黒の教団壊滅未遂事件から約1ヶ月。アレンもここの生活に慣れてきたようだ。マテールで別れた神田も本部へと帰ってきていた。は今日の鍛錬を終え、自室へと向かっているところだった。
「」
もう少しで着くというところで声をかけられて振り向く。そこにはさきほど修練場で別れたリナリーがいた。
「どうしたの?リナリー」
「さっききき忘れちゃったことがあって。明日、暇?」
「まぁ・・・暇といえば暇だけど」
任務も言い渡されていないし、することと言えば鍛錬か科学班の手伝いくらいなものである。
「良かった。明日、ちょっと買い出しにいってもらいたいんだけど・・・」
「買い出し?私に?」
自分を指さしてきくとこくりと頷かれる。
「別に構わないけど・・・」
「ほんと?よかった、ありがとう!これ、買い出しのリストね」
リナリーに手渡された紙はメモ程度の大きさだが小さめの文字でびっしり書かれており、その多さに思わず口元が引くついた。
「大丈夫、ちゃんと荷物持ちはつけるから」
「良かった・・・」
さすがにこの量を一人で運ぶのはサエにも至難の業である。
「明日、部屋に迎えに行ってもらうね」
「誰が来るの?」
「まだ決めてないの」
てへ、と効果音がつきそうな調子でリナリーが答える。
「そ、そう・・・とりあえず、明日その人が来たら出かければいいんだね?」
「うん、お願いね」
「りょーかい」
リナリーと別れ、今度こそ自室に入る。シャワーを浴びてから明日用に、あまり着ることの無い私服を簡単に選び、はベッドへと潜り込んだ。
ゴンゴン。 少々強めのノック音がし、はドアを振り向いた。買い出しの荷物持ちさんが来てくれたのだろう。支度完了済みのは、「はーい」と言ってドアを開けた。
「・・・・・ユウ?」
「・・・んだよ」
そこにいたのは思いもしなかった人物で、は目をぱちくりさせた。アレンか、探索部隊の誰かだと思っていたのだ。よもや神田が買い出しの荷物持ちなんて引き受けるとは考えつかなくて。
「あー、えっと、ユウが、買い出しつき合ってくれるの?」
「だから来たんだろうが」
どうやら間違いではないらしい。
「さっさと行ってさっさと帰るぞ」
「あ、うん」
きびすを返していく神田の後を、手荷物とメモを持っては追った。
隣を歩く神田は、彼の私服としてはよく見る黒のズボンに白のシャツというシンプルな格好をしていた。ただその背には六幻が下げられていて、なんとも違和感が拭えない。いつアクマに襲われるかわからないから持っていて当然なのだが。対するは、短パンにタイツ、上は緩めのシャツとキャミソールという格好で、これもがよく着る私服である。何件か渡り歩き、いつしか神田の両手には大量の荷物が抱えられていた。も小脇に荷物を抱えている。
「えーと、あとは・・・」
「」
突然後ろから呼ばれ、は「え?」と振り向く。
「髪紐どうした?」
「あぁ、昨日リナリーと実戦鍛錬したとき壊しちゃって」
は髪をひとつに結んでいるものの、それはごくふつうの紐で、ゆるく結ばれただけだった。
「あぁそうだ、それもついでに見ていい?すぐ済ませるから」
「・・・ちっ」
舌打ちをされたが嫌だと言わないということは構わないということだ。ちょうどいいところに店を見つけては中に入った。その店はアクセサリーやビーズチャームを扱っている店で、種類も豊富だ。すぐ済ませると言ったものの、なかなかに目移りしてしまう。
「あー、迷う!・・・あっ」
ふと目に留まったのは、髪紐が通るくらいの大きめのビーズ。ガラス製だが綺麗な模様が彫られており、光が当たるときらきら光る。
「遅ぇ」
「!!」
それを手にしたとき斜め上から声がして思わず肩が大きく揺れた。バッと半身だけ振り向くと、そこには仏頂面の神田がいた。
「ユっ・・・ちょっ、気配消して来ないでよ。びっくりしたじゃん!」
「うるせぇ」
神田はの言葉を流し、彼女の手元を見た。
「・・・・・」
「ユウ?・・・えっ、ちょ・・・!」
神田はの手からそれをひったくると、スタスタとレジへ向かっていく。そしてあっと言う間にそれは、小さな紙袋に入っての手に戻ってきた。
「・・・・・」
「なんだよ、不満か?」
不満など、あるはずが無い。だが、なんだか釈然としない。
「おい、早く次行くぞ」
「先外出てて」
「は?」
「いいから!」
神田の背中を押して彼を店の外へ追い出すと、は先ほどのコーナーへ戻った。神田に買われてしまったビーズの隣にある、少しだけ違うそれ。はそれを手に、レジへと向かった。
店を出ると、神田がしかめ面で仁王立ちしていた。も仏頂面で神田に近づいていき、その胸に紙袋を押しつけた。
「ありがとう」
そしてそう言い背を向ける。両腕に紙袋を抱えたままなんとか受け取ったそれを見るが、解せない。
「なんだ?これは」
「ユウもよく髪紐失くすでしょ?だから」
ガサ、と先ほど神田から受け取った紙袋からビーズを、新しく自分で買った紙袋から紐を引っ張りだして紐にビーズを通す。
「お揃いの髪紐にしちゃった」
嬉しそうに笑っては髪をほどき、いつもより少し高めに結い上げた。が動くたびにビーズが揺れ、きらきら光る。
「・・・・・」
神田はしばし呆気にとられていたが、やがて両腕の荷物を地面に置き、に押しつけられた紙袋を開ける。紙袋から引っ張りだしたそれは、の橙に対して赤い紐。その先にはサエのとは色違いのビーズ。確かに、これはお揃いだ。
「えーと・・・ユウ?」
反応がないことに不安を感じたはおそるおそる神田の顔をのぞき込んだ。神田はふっと小さく笑うと、ぐしゃりとの頭に手をやる。
「ちょ、ユウ――」
「いいんじゃねぇの?」
「え」
そしてから手を離し、髪を結い直した。神田の頭でもビーズが揺れ、のよりは少し控えめに光る。は勝手に口元が緩むのが自分でわかった。
「よし、買い出しちゃっちゃと終わらせちゃおっか!」
返事はなかったが、構わない。今とても幸せな気分なのだから。
リナリーからのリストのものをすべて買って帰った頃には、すでに陽が落ちかけていた。ただいまーと城内にはいると、おかえりと迎えられる。
「ありがとう。ごめんね、重かったでしょ」
「まったくだ」
「ユウってば・・・」
リナリーに示された場所に荷物をおくと、神田はさっさと歩いていく。その背にリナリーが「ありがとう!」と掛けると、彼は背を向けたまま軽く手を挙げた。そしてふとリナリーは、彼の頭で揺れるそれに気づく。の方を見て、またそれに気づく。
「・・・今日は良い日を過ごせた?」
突然リナリーに問われてサエは目をぱちくりさせたが、すぐに笑顔で頷いた。良かった、とリナリーも笑い、二人の頭で揺れるそれらを、微笑ましく眺めていた。