同郷の子ら
翌日、は土御門殿へと向かった。共に、と友雅と言っていたが、彼は別件で連れて行く人物ができたらしく、先に邸を出た。土御門殿には何度か訪れているし、門番とも顔見知りとなっているので問題なく通してもらう事ができた。そればかりか、「お父上がお先に到着しておられますよ」と女房から一言もらう始末。思わず「いつもお世話になっています」と苦笑し、とある部屋へと案内された。いつもは藤姫の元へ通されるが、今日は違う。おそらくあかねの部屋だろう。御簾があげられている部屋に、失礼しますと声を掛けて顔を覗かせた。
「あぁ、来たね」
初めにを見たのは友雅だった。軽く会釈をし、続いて藤姫へと顔を向ける。
「お邪魔します、藤姫」
「いらっしゃいませ、殿」
そして、目を見開いて、気の抜けているのか愕然としているのかよくわからない表情のあかねへと向く。そこで友雅がの隣に立ち、あかねの前へと出した。
「あかね殿は覚えておられるかな?あかね殿がこちらに来られた翌朝、私の側にいた者なのだが」
「はっ、はい。それに、昨日も・・・っ」
「昨日?」
友雅と藤姫がそろって首を傾げる。は苦笑して事情を説明した。
「昨夜の仕事の際、私と泰明殿の所に、あかね殿が現れたのです。魂魄の状態で」
「ほう・・・魂魄で、ねぇ」
「神子様!?そのような危険な・・・!」
「えっ?えっ?魂魄って・・・魂!?」
あかねの驚き様に、が逆に目をぱちくりさせてしまう。
「自覚をおもちでなかったのですか・・・」
「はい・・・」
目を開けたら部屋だったから、夢かと思いました。そう言って乾き笑いをもらすあかねにが苦笑する。
「幽体離脱みたいなものですので、お気を付け下さい。長く肉体から離れると、今度は戻れなくなってしまいますので」
「ゲッ!き、気を付けます・・・!」
その反応に、やはり普通の少女だな、とは思った。そして今一度背筋を整える。
「申し遅れましたが、私、橘と申します。これでも陰陽師の端くれですので、何かお困りの時はおっしゃってください」
「あっ、元宮あかねです!よろしくお願いします。・・・・・あれ?橘、って・・・」
ちら、とあかねが友雅を見る。にこりと笑っただけの友雅にへらっと笑い返し、へと視線を戻す。
「ご兄弟、とか?」
「んー、それがね、あかね殿。この子は私の子なのですよ」
「・・・えぇっ!?」
バッと、今度は勢いよく、友雅とを見比べる。友雅が若作りのせいで、幾つの時の子なのかがさっぱり読めない様だ。そんな心情を読み取ったかのように、が苦笑した。
「子と言っても養子なので似てはいませんし、父上の年齢を模索しても意味はありませんよ」
「あっ、そ、そうなんですね」
図星だったようで、あかねはまた「あはは」と笑った。その姿を数秒みつめた後、「それにしても」と切り出してはあかねの手をとる。
「あかね殿はとても清らかで澄んだ神気を纏っていらっしゃいますね。これほど美しい気を持つ方にお会いしたのは初めてです」
「えっ、あの、その・・・」
片手を両手で包みこまれたまま微笑まれ、あかねは頬を赤く染めてたじろいだ。おや、と友雅が面白そうに笑い、藤姫が「まぁ」と両手を頬にあてて小さく声を上げる。
「殿までそのようなことをおっしゃられるようになってしまわれたのですね・・・」
「え?いえ、私は本当のことを口にしたまでですよ、藤姫。ですからそんなにがっかりした顔をしないでください・・・」
藤姫の様子にが慌てる。さすがに同じにされては困る。ナンパしているわけでも口説いているわけでもないのだから。
「あかねちゃん、ちょっと・・・あ」
そこへ新たな声がして、はそちらへ顔を向けた。そこにいたのは金の髪の少年、詩紋だった。
「あ、えっと、ボク、出直して・・・」
「大丈夫だよ、詩紋、こちらへ来なさい」
目線を泳がせて下がろうとする詩紋を友雅が止めて、中へ促す。詩紋はちら、とを見た後、おそるおそる中へ入った。知らぬ者がまた自分の外見を見てあれこれ言うのではないかと恐れているのだろう。
「、構わないね?」
「はい」
これは藤姫にも話していない事だから驚くだろうな。そんなことを思いながらあかねに一言断り、は詩紋の前に歩み出た。
「一応初めましてにしておきましょうか。私は橘と申します」
「あ、流山詩紋です。一応って・・・」
「一応、顔合わせはしているので。お話ししていませんし、それどころではなかったので覚えていらっしゃらないかもしれませんが」
詩紋がふと考え、「あ」と声をもらして申し訳なさそうにした。構いませんよ、と笑いかけ、続きを発する。
「詩紋殿のその金の髪と碧い瞳・・・」
「!」
詩紋の眉間がきゅっと寄るのがわかった。きっと外見だけで判断されてしまったのだろう。それはここだけではなく、おそらく元の時代でも。そう内心で思いながら、は続けた。
「詩紋殿はハーフですか?それともクォーターですか?」
「え・・・?」
突然カタカナ言葉がの口から発せられ、事情を知る友雅以外が目を丸くした。言葉の意味を知らない藤姫はハテナをとばし、あかねと詩紋はなぜ、と動揺している。その様子に構わず、はぺらぺらと続けた。
「金髪碧眼と言えばアメリカやフランス、イギリスなど、欧米のほうですよね。ここまで綺麗に色が残っているという事は、ハーフでしょうか」
「あっ、い、いえ、ボクはフランス人のクォーターですっ」
弁解の言葉が絞り出されて、はにこと笑った。もしかして、とちいさくあかねの口からこぼれる。
「もしかして、さんも、私たちと同じ・・・?」
「はい。あかね殿方と同じく、“現代”から参りました」
「そうなんですか・・・!」
現代組ふたりが驚きに目を丸くしている。してやったり、とは内心で笑っていた。
「二年前、突然こちらにとばされまして。そこを友雅殿に拾っていただき、養子に入れていただいたんです」
「へぇ・・・」
じーっと見られてくすぐったく思いながらふと友雅に目を向けると、彼は軽く笑い声を立てていた。
「どうやら仲良くなれそうで安心したよ」
「父上・・・」
傍観者に徹していた友雅に呆れつつ、再び詩紋に顔を戻す。
「詩紋殿の髪は天然が入っていて可愛らしいですね」
「そ、そうですか?」
くしゃりと髪を撫ぜると、くすぐったそうに肩を動かす。まんざらでもなさそうに詩紋は笑っていた。
「ふふ、なんだか、お姉さんができたみたいです」
きょとん。という表現が最も合うであろう。の手が詩紋の頭の上で止まり、詩紋は小さく首を傾げた。友雅は「おや」とこぼし、あかねは先ほどのように驚きに目を見開いている。
「し、詩紋くん、お姉さんって・・・」
「え、ち、違った!?女のひとかと思ったんだけど・・・・えっ、ごめんなさい・・・っ」
「あ、い、いえ、その・・・」
慌ててあやまりだす詩紋に対して若干動揺を残しつつ、は「あー・・・」と意味のない声をもらした。
「詩紋殿の解釈で、間違ってはいないので・・・」
「「・・・え」」
言い当てたはずの詩紋までもが声をもらした。あかねにいたっては、顔に「うっそだぁー!」と書いてある気さえする。藤姫はあかねの気持ちがわかるようで苦笑しており、友雅にいたっては面白そうにくつくつ笑っている。そんな友雅をジト目で見た後、こほんと小さく咳払いをしては続けた。
「陰陽師として動きやすくするために、男を装っているのです。ですので、おふたりも、私が女だとは他言無用でお願いします」
「はっ、はい、わかりました」
詩紋が返事をし、あかねもこくこく頷いた。それにしても、と友雅がこぼし、皆の視線がそちらに集中する。
「詩紋はすぐに見抜いたが、あかね殿はわからなかった、ということかな」
「うう」
図星であかねが肩を落とす。そんな彼女には苦笑してみせた。
「いえ、わからないほうがいいので、落ち込まないでください。わかるほうがすごいのですよ。この二年でまだほんの数人にしか見破られていないのですから」
「そうですわ、神子様。恥ずかしながら私も見抜けませんでしたもの」
初めて藤姫に会ったのは、彼女の体調がすぐれない時だった。気の流れを整えるためにが参ったのだが、先程あかねにしたように手をとり言葉を紡ぐと赤面されてしまったのであった。
「さて、我々はそろそろお暇しようか」
「はい」
「あっ、また来てくださいね!私のウチじゃないけど」
行ってから気づいて、あかねはちらと藤姫を見た。もちろんですわ、と返ってきて、あかねもも笑みを浮かべる。そして友雅と、「そこまで送ってくる!」と言った詩紋と共にそこをあとにした。
門の手前に、見知らぬ少年がいた。どうやら放免のようだが、なぜかじっと見られて、はもどかしく首を傾げた。
「もしや先ほどのを見ていたのかな?」
「・・・」
少年は何も答えず、ただ眉間に皺を寄せただけだった。先ほど、と言うと、あかねや詩紋とのやり取りだろうか。
「あの位置からだと声はきこえなかっただろうがね」
つまり見える位置にはいたということか。そして声はきこえなかったが、様子だけ見えたと。
「・・・つまり誤解させているのでは」
「ふふ、そうともいうかな?」
「そうとしか言わないでしょう」
がはぁ、とため息をついた。詩紋もわかったようで、「あ」と声を上げた。
「天真先輩、大丈夫だよ」
「・・・何がだよ」
「だから、大丈夫なんだよ」
門番がいる手前、はっきりと口にすることはできず、詩紋もどう言ったらいいかと悩んだ。
「構いません、詩紋殿。彼には私の口からお伝えします」
「そうですか?じゃあ、天真先輩のことお願いします」
「おい、なんでそういう言い方になるんだよ!?」
彼の言葉は詩紋の「それじゃボクは戻りますね!」に軽く流されてしまった。そのまま詩紋はたっと邸のほうへと姿を消した。やれやれと肩をすくめ、友雅からフォローが入る。
「事情は歩きながら話そう。行くよ、、天真」
「あ、はい」
歩いて行く友雅にが続く、ちら、と後ろを見ていれば、ふてくされた様子だが天真もついて来ていた。
さてこのあたりでいいか、と友雅が人通りのないところで足を止める。それに続いてと天真も足を止めた。
「天真、この子は。私の娘だ」
ん?とが友雅を見た。いともあっさり簡単にばらしたな、と。友雅はにはただ苦笑するだけだった。天真はといえば、目をぱちくりと瞬かせたあと、「はぁっ!?」と大声を上げた。
「女ぁっ!?」
「・・・これは本気で男だと思っていたようだね」
「あはは・・・」
いや、それでいいのだが、それで嫉妬心を向けられるのは些か居たたまれない。遠まわしに言わなくてよかったか、とは思った。
「いや、どう、見たって・・・」
「わけあって男を装っているもので」
「・・・はぁ」
天真が頭をがしがしかいた。自分が嫉妬していたのが馬鹿らしく思えたのだろう。だがはっと顔を上げてを見る。
「まさか、レ「いたってノーマルですのでご心配なく!!」
何を言い出すのだこいつは。焦って声を荒げてしまった。友雅はニュアンスだけで理解したようで、何とも言えぬ顔をしていた。
「心配はないよ、天真。見ていたなら、詩紋に対しての行動もわかっているだろう?」
「まさか、年下しゅ「そういうわけでもない!!」
なんなんだこいつは、こういう年頃なのか?とは少々苛々しながら天真を軽く睨んだ。おやおやが声を荒げるなんて珍しい、と友雅が小さく笑い声をもらすのにも、しっかり睨みをきかせておく。
「わ、悪かったって。そう睨むなよ」
さすがに天真も悪ふざけがすぎたと思ったようだ。は大きなため息をついて、「いえ、わかってもらえれば構いません」と言った。
「、順序が逆になってしまったが、
そちらも伝えてあげなさい」
「はい」
なんだ?と天真が首を傾げる。は何と切り出そうかと少し考え、口を開いた。
「天真殿は、何年生ですか?」
「俺は高1だけど・・・・・は?」
おまえ、いま、なんつった?この反応に思わず笑みを浮かべる。驚かせることに成功したようだ。
「は?ちょっと待て、お前、まさか・・・」
「天真殿たちと同じく、現代人です。こちらに来たのは二年前ですが」
「ま・・・まじか、よ・・・」
変な驚きが重なって、天真は大きく息を吐いた。あぁそういやさっき言おうとしたの遮ったもんなと納得もする。だがすぐにふっと真顔になって、を見る。
「そういや、二年前に行方不明になった女子生徒がいるって・・・けど、名前が違ったような・・・」
「私の本名は安倍ですが・・・行方不明、ですか・・・?」
「そうだ、安倍だった気がする。・・・あぁ、突然いなくなって、誘拐の線も無し、陰陽師の家系だというし、神隠しにでもあったんじゃないかって・・・」
「・・・・・」
は顔を右手で覆った。まさか本当に行方不明扱いになっているとは。これはいよいよ、祖父に迷惑と心配を他大にかけているだろう。申し訳なくて、切なくて、だがそれをここで漏らすわけにもいかず、は大きく息を吐いて無理矢理落ち着かせた。ふと天真を見れば深刻そうな顔をしていたが、何かを発するわけではなく、と同じように息を吐いて気持ちを落ち着かせるだけに終わった。
「ところでさ、お前、そんなうやうやしい喋り方やめろよな」
「え?」
「先輩、なんだろ?だったらタメ口で構わねぇって。そもそも俺は身分がどうのとかねぇし」
「・・・」
きょとん、と間を空けて、はふっと笑った。
「わかったよ、天真」
「よしっ」
新たな友、と云うべきか。きっとあかねたちも呼び捨てで!とか言うのだろう。なんだか懐かしい心地がする。行方不明になってしまっていることは気がかりだが、戻る方法がわからない以上、気に病んでいても仕方がない。前へ踏み出すしかないのだ。この、家族や友たちとと共に。
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