「毛利探偵に弟子?」
工藤邸にて沖矢昴とコナンとお茶をしていたは、コナンの「おじさんに弟子入りしたもの好きな人がいて」という話題に小首を傾げた。
「うん。安室透さんっていうんだよ。すぐに事務所にいけるように、下のポアロでバイトも始めて」
「ふぅん・・・」
「どうかしましたか?」
少し意味ありげな色で声を漏らしたの顔を昴が軽く覗き込む。そんな昴にはジト目を向けた。
「・・・このメンツの時くらい“普通”にしてよ」
「いえいえ、突然何があるかわかりませんから」
「・・・」
正体がわかっているから、正直、違和感すぎて、気持ち悪い。の思いとしてはそうなのだが、昴はにこにこと笑うだけだった。
「とにかく、なんか、違和感というか、裏がありそうな感じしない?その安室透って人」
「ボクは思わなかったけど・・・おじさんより頭がキレそうなのに、なんで弟子入りしたのかなってくらいかな」
「頭がキレる、か」
「・・・?」
の思案する表情に、“沖矢昴”が“赤井秀一”のトーンになる。 は数秒考えた後、よし、と声を上げた。
「ポアロでバイトしてるって言ったよね。今度行ってみるわ」
「何か気になることでも?」
「なんか・・・引っかかって」
「・・・」
昴がじっとを見る。そんな昴に肩をすくめてみせて、はコーヒーを口にした。
数日後、ポアロ。普段はあまりこないのだが、先日の件の為にそのドアを開けた。カラン、と音を立ててドアが開き、店員が振り返る。
「いらっしゃいませ!」
店内にいたのは、ポアロの看板娘、梓と、見覚えのない青年。彼が安室透だな、とは瞬時に判断した。初見は、とくに変な感じはしなかった。
「お好きな席へどうぞ」
「どうも」
はきょろと店内を見て、カウンターがよく見える席に座った。少しして青年が水を持って来て、「ご注文は?」と問いかけた。
「コーヒーをホットで」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
そして軽く一礼してカウンターへさがって行く。とくに変哲のない、普通の青年だ。強いて言えば、顔が整っている、いわゆるイケメンというやつなくらいだろう。その彼の動きを不自然でない程度に観察する。手慣れた様でコーヒーを淹れるその動きも絵になっていて、無意識に「ふぅん:とこぼしていた。しばらくして青年が「お待たせしました」ととコーヒーをテーブルに置き、伝票を立てる。礼をして離れていく青年の背中を見た後、はカップを顔に近づけた。
(いい香り・・・粉を変えたわけじゃなさそうだけど・・・)
前に飲んだ時と明らかに違っている。そしてコーヒーを口にすると、の目がぱちっと開かれた。
「・・・美味しい」
決して、梓が淹れたコーヒーがまずいというわけではない。梓が淹れたものよりも、数段美味しいという事だ。思わず笑みがこぼれ、青年をちらと見る。彼は他の客の注文をとっているところだった。
(探偵で、頭がキレて、接客にも慣れていて、こんなにおいしいコーヒーが淹れられる・・・)
はじめはただ様子見で怪しんでいるだけだったが、まずます彼に興味がわいたであった。
1人で入店した若い女性。彼女は「お好みの席へどうぞ」と言われると、カウンターの正面席に座った。注文をとってコーヒーを用意していると、視線を感じる。女性客が時々自分に向けるものとは少し違う、どちらかというと“観察”されているような感覚。ただの客ではないと、安室透が判断できるのには充分だった。
しっかりおかわりも頼み、一息ついては席を立った。お会計かな、とレジへ移動しようとした梓を手で制して、はカウンターにいる安室の方へ向かう。
「どうかなさいましたか?」
「あのコーヒーって、普通にいつもこのお店で出しているものですよね?」
「えぇ、コーヒーはもうずっと変えてませんけど・・・」
答えたのは梓だった。それをきくとは頷き、カウンターへ軽く身を乗り出した。
「あなた、コーヒー淹れるの上手いんですね!びっくりした、全然違うんだもの」
「そう、ですか・・・?」
安室がの様子に少々戸惑いながらちらと梓を見ると、彼女はうんうんと頷いた。どうやら彼女のお墨付きのようである。
「ありがとう、いい収穫ができました。梓さん、お会計お願いします」
「あっ、はい!」
にこりと笑ってはレジへ移動し、会計を済ませてポアロを出た。を見かけた蘭が、やけに上機嫌な様子に小首を傾げたという。
おかわりを飲み終わって少しすると、彼女が席を立った。お会計か、と梓がレジへ向かおうとしたが、彼女はそれを手で制してこちらへ向かってくる。なんだろうか、と安室は小さく首をひねった。おかわりをしていたくらいだからクレームではないだろうと思ったら、彼女は安室が淹れたコーヒーを絶賛した。ぱちくりと目を瞬かせ、安室はそれをきく。最後に彼女が言った言葉だけ、引っ掛かりを覚えた。
「ありがとう、いい収穫ができました」
収穫とはなんのことだろうか。新しく入ったバイトのコーヒーが美味しいということだろうか。いや、それだけではない気がする。どうもあの視線が気になる。安室は店を出て行く彼女の背中を見つめ、わずかに目を細めた。少し警戒する様子で。だがそれとは別に、心が変な熱さを帯びているような気がしているのも、また事実だった。
「どうだった?安室さん」
「コーヒーがすごく美味しかった」
「え?」
後日感想をきいたコナンは、こりゃ本来の目的忘れてんな、と呆れ笑いをこぼしたのだった。