ミステリートレイン


















「ミステリートレイン?」

ここ工藤邸の主の妻、有希子の手によって“赤井秀一”が“沖矢昴”になっていく様を見ながら、は話題の件に首を傾げた。

「えぇ、やつらが仕掛けてくるならここだろうって、昴くんとコナンくんが」

昴は盗聴ないしハッキングないししていたのだろう。それをコナンと話して推理したと見える。有希子にスマホの画面を見せられて、内容に目を通す。

「なるほど・・・汽車という密室空間でのミステリーツアーですか。確かにここなら入り込みやすいし、どさくさにまぎれて、ということも可能ですね。でもこれ、完全予約制では?」

「ふふ〜ん、それはご心配なく!私、顔が広いのよね〜」

くんを知っているだろう?」

「えぇ、新一くんの親友で、“あの子”のそばによくいる・・・」

「彼が鈴木財閥に顔がきくらしくてな・・・」

「とってもらったと」

「そうなの!ちゃんも、私達と同じ部屋で大丈夫よね?」

「えぇ・・・え?私、達?」

有希子の言葉に目をぱちくりさせて彼女を見る。有希子はにこにこ笑顔を絶やさないまま、自分と昴を示した。

「えぇ、私、達」

「ま、待ってください!有希子さんも行くおつもりですか!?」

「もちろんよ!」

「危険すぎます!何を仕掛けられるかわからないというのに・・・!」

黒の組織が現れるであろう場所に、一般人の彼女をわざわざ連れて行くわけには、ましてや巻き込むわけにはいかない。

「大丈夫よ、コナンくんと昴くんの読みだと、それほど大がかりなことはしてこないだろうってことだし」

「ですが」

「それに、私は行かなくちゃいけないの」

「え?」

有希子の急な声色の変化に、の勢いが止まる。

「会わなくちゃいけないのよ・・・シャロンに」

「・・・・・」

シャロン・ヴィンヤード、またの名を、ベルモット。彼女と有希子は女優友達で、変装術を同じ師から学んだ間柄でもあるという。有希子からしたら、友人が秘密組織にいる悪党だったなんて、信じがたい事実なのだろう。

「・・・わかりました。でも、無茶はしないでくださいね」

「えぇ、大丈夫よ」

にこりと可愛く笑った彼女は、とても高校生の息子がいるようには見えない。

「そういうわけだから、よろしくね、ちゃん」

「はい」

数日後、作戦決行。



















鈴木財閥のベルツリー急行で毎年行われる、ミストリートレイン。郁大も園子に席をとってもらい、自分以外のものを“彼女”に渡した。

「連絡は、新ちゃんを通してでいいわよね?」

「その方がいいと思う。彼女は自分には手を出さないって、新一が言ってたからな」

「・・・えぇ」

一瞬、有紀子の顔がくもった。友人のことを思ったのだろう。

「ありがとう、くん。あなたも無茶しないでね」

「・・・」

言って有希子は身を翻して行った。お互い、無茶はせず、だが守るものは守る。は離れたところにいる、大切な“彼女”を想った。



















発車してしばらく。どうやら推理クイズより先に、本当の殺人事件が起きてしまったようだ。場所はたちの部屋のすぐ近く、7号車のB室。わずかにドアを開けて昴が外の様子を伺った。通り過ぎた男に、蘭にしがみついていた哀が反応する。彼はしっかりと“彼女”を見た。そのあとに来たのは、安室透。昴はそっとドアを閉じて、言った。

「どうやら天は、我々に味方しているようですね・・・」

役者はそろった。あとは“時”を待つのみ。




















殺人事件がおき、蘭や園子、子どもたちと博士は部屋で待機する事になった。も、現場はコナン達に任せて彼女らの近くにいた。そして、顔色の悪い“彼女”の様子を伺う。先日キャンプで子どもたちを助けてくれたという女性のムービーを毛利探偵事務所に送ったらしい。その女性は、哀が解毒薬で元に戻った姿だった。ネットに流せばその女性が見つかるかもしれないと思ってのことだったらしい。

(哀さん・・・)

彼女は感じているのかもしれない。やつらの気配を。底知れぬ恐怖を。その部分はわかちあえなくて、は苦しくなった。

「哀ちゃん?」

突然、哀の顔色がさらに変わった。メールを見て、青ざめている。そして彼女は席を立ち、外へ出ようとする。

「あ、哀くん、どこへ行くんじゃ?」

「トイレよ・・・風邪薬も飲むから、少し長いかも・・・」

言って哀は、部屋を出た。

「じゃあわたし哀ちゃんに付き添うよ!」

「放っときなよ!ウザがられるだけだって!」

追いかけようとした蘭だったが、園子に制される。

「でもあの子・・・この部屋に来る途中ずっとわたしの上着のスソつかんでたから・・・。何か心配事があるみたいだし・・・ついててあげないと・・・」

それでも蘭はドアを開け、外にいるであろう哀を探した。

「あれ?哀ちゃん、どこー?」

今さっきだから、そう動いていないはずだというのに。きょろきょろ見渡して呼んでみても、哀は出てこない。

「わたし、ちょっと探してくるね」

「俺が行くよ」

「でも、哀ちゃんはトイレに・・・」

「連絡してみる。毛利はみんなについててあげてくれ」

「・・・わかった。お願いね、くん」

「あぁ」

必ず。は部屋を出て、辺りを見渡した。行くとしたら、一般人が多い前の車両よりも、人の少ない後ろの車両に行くはずだ。はメールを一通送り、7号車の方へと歩き出した。

(はやまるなよ、志保さん・・・!)

逸る気をおさえながら、は彼女の無事を願った。


















有希子が“彼女”と接触するために部屋を出て行った。はソファに座り、時を待っている。

「・・・ねぇ、真純もいたわよね」

「あぁ・・・」

部屋の外を伺っていた昴が、の言葉に頷く。

「真純にも、接触してくるかな」

「だろうな・・・」

“赤井秀一”に化けているのはおそらくベルモット。彼女なら声も真似ることができる。真純に会っても、“赤井秀一”を演じられるはずだ。それで確かめるのだろう。赤井秀一が本当に死んだのかどうかを、真純の反応を見て。

「ただ会うだけじゃ、すまないでしょうね・・・殺しはしないにしても」

「・・・」

「手、足りる?」

「“あちら”は有希子さんとくん・・・それにボウヤが動いてくれるだろう・・・問題ない」

妨害されては困るから、邪魔である真純は気絶して監禁しておくだろう。それを救出するのが、“昴”の役目だ。

「“時”を待て・・・もうすぐ、その時が来る」

「・・・OK」

もうすぐその時が来る。うまくいい風がこちらに吹くことを、彼女は願っていた。



















有希子からメールで合図をもらい、昴とは部屋を出た。目指すはベルモットと安室がとった部屋。ベルモットは裏工作中、安室はコナン達と一緒に推理中だ。一応警戒しつつ、そのドアを開ける。そこには思ったとおり、真純が寝かされていた。

「真純・・・!」

「どうやら気絶させられているようだな・・・」

「・・・ベルモットと接触したのね」

「・・・」

昴が真純を抱きかかえる。そのまま2人は真純の部屋へ向かった。昴がそっと椅子に寝かせると、「ん、」と真純がうめく。

「しゅ・・・秀兄・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・頼んだぞ、

「えぇ・・・」

昴が、ペリ、と“それ”を剥がす。そして“赤井秀一”は、この真純の部屋に置いてあった、彼女の帽子を目深にかぶって部屋を出て行った。

「・・・秀兄・・・生きて・・・」

「・・・ごめんね、真純」

この件でこの子に謝るのは何度目だろう。はそっと真純の頭を撫で、赤井の身を案じた。



























はそこに小さな人影を見つけて、を上げた。よかった、ベルモットには出くわさなかったようだ。

「哀さん!」

「っ!?・・・、くん・・・?」

「よかった、まだ飲んでないな」

目を見開いて驚く彼女に目線をあわせる。

「どうして・・・私が1人になったのは、何の為だと・・・!」

「わかってる。俺達を巻き込まない為だろ」

「だったら!」

「わかってないな、志保さん」

「な、に」

急に本名を呼ばれた哀はたじろいだ。はそんな彼女の両肩に手を置いて、その顔を見つめる。

「俺はもう巻き込まれてるし、巻き込まれに行ってるんだよ、自分からな。・・・あんたが大事だから」

「どうして・・・どうしてそんな・・・」

「仕方がないだろ、好きなんだからさ」

「っ・・・!」

苦笑をまじえた笑みを向けられて、哀は戸惑った。自分のことを知っているはずなのに、何をしてきたかわかっているはずなのに、いまどういう状況かわかっているはずなのに。それなのに、“仕方ない”で、感情で済ませる彼が、眩しい。

「ほら、志保さん、こっちだ」

「ど、どこに行くのよ」

「少し居心地が悪いかもしれねーけど、室橋さんが殺された部屋だよ」

「えっ?」

「さすがにやつらにも盲点だと思うってな」

「・・・工藤くんがそう言ったの?」

「新一達、かな」

「達・・・?」

「詳しい話は後だ。自分で歩かないなら抱えるぞ」

「あ、歩くわよ!」

が両手を広げたのを無視して哀は足を踏み出した。はそんな彼女に笑みを浮かべて背を見つめる。

(・・・ありがとう)

哀の心の声は届かないまま、2人は7号車のB室に入り込んだ。




















突然、8号車で火事が起きた。否、これもやつらの作戦のうちだ。貨物車をのぞけば最後尾である8号車で火事が起きたなら、乗客はみんな前の車両へ避難する。念の為7号車と6号車の乗客も避難するよう放送がかかったので、蘭やこどもたちも避難するだろう。哀を7号車に避難させたは、6号車に来ていた。

「新一」

、灰原は?」

「保護できた」

頷いてみせると、よかったと返って来た。そしてコナンは、目の前にいる2人に顔を戻す。小蓑夏江と住友昼花。否、怪盗キッドと付き人の寺井。

「キッドと何話してたんだ?」

「なんだ、お前も気づいてたのかよ」

「当たり前だろ」

素の声に戻っている“友人”ジト目を向ける。キッドはにスマホの画面を見せた。

「俺に、この子の身代わりをしてほしいだとさ」

「な・・・」

その画面にうつっているのは、まさにが探している“彼女”で。は思わずコナンを見た。こちらの友人は、にっとに笑ってみせる。

「ひっでぇよな。今回は見逃してやるからって脅すんだぜ?」

「・・・頼む」

「おいおい、お前まで言うのかよ?」

「お前を危険な目に合わせるのは悪いと思う。けど、お前は変装の名人で、お前なら逃げる術がある」

「まぁ、ハンググライダーはあるけどよ」

「頼む」

「・・・」

キッドは滅多に見ない友人の必死な表情に、はぁ、と息をついた。

「・・・わぁったよ」

「・・・ありがとう」

本当に、珍しい。キッドはそう思いながら、持ち前の素早さで変装を完了させた。










、どうだ?」

コナンに言われ、はじっとキッドの顔をのぞきこんだ。そこには灰原哀が、否、宮野志保の姿がある。

「・・・許す」

「よし、それじゃ打ち合わせ通り頼むぜ、キッド」

「おいおい、許すってなんだよ。変装のレベルってか?」

少々の様子についていけないキッドがつい口を出す。

「そうだな」

「・・・さっきの珍しい必死さといい、もしかしておまえ、この子に惚れてんのか?」

「あぁ」

「あぁって・・・」

あっさり肯定され、キッドは呆気にとられる。だがそれはの真剣な顔と声に吹き飛ばされた。

「だから守りたい。死なせたくない。・・・頼んだぞ、快斗」

「・・・仕方ねぇなぁ。親友ダチの頼みだ。やってやるよ」

「・・・ありがとう」

キッドは笑ってみせ、8号車に向かった。達もすぐさま移動した。彼女の待つ、7号車へ。




















7号車のB室に入り込み、コナンが哀にことのあらすじを話した。キッドがいま身代わりになってくれているから、何と答えたらいいか教えてやってほしい。突然のことに唖然と戸惑いと困惑が混ざっていた哀だったが、そんな時間は一秒たりともなく、すぐにそれは始まった。は哀のそばにいて見守った。それに乗じて、安室透がバーボンである事を知り、志保の事を少し知り、ベルモットとバーボンの動きを知った。こんな組織の事にかすり程度だが関わらせているキッドに対し、は申し訳なさと感謝が入り混じっていた。

(それでも、この人を守る為には、必要なんだ)

乗り込んでいてくれて助かったと、は心から思った。




















貨物車が爆発し、列車は名古屋駅に着く前に近くの駅に停車する事になった。これから個別に事情聴取が行われるであろう。哀は無事に博士たちと合流でき、これでひとまず安心だろう。さすがにこんな人が多い中で手を出してくるほど、ベルモットもバーボンも馬鹿ではない。コナンも蘭たちに合流していた。コナンがキッドと通話を終えたのを遠目で確認し、はスマホのボタンを押す。

「生きてるかー?」

『バッカヤロー!死にかけたっつーの!』

まだ飛んでいるのだろう、風を切る音をまじえながら怒声がとんできた。

「お前なら大丈夫だって信じてたよ」

『ったく、お前といいあいつといい・・・これは貸しだからな!』

「わかったわかった。何奢れって?水族館か?」

『ばっ・・・か言ってんじゃねぇよ!!』

魚が嫌いな彼に嫌いなものをすすめて反応を面白がり、はくつくつ笑った。そんな様子にキッドはまた『ったく』とこぼし、『あ!』と声を上げた。

『じいちゃん無事だろうな!?』

「ちゃんとうまいこと逃したよ。あの2人はキッドとその手下の変装で、やつらはいつの間にか逃げたってな」

『そうか、よかった・・・』

ほっとした声が電話越しに耳に入る。は小さく息を吸った。

「快斗」

『あん?』

「・・・ありがとな」

『・・・今度スペシャルチョコアイス奢れよ』

「あぁ・・・とっておきの高級品を奢ってやるよ」

それじゃ、とかわし、通話を切る。友人に心から感謝し、博士に背負われている少女の無事な背中に、微笑みを向けた。



















汽車を降りた昴とは、並んで歩いていた。有希子は少しだけ離れた所にいる。彼女なりの気遣いだろう。

、お前、知っていたな?」

「・・・・・安室くんがバーボンだってこと?」

小声で言えば、頷かれる。は「知ってた」と答えた。

「盗聴したのよ。少し前に、コナンくんが誘拐され・・・自分から誘拐されにいった事件の時に」

「・・・そうか」

「・・・何」

「いや・・・」

ちら、と昴に見られ、は目を細める。言いたいことがあるなら言えばいい。今更そんな口ごもるような関係でもないだろうに。

「なに、はっきりしてよ」

「・・・お前は彼を気に入っていたようだったからな・・・」

「・・・は・・・?」

突然、何を。そう思ったが、口から出てこない。気に入っているのは、事実なのだから。

「ショックを受けたのではないかと思ったんだが・・・」

「・・・あんたにそんなことを心配されるとはね・・・。大丈夫よ、さっきも言ったけど、知ったのはわりと前だし・・・」

「そうか・・・ならいい」

「・・・?」

まだ腑に落ちないであったが、これ以上言っても仕方がない。警察に呼ばれたので、昴と別れて事情聴取に向かった。

「・・・俺は、“彼”がお前の“光”になれると、思っているんだがな」

その呟きを聞いた者は、誰もいない。



















翌日、阿笠邸。哀に呼び出されたコナンとは、昨日の事を哀に怒られていた。怒る、というよりは、文句が正しい。

「だいたいくんもくんよ!こんな作戦に乗ったりして!」

「言っただろ?俺は哀さんを守りたかったって」

「そんなのであなたが危険な目にあったら元も子もないでしょ!?」

「大丈夫だって。やつら、俺を認識してないみたいだからさ」

「だからって・・・」

不意に哀の動きが止まった。いつの間にかしゃがんで哀と同じ目線になっていたの顔を見て目を瞬かせる。灰原?とコナンが言うと哀はハッとし、「とにかく!今度私に黙ってこんなことしたら許さないわよ!」と言って自分の部屋に戻って行った。顔が赤い気がしたのは、おそらく気のせいではない。

「・・・おまえ、灰原に何言ったんだ?」

「好きだって言った」

「・・・はっ!?」

コナンがぎょっとしてを見上げた。おー、と博士は興味津々に郁大を見ている。

「大事だから、好きだからってさ。まぁ、俺にできることなんて、しれてるんだけどな」

苦笑するを見たあと、コナンは哀が去って行ったドアを見た。その言葉は哀に届いているだろう。それを素直に受け止めて贈り返すことは、慣れない感情に揺れる彼女には、まだできないかもしれないが。




















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