日曜日。今日は特に会合もなく、は1人でファミレスに来ていた。ここを会合場所にする頻度がそこそこあるわけだが、なんとなくここの料理が気に入ったのだった。ファミレスだが。昼食が終わって食後のコーヒーを飲んでいると、急にレジ付近が騒がしくなってきた。そして聞こえたのは、「人が死んだ」「誰も店から出すな」という声。まさかそんな、と顔を向けると、そこには知った顔がいた。
「キャメル?」
「さん?なぜここに」
「それはこっちの台詞・・・ていうかもしかして今の」
「私です・・・」
キャメルはと同じFBI捜査官だ。どうやらトイレに行って、人が死んでいるのを発見・・・もとい、人が死ぬところに遭遇したらしい。個室のトイレで死んだ男が自殺をほのめかすようなことを言っていたと。
「・・・とにかく、今は警察待ちね」
「はい・・・」
店員に事情を話し、もキャメル同様、現場付近で警察を待つことにした。
しばらくすると警察が到着した。そして目暮警部は、たちを目にすると複雑そうな顔をした。
「またあなた方ですか・・・」
「どうも。偶然居合わせただけなんですけどね。あ、第一発見者は彼です」
キャメルを示すと、小さく息をつかれる。キャメルは一度容疑者候補になったことがあるから、当然といえば当然の反応なのかも知れない。状況説明のために目暮警部や高木刑事と男子トイレへ向かう。死体を確認し、鑑識が遺体の口とズボンのポケットに、飴が入っているのを発見した。飴から青酸系の毒物が検出され、死因がこれであることが判明した。
「自殺・・・でしょうか」
「でも自殺なら、何個も飴を用意する?」
「念の為、かもしれませんな・・・」
うーん、と唸り声を上げる。とにかくもう少し調べて見ない事にはわからない。そんな時、目暮警部がトイレの外に呼ばれ、高木刑事も後について行った。
「私もひとまず外に出ます」
「私はもうちょっと見させてもらうわ」
「わかりました」
キャメルがトイレから出るのを見送り、は鑑識の様子を眺めた。少しすると一段落つき、鑑識が引き上げていく。入れ替わるように、またキャメルや目暮警部達がトイレに戻ってきた。新たな人物達を連れて。
「あら、毛利探偵にコナンくん、と服部くんまで」
「さん!!」
「え?」
名前を呼ばれては目をぱちくりさせた。この日本で自分のファーストネームを呼ぶ者は限られている。ましてや“さん”と敬称をつけて呼ぶ者は、いただろうか。は声の主を割り出そうとして見渡し、そして目を見開いた。
「真純!?」
「やっぱりさんだ!久しぶりだなぁ!」
「な、なんであんたが日本に?」
「そういう話はあとだよ!今はこっちに集中しないと」
「そ、そう、ね・・・」
突然のことに動揺しただったが、真純に言われて平静を戻す。そして改めて、キャメルや目暮警部から状況説明をきいた。身元がわかるものの所持はなし、携帯電話は水没して使えない。そしてキャメルがきいた声。“いくら幼馴染って言ってもそんな頼みは聞けないよ・・・阿部さんに毒を盛って殺したのは自分だ・・・だったら自分は責任を取るしかない”と。このあとうめき声がきこえて、慌てて出てみるとすでに死んでいたらしい。だからその男は阿部という人物を殺して、その罪の意識から自殺したのではないかとの推測だ。また、「阿部ちゃん」と呼んでいたから、その阿部という人とこの男は親しかったのかもしれないとキャメルは話した。
「・・・阿部ちゃん?」 「えぇ、阿部ちゃんと」
「それって、なまってたんじゃない?」
「え?なまり、ですか?」
キャメルが首を傾げた。海外生まれ海外育ちのキャメルには日本のなまりはわからないのだろう。だが、そういえばとこぼしたあと、色黒の少年、服部平次を示して、「丁度この少年のような喋り方でした」と言った。
「ほんなら関西弁やったちゅうんか!?」
「カンサイベンっていうかは知らないが・・・語尾に“や”とか“で”とかついてたよ・・・」
「だったらその“阿部ちゃん毒殺事件”・・・関西の方で起きた事件かもしれないな・・・」
真純の言葉をきいて目暮警部が指示を出し、高木刑事がはしった。東京では“阿部”という人が毒殺された事件は見つからなかったらしいが、関西の方にはあるかもしれない。
「・・・で?真純はなんで」
の言葉はそこで止まった。真純とキャメルが、何やら異様な空気をかもしだしていたからだ。すぐにそれはおさまったが、キャメルが真純を見て、“何か”を感じ取ったのかもしれない。真純を見れば、彼女はにこっと笑って見せただけだった。
(もしかして真純、秀一の・・・)
そこまで思って、首を振った。今考えても仕方がない。またあとで話す機会は来るだろう。とりあえず、彼女をこちらの領分に入れないことだけは確実にしなくては。
「さん」
「ん?何」
不意にキャメルが身をかがめてに耳打ちする。
「彼女、何者なんですか?お知り合いのようですが・・・」
「・・・ひょんなことで知り合った子よ。どうしたの?」
「いえ・・・何か、見覚えがあるような気がして・・・」
言ってキャメルはもう一度真純を見た。も真純をちらと見て、「さぁ、気のせいじゃない?」とキャメルに返した。
(そりゃ見覚えがあるでしょうよ・・・2人、そっくりだもの・・・)
は今は見る事の無い“彼”を思い、「今はこの事件解決に集中しましょ」とキャメルの背中をたたいた。
事件は探偵達の推理によって解決に進んでいた。キャメルがきいたという声を平次が関西弁に言い直すと、キャメル以外がはっと気づいた。
「お前が毒を盛った、ってことね」
「え?でも自分と言っていましたよ?」
「関西弁で言う“自分”は“Me”ではなく“You”なのよ」
日本語って難しいわよね、と笑うと、キャメルは「はぁ」とだけ返した。日本で生まれ育ったはテレビなどで関西弁を知っているが、アメリカで日本語を学んだキャメルには、いわゆる標準語としての認識しかできなかったということだ。これにより、死んだ男が自殺を宣告したのではなく、相手に自首をすすめていたことが判明した。さらに、平次がキャメルに問い掛ける。
「ちなみに、“阿部ちゃんに毒を盛って”の“盛って”が、“塗って”にきこえたんとちゃうか?」
「あ、あぁ・・・でも人に毒を塗るのは変だと思って・・・“盛って”と聞き間違えたんだと・・・」
「せやったらその阿部ちゃんは人の事やない・・・アメちゃん、飴玉のことやで!!」
“阿部ちゃん”と“飴ちゃん”は発音が似ているから聞き間違えたのだろう。なるほど、とは腕を組んで感心した。
「確かに、なんでか関西の人って“飴ちゃん”って言うわよね」
「ほんとそれは関西限定だけどね」
はは、とコナンが乾き笑いをもらした。だがこれで一気に犯人が絞れるようになった。犯人は被害者と幼馴染、同じくらいの歳であろう30〜40代の男。第一発見者がFBI捜査官で場慣れしているキャメルだったため、店はすぐに閉鎖となり、犯人も身動きがとれないでいるはず。店内にいる該当の男を、警察が割り出す事となった。
「あ・・・すみません、さん。ちょっとジョディさんに連絡を入れてきます」
「待ち合わせでもしてたの?」
「はい・・・」
軽く頭を下げてキャメルが離れていく。また事件に巻き込まれて、なんて言われるだろうなと思いながら、その背を見送った。
「さん」
「真純」
今は手が空いた真純がに声をかける。真純も探偵だが、そもそも今回はほぼ傍観者らしい。なんでも工藤新一と服部平治が推理対決をしているそうで。
「でも工藤新一くんはいないじゃない」
「コナンくんが電話で伝えて、教えてもらって答えてるんだよ」
「・・・なるほど」
そういうやり方か、とは感心した。それならまわりにわからない。
「・・・で?真純はなんで日本に?」
先程はできなかった問いを今度こそする。と、真純がガシっとの両肩を掴んだ。小柄なはぐっと真純に上からのぞかれる体勢となっている。
「ま、真純?」
「・・・秀兄のことだよ」
「!」
真純の言葉に、は目を瞠った。
(やっぱり、真純は秀一の“死”について、調べに・・・)
「秀兄が死んだってきかされて、いてもたってもいられなかった。秀兄が死ぬはずない。あんなに強い、秀兄が・・・」
うつむいて、の肩を掴む手が震える。そして、ガバッと顔をあげ、 に詰め寄った。
「なぁ、さん、知ってたら教えてくれ!なんで、秀兄は・・・っ」
「・・・・・」
人がいないところでよかったと、は冷静に思っていた。できれば真純が赤井と縁があるということは、あまり知られない方がいい。彼女の安全のためにも。は一度目を伏せ、そして真純を見た。
「ごめん・・・私もその時のことは、よく知らないの。秀一が何者かに呼び出されてその時に、ってことしか・・・」
「・・・そう、か・・・」
同じFBIで赤井の
(・・・ごめんね、真純・・・)
兄が大好きで、得意の截拳道も兄から教わった真純。兄の死を受け入れられずにいるのだろう。はその少しさみしげな背中を見つめながら、もう一度小さく「ごめんね」と呟いた。
その後の状況を、は離れたところで見ていた。関西と関東の“言葉の違い”をうまく使い、見事犯人をあぶりだしたコナン、もとい、工藤新一。彼の着眼点は、関西人である平次では思いつかないところにあったようだ。だがこれは関西人である平次が犯人が関西人であることを導きだし、江戸っ子である新一が犯人をあぶりだしたから、勝負は引き分けでいいのではないかと真純が言った。は複雑な心境で真純を見ていたが、不意にスマホが鳴ったので、電話に出た。
「はい」
『?今どこ?』
「外だけど。私バイクあるから大丈夫よ?」
キャメルを迎えに来たジョディの電話に応答すると、『そうじゃなくて』と返って来た。
『キャメルが、現場で見た、見覚えがあるような気がする子をが知ってるようだって言ってたのよ。私もなんか気になっちゃって』
「あぁ・・・真純のことね」
ちら、と彼女を見る。こちらには気づいていない様だが、念の為少し離れた。
「ちょっとしたことで知り合った子よ」
『ちょっとしたことってなによ?』
「大した事じゃないって」
『・・・何か隠してるんじゃないでしょうね?』
しつこい、と正直思ったが、変につっぱねると逆に怪しまれるだろう。
「本当に大したことじゃないのよ。強いて言うなら・・・妹分ってだけで」
『妹分?それでちょっとしたことでって、矛盾してない?』
「気のせい気のせい。それじゃ、もう帰るから、切るわね」
『ちょっと!』
ピ、と一方的にだが通話を切る。おそらく赤井は真純の存在をジェイムズにしか話していない。恋人だったジョディにも話していないということは、“そういうこと”なのだ。だから自分が勝手に話すわけにはいかない。赤井のためにも、ジョディのためにも、何より真純のために。ふう、と一息ついて、はヘルメットをかぶった。真純の今後を心配しつつ、彼女は帰路につくのであった。