気遣い






















真ん中の学年になると一気にやることが増える。自分達のプレーや練習もする上に後輩達の指導が加わるのだ。中学でも同じようなことはしていたが、やはり高校ともなるとそれ以上であった。だがやはり自主練は欠かさずこなし、は夜の走り込みに出た。夜の走り込みまでするのはおそらくくらいである。みんな家が少し離れたところにあり、帰った頃には走り込みなどする時間がないそうだ。それが本心か向上心の低さかはわからないが、自分は自分のやることをするだけだと、はあまり気にしていなかった。
今日の分を走り終わり水分補給をしようとしたは、自分のスポーツバッグを覗いて肩を落とした。ボトルを部室に忘れてきてしまったのだった。部室はとうに閉まっている。はやく家に帰ればいい話ではあるが、やはり水分補給はすぐにしたい。うーんと少し唸った結果、は青心寮の敷地へと足を踏み入れた。



















小声で「お邪魔しまーす」と言ってみたものの、意外にもあたりはシンと静まり返っていた。目指すは食堂付近の自動販売機。思わずそろりそろりと気配をころすように歩いていく。もちろん自在に気配をころすなんて技は持ち得ていないのだが。やがて無事に食堂までたどり着き、は一息ついた。自動販売機にコインを入れ、アクエリアスのボタンを押す。ガゴンを音を立てて落ちたそれを取り出し、蓋を開けて一気にあおった。


?」

「ブッ!ぐっ、げほっ!!」

「あ、わりぃ、大丈夫か?」


突然声をかけられては思い切りむせた。ゲホゲホと咳き込むとタオルを渡された。誰かを確認しないままタオルを拝借してこぼれた液体を拭き、そして相手を確認して目を丸くした。


「伊佐敷くん?」

「誰だと思ってたんだよ」

「いや、とくに誰とは・・・」


声でわかるほど伊佐敷との付き合いはまだ深く無い。かと言って結城だったとしても、今の状況ではわかったかどうか自信はなかった。


「誰か確認せず使ったのかよ、それ」

「あっ、ごめん!洗濯して返すね!」

「いいって。すぐそこ洗濯室だし、放り込んどく」

「でも・・・」

「俺が勝手に貸したんだから別にいいだろうが」


そう言われてタオルを回収されてしまう。アクエリアスの染み込んだタオルは若干ベタついているからそこが心配だった。


「こんな遅くまで自主練か?」

「うん、そのへん走り回ってた。ボトルを部室に忘れちゃったから、悪いと思いつつ寮内にお邪魔を」

「確か哲と家が近いって言ってたからお前も学校から近いんだろうけどよ、あんま遅いと帰り道こわいだろ」

「んー、まぁ、大丈夫だよ」


危機感ゼロの返答に伊佐敷は思わず呆れの声を漏らした。


「哲のやつまだいたから、一緒に帰れよ。途中まででもそのほうが安心だろ」

「ありがと、でも結城に悪いよ」

「いいんだよ、送らせておけ」


それは伊佐敷が決めていいことなのか?と思いつつ、歩き始めた伊佐敷の背中を見つめる。そして室内練習場の方から出てきた結城を捕まえて連れてきた。


「まだいたのか、

「お互い様でしょ」

「哲、こんな時間だからお前連れて帰れ」

「俺ももう上がろうとしていたから構わないが・・・」

「決まりだな」


ポンと結城の肩をたたき、伊佐敷は「任せたぜ」と言って去っていく。その背中に「ありがとう!」と声をかけると、彼は振り返らないまま手を上げて部屋のある二階へと上がっていった。


「帰るか」

「うん」


残された二人は門へ向かって歩き、結城の家の前で別れた。


















翌朝、朝練を終えて若干疲れている様子の伊佐敷に、は声をかけた。


「おはよ、朝からお疲れ様」

「おー」

「野球部ってご飯三杯は食べなきゃダメなんだって?」

「じゃねぇともたねぇからな」


さすがに一年の初めは茶碗三杯も食べられなかったらしく、よく吐いていたそうだ。だが食べないと体力がもたず練習についていけないから食べるしかない。このサイクルを徐々に慣らしていくことで体力がついていくのだ。


「昨日はありがとね、気をつかってくれて」

「んなの別にいいって。姉貴達が夜にボディーガードくらいしろってうるさかったからな。中坊だった俺にだぜ?」

「伊佐敷くん、お姉さんいるんだ?」

「二人もな」


きけば二歳上と六歳上のお姉さんがいるらしい。笑って話す様は楽しそうで、一人っ子のは少し羨ましく思った。


「そういや新巻出たっつってたな。送ってくれねぇかな」

「新巻?何の?」

「漫画の」

「なんの?」

「・・・」


若干の間。なぜ間を空ける必要があるのかとは首を傾げた。


「・・・水色のハニーボーイ」

「・・・・・少女漫画・・・?」

「・・・・・」


目を丸くして呟くと、伊佐敷はふいっと顔を背けた。すねているような顔で、照れているのか不機嫌になってしまったのかすらよくわからない。


「あ、や、ごめん。ちょっとびっくりしただけ。あたしも好きだよ、水色のハニーボーイ。新巻買ったから、貸そうか?」

「まじかよ!?貸してくれ!」


の言葉に一気に顔が晴れる。よほど好きなようで、は思わず小さく笑った。はっとして伊佐敷がまたすねたようなしかめっ面になる。


「お姉さん二人もいるって言ってたし、お姉さんの影響?」

「プラスおふくろな」

「あぁ・・・女性陣みんなの影響なんだ・・・」


昔から母や姉が読んでいたものを一緒に読んでいれば、それは確かに少女漫画が好きになってもおかしくはない。


「あたしは大体友達からの影響なんだけど、少女漫画も少年漫画も好きだし、いいんじゃないかな。男が少女漫画読んじゃいけないなんてルールないし、逆もそうだしね」


笑えば、伊佐敷も笑みを見せた。もう大丈夫そうだ。
は伊佐敷と仲良くなれているのが嬉しくて、夜に忘れないように漫画をカバンへと詰め込んだのであった。



















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少女漫画のタイトルは実際に私が好きな漫画のタイトルをもじらせていただきました。分かる人にはわかる、かもしれない。

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