此処に在る意味






















春になると、厄除けの儀式“花鎮祭”が執り行われる。毎年神気、もしくは霊気の高い者がその儀式を行うのだが、今年は龍神の神子が降臨しているので、儀式はあかねが行う事になるのだという。も泰明と共に儀式に立ち会うのだが、友雅はあかねにはこれが儀式であることは知らせていないと言っていた。後で怒られはしないかと思ったが、儀式と知れば断られるかもしれない、今は時間が惜しいとのこと。それならまぁ致し方がない、あとでフォローすればいいかと、と泰明は神子一行より先に山にのぼった。


「おまえはすでに龍神の神子に会っているのだったな」

「はい。というか、泰明殿も会っておられますよ」

「・・・?誰だ?」

「先日魂魄のみで現れた少女です」

「あの者が・・・?」


確かに、並外れた神気を持ってはいたが。そうつぶやいて思案する泰明を見て、また前を向く。もうすぐ目的の桜の木の下に着く。


「・・・・・」

「気分がすぐれなくなってきたか」

「・・・はい、すみません」


この山中にある“赤染めの桜”は、京の穢れを吸い込んで赤く染まるのだという。溜めこんだ穢れを年に一度、桜が咲ききって散る前に浄化するのだと。昨年は参加しなかったので、このため込まれた穢れを味わうのも初めてなのであった。やがて、視界の上のほうに、赤が見えてきた。そのままのぼっていくと、視界いっぱいに真っ赤が広がる。ぞくり、と一瞬悪寒が奔った。これいっぱいに穢れがたまっているのか。これが散って京に広がってしまうと、これにため込まれた穢れも広がってしまうのか。考えただけで、ぞっとした。















赤染めの桜の成長を一時抑えるために、二人で言の葉をあげる。浄化されるまで満開にさせるわけにはいかないのだ。やがて神子一行が到着した。馬上にいるあかねと目が合って小さく苦笑し、そのそばにいる友雅と目を合わせて小さくうなずく。役者がそろい、儀式の準備を始める事となった。














準備が整い、あかねの姿を探す。


「・・・?」


しかし馬上にも、馬のそばにも、牛車のほうにも、あかねの姿はない。頼久と天真の姿もないから2人が一緒なのだろう。ならば大丈夫か、と桜に向かいあった時、ひどい憎悪を感じた。


(この気は、あの時の、鬼・・・っ)


儀式の邪魔をしにきたのか。泰明が結界を張っていたにもかかわらず、平然とした様子でそこに佇んでいる。すぐにあかねたちが戻って来た。すでに戦闘後のようで、天真は軽い傷を負っているようだった。


「我が名はアクラム。全てを統べる者よ。八葉に陰陽師・・・龍神の神子、そなたはつくづく、私を楽しませてくれる・・・」

「もう、敵とか言って争うなんて止めようよっ!」


あかねがアクラムと名乗った鬼に訴えかける。はいつでも動けるように札の用意と、刀へと手を掛けた。


「できぬな」

「じゃ・・・四神とか龍神とか、どうして必要なの!?今より争いがひどくなるだけじゃない!争って誰かが死んだらそれが憎しみになって争うじゃない。その繰り返しだっ」

「そうだ、それを終らせる為に必要な力だ」


アクラムの周囲が急激に冷え込んだ気がした。


「京の愚か者どもを一掃するためのな・・・」


突如、突風が吹き荒れた。


「くっ・・・!」


この風では桜が散ってしまう。泰明が印を組んで桜をおさえようとした。は札を刀に添えて言の葉を呟き、その力を刃へと移す。


「鎮まれ、消え去るべき穢れたちよ・・・!」


小鬼と化した赤い桜を斬り伏せていく。しかし数が多く、キリがない。頼久も同じように刀で斬り伏せ、天真は何やら不思議な力で小鬼を祓っている。あかねは、と目を向けたら、詩紋がそばにいた。三人とも常人とは違う、不思議な気を感じる。それが集中しているのはそれぞれ左耳、左肩、左手で、なにか特別な力が宿っているような感じさえする。


「これが、八葉の力・・・?」


常人には八葉の身に埋めこまれた宝玉は目にする事ができないという。それゆえには見えはしないが、確かに聞き及んでいた箇所に気を感じた。その不思議な力が、あかねを守っているようだ。


「随分と騒々しいな、あかね殿はご無事か?」

「父上!」

「少将さん!」

「赤染めの桜が散り始めたか」


状況を把握した友雅が少々焦りを覚えたように眉をひそめる。


「申し訳ありません、散るのをおさえられず・・・!」

「そう気に病むのではないよ。お前のせいではないのだから」


ぽんと頭を撫ぜられ、はい、と小さく呟く。


「アクラムという名、噂には聞いている。鬼の一族の首領だな」


友雅の言葉に、みなが息を飲んだ。


「いまだ八葉はそろわぬか・・・神子よ、はやく八葉をそろえよ。でなければ神子の力を十分に発揮できはせぬぞ」

「黙れ!」


頼久がアクラムに向かって行くが、アクラムに返され、負傷してしまった。あかねが頼久に駆け寄り、きっとアクラムを睨む。アクラムはそのままスッと姿を消していった。ぼろぼろとあかねが涙をこぼす。その雫はやがて光となり、巻き上がった。


「・・・鐘の音、か?」

「え?」


泰明が呟くのに、が首を傾げる。鐘の音なんて、きこえはしないが。


「龍神の力か・・・」


龍神の神子が使う、龍神の力。それでにはきこえないのだろうか。泰明の力が集中している箇所・・・右目の下を見つめては把握した。そしてザァッと風が吹き抜けたのを感じ、桜を見上げる。真っ赤に染まっていた桜は浄化され、朝陽と相まって白く輝いているように見えた。これが龍神の神子の、あかねの力。あかねはこの力のためにこの世界に呼ばれた。天真と詩紋も、八葉だからよばれた。


(では、私は・・・?)


ずっと考えないようにしていたこと。なぜ自分はこの世界にとばされてきたのだろうか。その疑問が、しっかりとした理由がある者たちを前にして再び湧き上がってしまった。は両手を見つめた。


(八葉でもない、特別の力なんてない私が、なぜ。なんのためにここによばれたのだろう。・・・なんの力もない私が、ここにいていいのだろうか)


とばしたものが誰かもわからないから、疑問を誰かにぶつけることもできない。


「どうした?気が晴れぬ様だが、まだ穢れが内に残っているのか?」

「えっ、い、いえ」


余程ひどい顔をしていたのだろう。泰明に声を掛けられて我にかえる。


「では何を考えていた?」

「・・・私には力がないな、と」

「・・・?なぜそう思った?お前は立ち回っていたではないか」

「そう、ですが・・・」


何と言ったらいいものか。自分が八葉ではないから、などと言っても仕方のない事だというのに。うーむと思案顔をしていたら、ぽん、と頭を撫ぜられた。え、と顔を上げると、そこには変わりなく泰明の顔。ではこの手は、泰明の物だろうか。


「・・・・・気は紛れぬか?」

「え?」

「先程友雅にこうされて、安堵していただろう。ならばと思ったのだが」

「あ・・・」


気遣ってくれたのか。その気遣いが嬉しくて、は小さく微笑んだ。ありがとうございます、と言って顔を桜に向けると、それはより一層輝いて見えた。



















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