残らない傷、残る傷





















グゾルの命が尽きて三日目。人形ララは未だ歌い続けているらしい。は背中や肩を軽く動かしながら病室を出ようとドアを開けて、すぐ止まった。


「・・・・・」


ドアを開けたすぐ前にその顔があって、目をぱちくりさせる。これが引きではなく押し戸だったら確実に顔面をぶつけていたところだ。


「・・・なんて格好してやがるんだ」

「え?」


いつも以上にしかめ面の神田に言われ、は自分の格好を確認する。いつも巻いているさらしは取り払われ、傷を覆うための包帯がぐるぐる巻かれている。それに加えるのはズボン・・・のみで、腕や腹の素肌が露わになっている。


ちゃんどんな格好してるのー?ダメだよー、女の子なんだから』

「いや、傷の確認してたもんだから」


コムイと通話しながら来たらしい。トマが背負った通信機の受話器からのコムイの声に答える。


「行くぞ」


すでに点滴も包帯もはずしてシャツを着た神田が身を翻す。


「あ、出発?ララは?」

「じき止まるだろ」

「ちょ、ちょっと待った!キミも入院必須の重症患者だよ!?」


コートとシャツをひっつかんで今度こそ病室をでると、医者が慌ててとんできた。まさかキミも治ったなんて言わないよね!?と気が動転しているようだから、神田の傷の消えた身体を見たのだろう。コートを神田に預けてシャツを着ながら背中を指さす。


「コレ、専門家じゃないと治せないんで」


専門医ではなく専門家。治すではなく正しくは直す、だ。


「さっさと着ろ」

「ぶへっ」


ドクターも十字架見たでしょ?なんて言っていると、コートを顔面に投げつけられた。が「いたーっ」と顔をおさえている間に、神田はコムイと通話しながら歩いていく。


「お世話になりましたー」


呆然とする医者の横を足早に通り過ぎ、神田たちの後を追いかける。追いついたのは町の入り口だった。コムイとの通話が終わり、待っていてくれたようだ。ふとは神田の前で立ち止まって彼の胸・・・傷を負った辺りをじっと見つめた。


「なんだよ?」

「治ったん、だよね?」

「あぁ、治った」


確認のためにトマに目を向けると、彼は確かに頷いた。


「広がって、ないよね・・・?」

「ねぇよ」

「・・・ユウ」


が、アレンの前では口にしないようにしていた彼のファーストネームを呟く。


「自分の命を大事にしてよ?ユウだって、生きて・・・死、ぬ・・・かもしれないんだから・・・」

「・・・・・」


神田はを一瞥し、すぐ前を向く。


「自分のことだ、わかってる」

「でもやっぱり、ユウが傷だらけになると心配になるよ・・・」

「・・・・・」


俯くの頭を、くしゃりと撫でる手があった。顔を上げるとそこには神田の背中。手は一瞬でのけられていた。


「コムイから伝言だ。俺はこのまま次の任務、お前らはイノセンスを本部へ持ち帰れ、だと」

「・・・了解」


釈然とはしないが、無理矢理変えられた話題に少しだけありがたく思いながらは頷いた。そしてどちらからともなく並んで歩きだし、その後にトマが続く。


「・・・

「ん?」


歩きながら、前を向いたまま神田がの名前を呼んだ。首を傾げて神田を見ると、彼はほんの少しためらいの間を置いた後、再び口を開いた。


「誰の前でもあんなコトしてやがんのか?」

「あんなコト・・・?」


さらに首を傾げてなんのことだろうと考える。そして先ほどの格好のことだと把握し、「あ」と漏らした。


「いや、だからあれは傷の確認をしてただけで」

「そのまま出て来やがっただろうが」

「あー・・・」


弁解の余地無し。どう言ったものかとはうなった。


「あれはー、その、あれだよ。私の病室に来るのなんてドクターかユウくらいだと思ったからで・・・」

「・・・・・」


ジト目で見られると、嘘は言っていないのに冷や汗が出そうになる。


「・・・今度してやがったらアイツ・・・にチクるからな」

「え」


それだけ言って神田はスタスタ歩いていく。は慌てて追った。


「ちょっ、ちょっと待ってよ!あいつにバレたら何言われるか・・・!」

「知るか」

「ユウっ!」


もー!と言うと、ふんっと鼻で笑われる。面白がっているように見えるのはなぜだ。そして同時に、なぜ神田がそれを気にするのだろうと疑問に思う。きけなくもなかったが、神田が珍しく笑っているからいいか、とも笑顔になった。



















子守唄が響く階段に、アレンは膝に顔を埋めて座っていた。


「何寝てんだ、しっかり見張ってろ」


アレンに声をかけ、神田が数段上る。


「あれ・・・?全治5ヶ月の人がなんでこんなところにいるんですか?」

「治った」


アレンが座っている5、6段下に神田がドサッと腰を下ろし、もその隣に座る。アレンが「ウソでしょ・・・」と呟くのを神田が「うるせェ」の一言で一蹴した。


「全治1ヶ月のは?」

「私はほら、その・・・コムイさん」

「・・・そうでした・・・」


遠い目をするの言葉に、自分も左腕を損傷したから同じだとアレンの声が震えた。寄生型二人の哀愁も構わず、神田が話を進める。


「辛いなら止めてこい。あれはもう“ララ”じゃないんだろ」

「ふたりの約束なんですよ。人形ララを壊すのは、グゾルさんじゃないとダメなんです」

「甘いな、お前は」


神田の声が凛と響く。


「俺達は“破壊者”だ。“救済者”じゃないんだぜ」

「・・・・・わかってますよ。でも僕は・・・」


一迅の風が吹き抜けた。空気が変わり、響いていた音がやんだ。


「歌が、止まった・・・」


アレンがララたちの元へ歩み寄る。らもその後に続いて、目にしたのは活動が停止してアレンの方へ倒れる人形の姿。


「おい?どうした」


アレンがその場から動かないのを見て神田が声をかける。アレンは、泣いていた。


「神田・・・それでも僕は、誰かを救える破壊者になりたいです」


星が瞬き晴れた夜。愛し合った二人も、夜空に輝く星になれただろうか。





















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