリに抜け道を案内してもらい、屋敷内に入る。庭にでると、そこには人影がひとつ、あった。ぞく、と背筋をはしるものがあった。おそらくあれはあかねと同じくらいの少女だろう。だが彼女をとりまく気はあかねのそれとは真逆の、まがまがしいものであった。彼女が蝶の形をしたけがれを飲み込むと、さらにとりまく闇はこくなる。


「う・・・」


無意識にうめき声が出て、口元を手で覆う。あれが本当に、龍神の神子なのだろうか。だがふつうの人間ではあれほどのけがれをまとっては耐えることなどできないだろう。強い神力を持つことに違いはない。それが闇に染まってしまっているということだ。そしてその闇の蝶は何十ともある数となり、京のまちへと散っていった。けがれをまき、けがれを癒していた、ということだ。ここにいては清らかな気をもつあかねが弱ってしまう。四人は急ぎその場を離れることにした。


「天真?」

「・・・あ?」

「あ?じゃない。どうかした?黙りこくっているし・・・」


ひょいと顔をのぞき込む。顔色が良くなく、気が乱れている。


「穢れに触れてしまったかな?」

「・・・なんでもねぇよ」

「そんなわけないでしょう。ほら、じっとする」

「おいー―」


は問答無用で天真の額に右手をそえた。熱をはかる仕草というよりは、額をはたくときの向きだ。その様子をあかねとイノリはじっと見つめて見守っている。


「悪しきものは白き光に浄化されよ」


一言。それだけで天真は身体が少し軽くなったのを感じた。よし、とつぶやいてが手を離す。


「・・・あんがとよ」

「どういたしまして。何か気になることでもあるの?」

「・・・・・」


沈黙。それはYESと言っているようなものだった。


、イノリ、あかねを送っていってやってくれ」

「私も戻るから問題はないけれど・・・天真?」

「ー―悪い」


それだけ言うと、天真は一人歩いていった。なんでも一人で抱え込まないといいけど、と思いながらは二人を振り返る。


「それじゃ、行こうか?」

「・・・うん」


あかねも天真の様子は気になるようだった。大丈夫だよ、いいながら、三人は帰路を歩いた。


「そういや、どこまで送ればいいんだ?」

「あぁ、それは・・・」

「神子殿!」


がイノリに教えようとしたとき、あかねを呼ぶ声がした。そちらに顔を向ければ、5、6人の人影が。そのうち前にでてきている三人が少々険しい顔をしていることに、もあかねも冷や汗が流れそうになった。


「お捜しましたよ、神子殿。殿、いくらあなたがご一緒しているとはいえ、少々軽率な行動ではありませんか?」

「・・・申し訳ありません」

「鷹通さん、さんは悪くありません!私が・・・っ」

「いいんだよ、あかね。しっかり止めるべきだったんだよ。私は、八葉ですらないのだから」

さん・・・?」


ああ、いやな言い方をした。自覚を持ちながら一度目を伏せる。目を開ければ視界に違うものが広がっていて、は目を瞬かせた。


「・・・泰明殿?」

「何故神子の外出を許した?」

「泰明さん、ですからさんは・・・!」

「神子は黙っていろ」


ぴしゃりと言われ、あかねが縮こまる。そのまま鷹通と頼久に牛車へと連れられていった。




「・・・私と天真と、二人いればあかねを守れるだろうと」

「その驕りで神子を危険な目にあわせたのか」

「・・・申し訳ありません」

「おいおい、もういいじゃねぇか!のやつ、反省してるだろ!?」

「イノリ・・・」


イノリがをかばうように割り込む。泰明にじとりと見られてイノリは一瞬たじろいだが、めげずにくらいついた。


「だいたい何が起きてんだよ。あのあかねって娘は何者なんだ?神子って呼んでたが、まさか偉い神子ってわけじゃないよな?」

「偉い神子ではない。龍神の神子だ」

「なにぃっ!?」


泰明のあっさりした告白にイノリが驚きの声を上げる。龍神の神子がまさかこんな近くに、それもあんな普通の娘だとは思わなかったのだろう。


「ともかく、以降、勝手な行いは慎め。いいな」

「・・・はい」


それだけ言うと泰明はきびすを返して歩いていった。うつむくにイノリが歩み寄り、泰明の背中をじっとにらんだ。


「何もあんな言い方いなくてもいいのによ。はあかねの願いをかなえようとしたんだろ?それに、反省だってちゃんとしてんだしさ」

「ううん、私が悪かったんだよ。守る力もないのに軽率に連れ出して。今回はすぐ退いたし向こうもしかけてこなかったから良かったものの、戦いになっていたらあかねを本当に危険な目にあわせてしまっていた」

「・・・なあ、そんなに気にしなきゃいけないことなのか?あかねがほんとに龍神の神子なら、あかねにだって強い力があるんじゃねぇの?」

「わからない・・・けれど」

「けれど?」

「・・・いや」


その先は飲み込んだ。イノリに言っても仕方がないし、言ってしまったら怒られてしまいそうだから。




八葉でもなく、なぜこの世界にとばされてきたのかも、どうすればいいのかもわからない、力の無い自分。




そんなこと、誰にも言えるわけがなかった。



















Created by DreamEditor